第43話 野望
「え?」
「だから……サブロウ。俺の名前」
「ありがとうございます! 私はレイナックです」
「知っている」
とりあえず、喜んでくれてよかった。
「おーい、タロウくーん!」
突然、俺の名を叫ぶ女の声がした。
げ!
シャインだ。
しかも最悪のタイミングで俺の名を!
「タロウ……君?」
やばい、ごまかさないと!
俺はフードをさらに深くかぶり、顔を隠してからレイナックのほうを振り返った。
「い、いや! 違う違う。今、あの女はサブロウって言ったんだ。名前が似てるから、聞き間違えたみたいだな」
「そ、そうですか。そうですよね。こんなところにタロウさんがいるわけないですし。でもサブロウさん、いつの間にシャインさんとお知り合いになったんですか?」
くそ、シャインめ。
面倒くさい状況にしやがって。
「あ、レイナック姫! 目が覚めたんですね。無事でよかったです! 心配しましたよぉ」
さらって人質にしたのはおまえだろう。
こいつ、ほんといい性格してるな。
「ごめーん。姫が起きてるって気付いてなくって。名前を呼んだの、まずかった?」
俺に向かってペロッと舌を出すシャイン。
わざわざ「まずかった?」とか言ってヘラヘラしやがって!
こいつ、絶対わざとだろ。
せっかくごまかしたのに、またレイナックが首をかしげてこっち見てるじゃないか。
はあ……。しかもだ。
さらに面倒くさいやつがもう一人、戻ってきたみたいだな。
隠す気もない殺気を背後に感じ、俺はレイナックの側から素早く離れた。
不意打ちということもあって、避けることも弾くこともできそうにない。
俺は振り返りざまに、後ろから飛んできた光の魔法弾を受け止めた。
爆発の衝撃に、たまらず膝をつく。満身創痍の体にはちょっときつい。
そんな俺に向かって、間髪入れずに神剣の斬撃が襲い来る。
勇者のくせして手負いの者に後ろから不意打ちとは、ファルコもなかなかこじれた性格をしているよな。
ギリかわせそうだが、そのあとが問題だ。
おそらく最初の斬撃を避けたところで、こいつは追撃の手を止めはしないだろう。
かなりのダメージが残っているところに先ほどの魔法弾の衝撃が加わり、かなり不利な状況だ。
何にしても、攻撃を避けねば。
そう思って動き出そうとした瞬間、シャインがファルコを蹴り飛ばした。
「もう! 空気読めっての!」
両手を腰に当てて、シャインがファルコを叱りつける。
蹴り飛ばされた勇者が真顔のまま立ち上がり、こちらを睨みつけた。
「大丈夫、タロウ君? ごめんねえ、うちの勇者ってば融通効かないバカだから」
シャインが肩をすくめながら、ため息をつく。
「なぜ魔王をかばう」
「さっき、私も魔王に助けられたんだよねえ。それに今はもう戦いも終わって、休戦状態だったじゃん。てか、あんたの攻撃に巻き込まないために、魔王が自分から姫の側を離れたの、見てなかった? ほんと野暮なことするよね、あんた」
どうも勇者パーティーはチームワークが良くないみたいだな。
ファルコもシャインも性格がねじ曲がっているから、協調性がないのも仕方ない気はするけど。
勇者パーティーのメンバーは五名いるらしいが、他のメンバーとの仲はどうなんだろう。
「魔族の味方をするのか、シャイン!」
「今はね。もしこの場で魔王に手を出すってんなら、相手になるけど」
ピリピリした空気が二人の間を包む。
しばらくの静寂の後、勇者ファルコがため息とともに剣を鞘へ収めた。
「俺の敵は魔族のみだ。おまえとやり合う気はない。この場は引いておいてやる。しかし、次はないぞ」
そう言ってやつは背を向け、この場から立ち去っていった。
とりあえず、危機はすべて去ったか。
「そういえば、レイナックは?」
慌てて振り返る。
彼女はなぜか台の上で倒れていた。
「レイナック!」
「あ、心配しないで。姫なら当て身で寝かせておいただけだから。そのほうがきみと話がしやすいなって思って」
寝かせておいた、じゃねえ!
軽々しく気絶させるな!
「いい加減、怒るぞ俺」
「あらあ、怒っちゃうんだ。ふーん」
シャインが不敵な笑みを浮かべ、ジトっとした目をこちらに向けた。
そして顔を俺の耳元に近づけてきた。
「レイナック姫のことが好きなの?」
ささやかれて、急激に顔が熱くなる。
「バ! 俺は魔族だぞ! 魔王だぞ! そ、そそそ、そんなわけないだろ」
「きゃーーーー!! うっそ、やだ! マジーーー? 魔王が何を企んで姫に近づいてるのかって思ってたけど、まさかのこれが答えかー!」
甲高い声でキャッキャと騒がれて、さらに顔が熱くなってしまった。
なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしい。
しかも、すごく厄介なやつに本心を見抜かれた気がする。
「もしかして、私を助けたのも姫と関係してる?」
「い、いや。まあ……。知り合いが死ぬと、姫が悲しむかなと。それに、もっと強いやつを姫の護衛につかせたかったんだ。だから、どうにかしておまえを姫の護衛にできないかと思ってな」
「ぶは! やっだ、めっちゃピュアじゃん! ウケるんですけどー」
くっそー!
バカにしやがって!
こいつといいカゼマルといい、ホント嫌なやつらにバレた。
「でもねえ、姫の護衛はちょっと難しいかな。私って一応は勇者パーティーのメンバーだから、王か王妃くらいの権力者の許しがないとね」
「第二王女の許可なら取れそうだが」
「え? ミミ様のこと? もしかして第二王女まで懐柔しちゃってんの?」
さすがに驚いたようだ。
「んー、でも第二王女じゃ無理かな。でもさ、そんな感じで王や王妃も魔王の配下にしちゃえば?」
「さすがに、それは簡単じゃないな。だが、やる価値はあるか」
「オモシロ! よーしよしよし! おねえさんがタロウ君の恋を応援してあげよう」
「いらん。俺はレイナックと結ばれる気などない」
「どーしてよぉ」
「人間が魔族と結ばれても幸せにはなれない。歴史がそう証明している」
俺がそう言うと、珍しくシャインの表情が曇った。
しばらく考えるそぶりを見せたあと、決意を固めたような顔を俺に向ける。
「なら、きみがその悲しい歴史を断ち切ってみせなよ。タロウ君には、それができる力があると思うな」
まるでレイナックと同じようなことを言う。
しかし、もし人間と魔族が分かり合えたなら、俺はレイナックに自分の気持ちを伝えることができるかもしれない。
「私、おもしろいと思ったことには全力だよ。そして魔王と姫の恋を応援するという、最高におもしろいものを見つけた! きみがもしその野望を実現させるというのなら!」
魔族と人間が結ばれると、必ずどちらの種族からも迫害を受ける。
だから俺は、陰ながらレイナックを守るだけのつもりだった。
彼女が幸せになるのなら、相手は俺でなくてもいいと考えていた。
だが、違うんじゃないか。
俺は魔族の王だ。
魔族と人間の結婚が、両方の種族に祝福される。
かつて誰にも成すことができなかった、不可能とも思える野望を実現してこそ、真の魔王ではないのか。
「いいだろう。疾風騎士シャイン、きさまの剣を我が野望に捧げよ」
俺の言葉に、シャインがひざまずく。
「は! 我が剣を魔王タロウ・ナパムデスのために振るうことを誓います」
しばらくしてシャインが立ち上がり、笑いながら俺の肩をバシバシ叩いた。
これでも結構なダメージを受けてる身だから、叩くのをやめてくれ。
かなり痛いぞ。
「あー、おもしろ! 頑張ろうね、タロウ君!」
この女にとっては魔王にひざまずく行為すら、おもしろい遊び感覚なんだな。
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