第31話 町の喧嘩


「な、なんだ、きさま!」

「姫の護衛だ。姫には指一本、触れさせない」


 今の登場シーン、なかなか良かったんじゃないかな。

 しかし、シルバーランクか。

 20%で倒せるかな。


「姫? 姫だと? その薄汚い格好の女がか?」


 細身の男が、鼻で笑うように言った。


「そうだ! このお方こそルドレンオブ国の第三王女、レイナック姫なるぞ! 控えろ!」


 よし!

 さすがの貴族とやらも、王族相手に無茶なんてしないだろう。

 これで男も引き下がるはず。


 何せシルバーランクは強いらしいからな。

 もう少し魔力が解放できれば問題なかっただろうけど、今は20%が限界みたいだし。

 戦わずに済むなら、それにこしたことはない。


 姫を愚弄した罰としてぶっ飛ばしたい気持ちもあるが、まあ土下座程度で許してやろう。


「くくく。第三王女といえば王も見放し、王妃からは厄介者とされている女じゃないか。その女に王族としての権威なんてない。そのうえ一兵士風情が私に歯向かうなどと、立場をわきまえぬ愚か者が」


 後ろのレイナックを見ると、彼女は青い顔をしてうつむいていた。

 家族に必要とされることで自分の存在価値を示そうとした彼女に、今の言葉は辛すぎたのだ。


 ベスケットにさらわれたことが報告されたにもかかわらず、王はレイナックに顔を見せることもなかった。

 きっと心のどこかでは、父親に必要とされていないことを悟っていたかもしれない。

 それでも明るく振舞い、考えないようにしてきたのだろう。


「許さん! 姫を愚弄した罪、償ってもらうぞ」


 シルバー大男(こんなやつの名前など、どうでもいい)がニヤニヤしながら、背負っていたロングソードを持って構えた。


「城の兵士ごときが、俺とやろうってのか? 軽くひねってやるぜ」

「そうだ。身の程をわからせてやれ」


 細クソヤロー(レイナックを泣かせた男の名など、これで十分)が、葉巻を加えながら言った。


 シュガーに教わった剣のノウハウを思い返しつつ、シルバー大男の構えを観察する。

 一応、シルバーランクというだけあって、構えはそれなりに見えた。


「おらよ!」


 シルバー大男がロングソードを振り下ろす。

 後ろにはレイナックがいるので、避ける選択肢はないな。


 俺は一歩前に踏み込み、剣を両手で挟んで止めた。

 そのまま前進し、シルバー大男を後退させる。


「お、おお?」

「ほら、姫様に危害が及ぶだろ。離れて離れて」


 レイナックから十分距離を取ったところで、ロングソードから手を離した。

 シルバー大男はよろけながら倒れそうになるところを踏ん張り、体制を立て直した。


「す、少しはやるようだが、今のは本気じゃなかったんだぜ」


 そうだろうな。

 何せシルバーランクは魔族の間でも要注意なのだから。

 ここからが本領発揮というわけか。


 丁度いい。

 シュガーに教わった剣の成果を試すとしよう。

 俺も腰から剣を抜く。


「タロウさん、危ないです! 私たち、もう大丈夫ですから! やめてください!」


 俺の身を心配してか、レイナックが叫んだ。

 しかし、その言葉と同時にシルバー大男が突進し、再びロングソードを振り下ろしてきた。

 その剣をかわして、俺の剣を相手ののど元に向ける。


 なんだ。

 シルバーランクって案外、大したことないな。

 これなら魔族の力がゼロの人間のままでも、ギリいい勝負はできたかもしれない。

 というかシュガーって、もしかして人間の中では相当強いのか。


 のど元に向けられた剣をうっとおしそうに払いのけて、再びシルバー大男がロングソードを振り回してきた。

 さっきので勝負ありのはずなんだが、往生際の悪いやつだ。


「ダックス、何をしてる! そんな小僧、さっさとやってしまわんか!」


 ダックスって名前なのね。

 細クソヤローと違って一応は剣を交えたやつの名前だし、覚えておこう。

 明日には忘れてるだろうけど。


 さておき、せっかく力を20%解放したんだし、もう少しくらい使っておくか。

 俺は振り回してくるロングソードを指でつまんで止めた。


「ば、ばかな!」


 つまんだロングソードを引き抜こうと必死に力を込めてきたので、パッと指を離してやる。

 ダックスは後方にしりもちをついて倒れた。

 俺は剣を振り下ろし、こいつの頭の寸前で止めてみせた。


「ひい!!」


 ダックスが悲鳴を上げる。

 戦意喪失か。


 しばらくの沈黙の後、周囲から突然の歓声があがった。

 な、何事?


「兄ちゃん、すげー!」

「城の兵士って、こんなに強いのか」

「相手はシルバーだぜ!」

「ていうか指で剣を止めるとか、人間業じゃねぇ!」


 なんか色々と言われてるんだが、もしかして目立ちすぎた?

 大歓声の中、レイナックが俺に抱きついてきた。


「よかった! 本当に心配したんですよ!」


 そんなに心配する場面もなかったと思うけど。

 むしろ迷子になったり子供をかばって危険な目にあったり、俺はそんな彼女のほうこそ心配だ。


「お兄ちゃん、ありがとう! とってもカッコよかった」


 レイナックにかばってもらっていた女の子が、ニッコリ笑った。

 なんだろう、この感じ。

 魔王として恐れられたり忠誠を誓われたりする日々にはなかった、なんともむず痒い感情だ。

 しかし、悪くないと思った。


「き、きさま。こんなことしてタダで済むと思うなよ。私は上流貴族だぞ! それをこんな侮辱、あってはならん! こんなこと、あってはならん!」


 プルプル震えながら、細クソヤローが叫んだ。

 そういえば、こいつがいたんだった。


「このことはルドレンオブ国王に報告して、きっちりとおまえに罰を与えて……」

「醜態を晒すのは、そのくらいにしておいたほうがいいんじゃないのー?」


 女の声が、細クソヤローの言葉をさえぎった。

 声のするほうを見ると、店の屋根に一人の女が座っていた。

 確か勇者パーティーの一人、疾風騎士のシャインだったか。


「き、きさまは勇者パーティーの……」


 細クソヤローにも認知されてるのか。

 親父と戦ったこともある強者だけあって、相当な有名人らしいな。


「あんたこそ、第三王女に対してすっごい無礼なこと言ってたよね。王が姫を見放してるとか、王妃からは厄介者扱いされてるとか。姫に権威がないとかなんとか」


 シャインは屋根の上から飛び降り、ゆっくりとこちらのほうへ歩いてきた。

 細クソヤローが後ずさりする。


「つまりあんたは、うちの王と王妃が親としての責務も果たせないような人たちだと、そう言いたいわけだ」

「な! そ、それは……」


 細クソヤローの言っていたことが真実だとしても、それを認めれば民衆からの評価は下落するだろう。

 だからこそ追い出すこともできず、とりあえずだが城に置いているわけだからな。

 そしてレイナックに自由な外出の許可が出ないのも、そういった内部事情が外に漏れないため、というわけだ。


「分かったら、うちの姫に謝罪しなよ。今回はそれで、王への報告は勘弁してやるからさ」

「う、うぐ……」


 しばらく唸りながらうつむいたあと、細クソヤローは葉巻を地面に落として踏みつけてから、レイナックの元までやってきた。


「この度は、ご無礼をいたしました……。どうか、ご容赦を」


 頭を下げたまま、悔しそうに歯ぎしりしている。

 そして、俺をにらみつけてきた。


「おぼえていろよ、きさま!」


 小声でそう言うと、細クソヤローはダックスを連れて去っていった。

 その様子を見送ったあと、シャインが俺の元へと駆けてきた。

 そのまま俺の腕にしがみつく。


「やるじゃん、タロウ君! 勇者パーティーにスカウトしたいくらいだよ」

「い、いや。さすがにそこまでは」


 勇者パーティーなどに興味はない。

 レイナックの護衛第一。

 むしろこの女がレイナックの護衛に来てほしいくらいだ。


 しかし、まさかシャインがこの場にいたとは。

 20%とはいえ、魔族の力を解放したのはまずかったかな。


 この女も勇者ファルコに近しい強者ということは、雰囲気から分かる。

 そしてファルコは魔族の気配に敏感なやつだった。

 もしかしたらこいつもそうなのかもしれない。


「シャインさん、なぜこんなところへ?」

「私はショッピングを楽しんでいただけだよ。ところで……」


 そう言うとシャインは俺の肩に腕を回し、ぐっと引き寄せてきた。


「タロー君、まさか姫とデート? 第三王女とはいえ姫に手を出すなんて、根性あるねぇキミ」


 小声で耳打ちしてから、シャインは俺からパッと離れた。


「また会おうね、タロウ君。レイナック姫も女の子をかばってるとき、カッコよかったです。じゃあ、お邪魔虫はこの辺でー」


 そう言うとシャインは、手を振ってその場を去っていった。

 あの様子からすると、魔族の力には気づいていないようだ。

 とりあえず、一安心かな。


「タロウさん、次はどこへ行きましょうか!」


 色々あったけど、レイナックはまだまだ外出を楽しむつもりらしい。

 彼女と一緒に歩くなど、そんなチャンスはなかなかない。

 俺もまだまだ、一緒に歩いていたいのだ。


「それにしてもタロウさん、とっても強いんですね。ビックリしちゃいました!」

「シュガー隊長の特訓のおかげですよ。俺なんてまだまだ」


 ということにしておこう。

 あまり目立つと、ファルコの耳に入りかねない。

 あいつはしつこいから、まだ俺の正体を疑っていそうだしな。


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