第6話 人間とバトル


 俺は腕輪のダイヤルを最大まで回して、人間の変身を解いた。そして代々魔王にのみ装備することを許された、漆黒のマントを夜風にはためかせる。

 魔の成分を取り戻した血液が体内をめぐり、肌の色が灰色に近い緑へと変化する。


 右手の指を開いては握り、それを数回ほど繰り返して、自身の肉体の強度と魔力の感覚を確かめる。


「やはり人間の姿とは違って馴染むな。早く人間の姿でも、この程度の力は引き出せるようにしておきたいものだ」

「魔王ぼっちゃま! 弱体化したときに、万一のことがあるやもしれません。できればもう、人間の姿に変化するのは止めてほしいんですけどね」


 この魔獣は、腹心の部下のヴァディーゲ。

 でかい図体のくせして、いつも小言がうるさい。


 こいつはもともと、先代魔王の親父に仕えている側近だった。

 親父が人間と精霊の力によって封印されてからは、そのまま俺の部下になると言い張って、側をウロウロしている。


 人間としてレイナックの見習い兵士になるときにも、こいつの説得が一番大変だったんだよな。


「そもそも、魔王城に毎日帰ること! そういう条件で、人間の兵士なんてふざけた行動も承諾したはずですぞ。何を企んでのことかは知りませんがね。魔王ぼっちゃまが留守にしていると、他の者たちが好き勝手しだして大変なんですから」

「わかった、わーかったから! ちゃんと戻るから」


 はぁ……。

 できればレイナックの側を離れたくないんだけど。


 魔王城に帰らねば、こいつが毎晩迎えに来てしまう。

 あのやる気のないおっさん連中に、護衛を任せるしかないのか。


「ささ、魔王城へ戻りましょう。私の肩に乗ってくださいませ」

「そうだな。おまえのせいで、妙なやつまで来てしまったようだし」


 そう言ったとほぼ同時、大きな光の玉が俺のほうへと飛んできた。

 その玉を左手で払いのける。

 光の玉が軌道を変えて草原の暗がりへ消えた後、爆発音があたりに響き渡った。


 草原の一部がえぐれて、直径五メートルほどのクレーターが出来上がる。

 なかなかの威力の魔法だ。


 森のほうから、一つの人影が現れる。

 ずいぶんと豪華な軽鎧に身を包み、長い銀髪が印象的な人間の男だ。

 特に前髪だが、視界を遮って邪魔じゃないかとツッコミを入れたくなる。


 右手にはロングソードを持ち、左手には魔力で形成された光の玉を出している。

 先ほど俺に投げたのと、同じもののようだな。


 完全臨戦態勢、やる気満々のご様子だ。


「人間。俺たちはもう帰るところなのだが、何か用か?」


 声をかけてみたが、何も言ってこない。

 返事くらいしろっての!

 不愛想なやつだな。


「どうやら用もないみたいだし。ヴァディーゲ、帰還するとしようか」

「へい! ぼっちゃま」


 そう言ってヴァディーゲが背を向けた瞬間、人間が光の玉をぶん投げてきた。

 さらに間髪入れず、自らも剣を振りかぶりながらこちらに飛び込んでくる。


 こいつの身のこなし、相当できそうだ。

 俺はヴァディーゲの肩から飛び降り、人間を迎え撃った。


 先に飛んできた光の玉を右手ではじき飛ばし、続いて振り下ろされたやつの剣をかわす。

 なんて鋭さだ。面白い!


 俺は魔力で異空間への入口を作ると、手を突っ込んだ。

 中から俺の専用武器、愛用の大鎌を取り出す。


「魔王自らが、少しだけ遊んでやろう。感謝するがいい、ふはははは!」


 と、せっかく魔王らしく決め台詞を放ったのに、相変わらず何も返さず向かってくる人間。

 少しは何か言えよ。俺がバカみたいじゃないか。


 心の中でため息をつきつつも、人間の鋭い連続攻撃を大鎌でさばいていく。

 仮にも魔王の俺が魔族の力を完全に戻し、かつそこそこ真面目に戦っているんだが。それでも圧倒できない。

 こいつ、想像以上にデキるぞ。


 もしや、勇者一味の者か。または勇者本人かもしれんな。

 できればこいつに、姫を護衛してもらいたいものだ。


 おそらくこの人間も、まだ全力というわけではないのだろう。お互いに余裕を残した、様子見的な戦いが数分ほど続いた。


 埒があかないな。

 大鎌を横なぎに振り、人間が身をのけぞらせてそれをかわす。

 鎌を振った勢いに乗せ、少々本気で人間めがけて後ろ蹴りを放った。

 人間はその蹴りを剣の柄でガードした。蹴りの威力によって、やつが勢いよく後方へと吹き飛ぶ。


 もういいだろう。

 きれいに着地した人間を見届けてから、俺は再びヴァディーゲの肩に飛び乗った。


「大した男だ。いずれまた会おう、強き者よ。さらばだ!」


 よし、魔王っぽく決まったな。

 ヴァディーゲの頭をポンと叩いて合図し、走らせる。


 ん?

 また会おうって言ったよね。さらば、とも言ったぞ。

 なにあの人間。

 真顔で追いかけてくるんですが。


 いやいやいや、どう考えても去り行く魔王を見送る流れだろう。

 てか、真顔こわ!


「おい、ヴァディーゲ! もっと早く走れ! 追いつかれるぞ」


 こうなったら!


 ヴァディーゲに脚力増強の魔法をかける。

 おお、早い早い!


 こいつは無駄に筋肉だらけだから、筋力増強系の魔法がよく効くわ。

 早すぎてヴァディーゲの口の周りがぶるぶる震えて、歯茎がむき出しになっている。

 思わず爆笑してしまいそうになるが、必死にがんばるヴァディーゲに免じて、ここは堪えておこうか。


 さて、そろそろ逃げ切ったかな。振り返って確かめてみる。


 おいおいおい、まだ追いかけてくるぞ。

 あいつも脚力増強の魔法が使えるのか!

 てか、しつけぇぇええ!!


 しかしあの人間、ヴァディーゲと同じく口の周りの肉がなびいてるぞ。割とイケメンの部類なのに、真顔のまま歯茎さらして必死だな。

 愉快なやつ。


 だが、脚力増強に関しては俺の魔法のほうが上位だったらしい。

 しばらく追いかけっこを続けているうちに、少しずつ人間の姿が小さくなる。

 そしてついには、ヤツが見えなくなるまでになった。


 それにしてもあの人間。俺と同様、かなりの距離からヴァディーゲの気配に気づいて駆けつけてきたらしい。

 つまり魔族の気配に、ものすごく敏感ということだ。

 俺も勤務中は、うかつに魔族の力を開放できないぞ。


 はぁ……。

 魔王城に毎日帰らないと、ヴァディーゲが迎えに来るし。そうしたらまた、あの人間が襲ってくるだろうし。

 いろんな問題が山積みだ。


 うーん、魔王城に戻りたくない。

 早くレイナック姫に会いたい。


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