第44話 チョロい魔王
ドランは魔王の間へ向かっていた。
勇者パーティーやカゼマルたちを焚きつけて、タロウ暗殺を企てた疑いが向けられている。
その追及のために呼びつけられたのだ。
もっとも、呼びつけたのはタロウ本人ではなく、その側近のヴァディーゲである。
タロウの犬めが!
ドランは苛立つ感情をぶつけるように、廊下の壁を叩いた。
それにしても入念に根回しをして色々とお膳立てしたというのに、まさかタロウを討ち漏らす結果になるとは。
しかも、カゼマルまでもがタロウの軍門に下ったというではないか。
ということはつまり……。
「チッ! 俺がタロウ暗殺を企てたことは、カゼマルから駄々洩れってことだ」
さすがにまずいことになったか。
いや、問題ない。
たとえ周りの連中が追求しようと、タロウから許してもらうようとりつくろえればいい。
あいつは所詮、親の七光りの甘ちゃんだ。
知らぬ存ぜぬで押しとおし、いざとなれば泣き落とす。
それさえ上手くいけば、他の連中も黙るしかあるまい。
形だけとはいえ、タロウは魔王だからな。
ドランは一人、ほくそ笑んだ。
魔王の間の前までたどり着いたとき、扉の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
「タロウ、行こうぜ! 魔界の風俗街は最高なんだぜ! むっちむちのサキュバスたちが、もうほんと癒してくれるんだぜ! なーって!」
「いかないって言ってるだろ! てか引っ張るなって! いい加減にしろよカゼマル!」
カゼマルのやつ、もう馴染んでやがる。
舌打ちの後、ドランは扉を開いた。
カゼマルがタロウの腕を引っ張り、四天王のリーリエとアリエルがカゼマルを引きはがそうとしている。
なんだこれは。
ここは魔王の間だぞ。
かつて先代魔王がいたときのビリビリ感じた緊張感がまるでない。
なんという体たらくだ。
「分かったぞ、タロウ! おまえ、初めては好きなやつと……とか考えてるな。それはモテない男の発想だぜ。知ってるか? 男はとりあえず一発やっとくのよ。そうすれば俺様のような大人の余裕が生まれてだな……」
「きさま、タロウ様に変なことを教えるな!」
「あ、あの……。タロウ様って、やっぱり好きな人が?」
「ああ、もう! うるさいな! ほら、ドランが呆れてるじゃないか!」
タロウが指をさし、その場の全員がドランに目を向けた。
「すまんな、ドラン。ヴァディーゲがどうしてもおまえを呼べってうるさくて」
「ぼっちゃま! あなた様も分かっているはずですぞ。ドランの裏切りを」
ヴァディーゲが耳障りな声を張り上げる。
カゼマルは我関せずという顔をしているが、四天王の二人は明らかにドランへ殺意を向けていた。
その視線を受けてなお、ドランはそんな殺気を鼻で笑う。
ドランの派閥は今や組織の半数以上となっている。
真のトップは自分だという自信が、ドランに余裕を与えていた。
「何かの間違いですよ。俺はタロウ様に忠誠を誓ってるんですぜ。これまでも、組織にどれだけ尽力してきたことか。それを証拠もなしに、疑うんですかい?」
「カゼマルから話は聞いている。この期に及んで、見苦しいぞ」
ヴァディーゲのやつめ。鬼の首でも取ったような顔をしやがって。
「カゼマルというのはどいつです? 俺はそんな男、知りませんな」
よし。
肝心のタロウは迷いを見せているぞ。
少なくとも、俺に対して怒りを感じている様子はない。
ヴァディーゲが何と言おうが、このまま押し通す。
「ヴァディーゲ。もういいんじゃないか? ドランもああ言ってるわけだし」
「ぼっちゃま!」
「証拠はカゼマルの証言だけだ。仕方ないだろう」
くっくっく。
いけるとは思ったが、こうもあっさり。
チョロい……チョロすぎるぞ、魔王タロウ。
その甘さが命取りよ。
「信じていただき感謝します。一生あなた様についていきますぜ、タロウ様」
本当に感謝する。
もう一度、きさまを殺す計画のリベンジが果たせることをな。
ドランは笑いをこらえながら一礼すると、タロウに背を向けて部屋を出ていこうとした。
「ドラン」
呼び止められて振り向いた瞬間、ドランは驚いた。
いつの間にか、タロウがすぐ背後まで来ていたのだ。
「何度でも裏切るといい。証拠があろうがなかろうが、俺はおまえを罰しない。俺、意外とおまえのことが嫌いじゃないんだ」
「や、やだなあタロウ様。その言い方じゃ、やっぱり俺が裏切ったみたいじゃないですかい」
「ははは、そうだったな。おまえは裏切ってなんかいない。その証拠もない。悪かったな」
「いえいえ。それじゃあ、俺は失礼しますよ」
今度こそ魔王の間から出ようと、歩を進める。
するとタロウが、再び背後から話しかけてきた。
「ただ、これだけは覚えておいてほしい」
そう言ってドランの肩に手を乗せてきた。
「今後、レイナック姫を巻き込むようなことがあったら、証拠があろうがなかろうが関係ない。分かったな、ドラン」
乗せられた手に力が加わり、肩の肉が絞めつけられる。
凍り付く感覚を背中に浴びながら、ドランは何も返すことができずに魔王の間から出ていった。
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