第5話 頭を抱えるタロウくん


 本日の護衛任務を終え、レイナックにお別れを伝えてから、俺は城の外へ出た。

 できることなら昼夜問わず彼女の側にいたいのだが、勤務時間は決まっているので仕方がない。


 姫の護衛は、朝から夜までと夜から朝までの二交代制だ。

 だから体面上は、常に姫の護衛がついていることになってはいる。

 しかし、勤務中はどこへ行こうが割と自由。

 これはレイナックが気を使ってそのようにしているからなのだが、それをいいことに酒屋へ飲みに出かけるやつまでいる始末だ。


 では護衛たちの腕っぷしはどうなのかというと、てんで話にならない。

 シュガーはそれなりに腕がたつと見てはいるが、他の者に関してはもう完全に論外だ。


 というかそもそも、すべてにおいてやる気なし。


 それに比べて王子や第一、第二王女の護衛は、屈強の人間たちが務めているようだ。

 こいつらは出世の機会も十分に与えられているようなので、向上心も士気も高いと見える。


 もっとも、近衛兵長のヴィクタルという愚物もいたようだが。

 そういえば、城のほうではヴィクタルが行方不明になったと騒いでいたな。

 魔王城で奴隷のようにこき使われているとは、誰も思うまい。


 それはさておき。

 レイナックの護衛たちの待遇も良くなれば、少しはマシになるのだろうか。

 他の城の兵士たちに比べて給料も低いし、宿舎も使わせてもらえない。

 こんな条件で、しかもたったの五人で護衛するなんて、どう考えても無理がある。


 一応、シュガーだけは城の宿舎をあてがわれているので、何かあったときに駆けつけることはできるかもしれない。

 しかしそれだけじゃあ、どう考えても姫の守備は穴だらけ。


 だから俺は帰宅するふりをしていったん城を出たあと、姫の小屋が見える木々の上で寝泊りすることにした。


 さて、夜の部の護衛を担当している兵士どもはというと……。

 案の定だよ、まったく。

 二人して酒なんか煽ってやがる。

 ああ、ぶん殴ってやりたい。


 しかも、しかもだ!

 常に姫を守ろうと野宿を決めて、まだ一日も経っていないというのに。

 さっそく、恐れていたことが起きてしまった。


 まだかなりの距離ではあるが、巨大な力を持った者がこちらに近づいてきている。

 自身の強大な魔力とパワーを隠すことすら一切せず、まっすぐこちらに向かってきているのだ。


 この気配。

 おそらくは魔獣の類であろうが、魔王クラスに限りなく近いほどの力を感じる。


 レイナックの側を離れるのは少々不安だが、仕方ない。

 俺は木の上から飛び降りて、接近してくる魔獣めがけて走り出した。


「やはりこの姿では、スピードもかなり抑えられてしまうな。ぐずぐずしてると、ヤツが町の中まで入ってきてしまうぞ」


 脚力の衰えを痛感しつつ、ヤツとの距離を縮めていく。


 城からだいぶ離れたし、そろそろいいだろう。

 俺は自分の右手首の腕輪に仕掛けられたダイヤルを、10度ほど右へ回した。

 そこそこの力と魔力が全身を巡り、だいぶ早いスピードで走れるようになった。


 人間の姿と気配をキープしつつ魔族の力を開放できるのは、今のところ10パーセントが限度か。

 とはいえゼロパーセントの完全な人間のときに比べれば、早さも跳躍力も全然違うな。

 しかしそれは、人間の姿でいるときの自分が貧弱すぎるということに他ならない。


 人間の中には国を守る兵士だけでなく、冒険者と呼ばれる者たちもいる。

 そいつらは魔族や魔獣とだって、充分に渡り合えるほど強いと聞く。

 つまり人間の姿だからという言い訳は、まったくもって通用しないのだ。


 やはりシュガーの言うとおり力をつけて、人間の姿でも魔族のときと同等の強さを手に入れなければ、護衛なんて務まらないぞ。

 とはいえ今は、目の前の危機をどうにかすることが先決だ。


 俺は木の枝から枝へと飛び移りながらさらに加速していき、一気に森を抜けた。

 ここまで来れば、もう町からもだいぶ離れているはずだ。


 森の先は草原になっており、かなり遠くまで見渡せた。

 数キロ先に、巨大な土煙が舞い上がっているのが見える。


 いた、ヤツだ!


 こちらに向かってくる魔獣の姿が、はっきり目視できるほどの距離まで接近した。

 俺は足を止め、ヤツを待ち受ける。


 向こうもようやく、俺の存在に気付いたようだ。

 魔獣は町のほうへ向いていた進路を少しだけ変えて、一直線に俺めがけて猛進してくる。


 あの突進力、大岩さえも簡単に砕け散る威力があるだろう。

 民家など、ひとたまりもない。もちろん姫の小屋も同じだ。

 いや……これほどの魔獣に襲われれば、小屋どころかルドレンオブ国自慢の城壁すら、為す術なく崩れ去るに違いない。


 ルドレンオブ国には、勇者一味と呼ばれる最強の戦士たちが仕えていると聞くが……。あの魔獣と渡り合えるのは、せいぜいその者たちくらいだろうな。

 こんなやばい魔獣すらいる世界だからこそ、俺がレイナックを守るしかないのだ。


 魔獣はついに俺の眼前まできて、砂埃を巻き上げながら立ち止まった。

 人間の体の五倍はありそうな巨体が、目の前に立ちふさがる。


 いやしかし……いつ見てもこいつは怖い顔をしているな。


「おかえりなさいませぇえええ! 魔王ぼっちゃまぁああ」

「ヴァディーゲ! その呼び方はやめろって、いつも言ってるだろ! あと、俺の出迎えにくるのもやめてもらえないか。おまえが来たら、国中が大騒ぎだぞ」

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