第35話 魔王と姫の過去
俺は城跡へと急ぎながら、昔のことを思い出していた。
レイナックと初めて出会い、過ごした数日間のことを。
◆ ◆ ◆
魔王だった親父が勇者たちに倒され、大打撃を受けたダルゴス一族をこれ幸いと滅ぼしにかかる者たちがいた。他の魔族組織だ。
魔王の息子だった俺は真っ先に狙われ、深手を負った。
さらに使いの魔獣の追撃によって、絶体絶命のピンチに陥っていた。
そしてルドレンオブ国近辺の森の中へ逃げたとき、レイナックに出会ったのだ。
なぜか彼女は人間でありながら、魔獣から俺をかばった。
正直、人間のガキが余計なことをするな、と思った。
人間は弱くて脆い連中だと、親父からは教わっていた。
だから人間の、しかもガキに助けられるなんて屈辱でしかなかったのだ。
それに人間のガキなどに、凶暴な魔獣をどうにかできるわけがない。そう思った。
しかし、いざ魔獣どもが襲い掛かってきた瞬間。
小さな人間のガキから黄金の光が放たれた。
気が付くと魔獣どもは襲うことをやめ、大人しく座り込んでいた。
「この子は私の友達だから、傷つけちゃだめ!」
そう言って人間のガキは、俺に抱き着いて魔獣どもを睨んだ。
すると魔獣どもは吠えもせず、すごすごとその場を去っていった。
不思議な光景だった。
その後、国の兵士らしき人間の男がやってきた。
男はガキの護衛らしい。
となると、このガキは人間の世界ではそれなりに位の高い立場なのだろう。
ガキと男は、俺のことでもめ始めた。
怪我をしている俺の治療をしたいとガキが言っており、男がそれに反対しているらしい。
聞き耳を立てながら、男の言ってることが正しいなと俺は思った。
魔族と人間は敵対関係にある。
敵を治療するなど、もってのほかなのだ。
しかし、ギャーギャーわめくガキに根負けしたのか、男も最後は俺の治療を承諾してしまった。
俺は男に担がれ、城の中にある小屋へと運ばれた。
そしてベッドの上に寝かされた。
「こんなところを誰かに見られたら一大事ですよ、姫」
「見られなければいいんでしょ。この小屋に来る人なんていないんだし、大丈夫よ」
姫と呼ばれた人間のガキはそう言って、ベッドで横たわる俺に笑顔を向けた。
俺は寝返りを打って、ガキに背を向けた。
* * *
助けられた翌日、俺は高熱を出してしまった。
ガキはそんな俺を、つきっきりで看病した。
男も乗り気じゃないような顔をしながらも、水を浸した布を俺の頭にのせてきた。
頭がぼーっとしながらも、ずっと心配そうに見つめてくるガキの顔が、どうにも気になった。
なぜそこまでして、魔族の俺を助けようとするのだろう。
まったく理解できない。
あとになって考えてみると、たぶんこのとき俺はガキに感謝していたのだと思う。しかし、そんな感情を認めたくなくて、やはりガキから顔をそむけた。
数日後、高熱は微熱まで下がった。
「もう少しで元気になるね。よかった!」
「何がよかったんだ。俺は魔族だぞ。しかも魔王の息子なんだ。きっと後悔することになるぞ」
「そんなの関係ないもん。お友達が元気になったら嬉しいんだもん」
ニッコリ笑いながら、俺のおでこを撫でてきた。
その手を振り払おうとしたが、気持ちが良かったのでやめた。
「そうだ! ご本を読んであげるね。じゃん! 勇者さまの大冒険だよ。今、流行っているんですって。シュガー隊長からもらったんだ」
そう言ってガキが一冊の本を見せてきた。
表紙には剣を掲げた勇者と思わしき男と、その仲間たちが描かれている。
「おい、なめてんのか。その本、どう見ても最後は魔王が勇者に倒される話だろ。俺、魔王の息子なんだぞ」
「え? え? あ、そうかも。ごめんなさいです」
落ち込むガキを見ながら、ため息が漏れた。
「他の本は?」
「え?」
「だから、魔王が倒されるとかじゃなくて。他に本はないのか?」
そう言うとガキは嬉しそうに顔を明るくさせ、トテテと本棚へかけていった。
* * *
夜になり、なんとなく閉じていた目を開く。
ガキは俺が横になっているベッドにうつぶせて眠っていた。
「おい、魔族のガキ」
声のするほうへ目を向けると、シュガーと呼ばれていた男が暗がりの中で立っていた。
「姫がどうしてもって言うから治療してやったんだ。傷が治ったらさっさと出ていけよ」
それだけつぶやくと、シュガーはその場から去っていった。
言われずとも、俺はそのつもりでいた。
いつまでも魔王の息子が、人間どもの世話になるわけにはいかない。
やがて真っ暗だった窓の外が、かすかに明るくなった。
熱もほとんど下がったし、傷もだいぶよくなった。
ガキが眠っているのを確認し、俺は起き上がった。
そのまま小屋の扉を開き、外へ出る。
「魔族のくせして、律儀に俺の言うことを守ってくれるんだな」
振り返ると、シュガーが腕を組んで壁にもたれていた。
「だが、魔族は今後も俺たちの敵だ。きさまらはそれだけのことをしてきた」
シュガーには、俺が魔王の息子だということは伏せてある。
もし、それがバレたらこいつはどんな顔をするだろう。
そんなことを考えながら、俺はシュガーに背を向けて歩き出した。
「もう、帰っちゃうんだね」
後ろからガキの声がして、足が止まってしまった。
「寂しいけど、仕方ないんだよね。最後にお名前を聞いてもいい?」
そういえばガキと出会ってから、お互いに名前を名乗っていない。
シュガーの名は、なぜか先に知ったというのに。
「もう別れるんだ。名乗る必要などない」
そもそも最初から、名乗るつもりなどなかった。
魔王の息子の名前など、人間の知るところではないのだ。
「そっか。元気でね」
ガキがそう言った瞬間、ドサッと誰かが倒れたような音がした。
「姫? 姫! どうしたんです?」
振り返ると、倒れているガキをシュガーが抱きかかえていた。
そのとき俺は、無意識にガキのほうへと走り出していた。
息が荒くて苦しそうにしている。
「熱がある!」
シュガーは小屋の中へ入り、俺が寝ていたベッドへガキを寝かせた。
なぜか俺は、その後ろをついていった。
「なんだおまえ! なぜ小屋の中に戻ってきた? 出ていく約束だろう」
「こいつ……なんで倒れたんだ? 大丈夫なのか。死んだりしないよな」
「縁起でもないこと言うな。おまえの看病で、疲れがたまってしまっただけだ。分かったらさっさと出ていけ」
「俺のせいで……。俺、少しだけなら回復の魔法が使えるんだ!」
「それはすごいな。しかし熱には効果がない」
「解毒は? 少しだけなら使えるんだ!」
「無意味だ。分かるだろう」
「お願いだ! もう少しだけ、ここにいさせてくれ! こいつが治るまで! 何でもするから」
本当にこのときの俺は、どうかしていたと思う。
人間のガキが倒れたからといって、それが自分のせいだったからといって。
みっともないったらありゃしない。
泣きながら懇願していたのだから。
結局、俺自身もガキだったんだ。
しかしシュガーは、そんな俺をしばらく黙って見たあと、ため息をついて言った。
「布を水に浸して絞ってこい。おまえが熱を出したとき、俺がやってたろ。それを額に乗せて熱を冷ますんだ」
それを聞くなり、俺は動き出していた。
* * *
いつの間にか俺は、ベッドにうつぶせたまま眠っていたらしい。
目を開けると、あたりは真っ暗だった。
早朝から看病し、いつの間にか夜中になっていたみたいだ。
ふとガキのほうに目を向けると、ガキも俺のほうを見ていた。起きていたのだ。
窓からは月明かりがさしていた。
その明かりが、ガキの顔を照らしていた。
目が合ったのが恥ずかしくなり、つい顔を逸らした。
「魔族も人間も同じだね」
ぽつりとガキがつぶやいた。
「何が同じだって言うんだ」
「手があったかい」
そう言われて、自分がガキの手を握っていることに気付いた。
「あ、いや! これは違うんだ」
慌てて手を離し、言い訳にもならない言い訳をする。
本当に無意識だった。
そんな俺に、ガキはニッコリ微笑んだ。
その瞬間、俺は顔がすごく熱くなった。
心臓の音も、うるさいくらいドクドクしていた。
何だこれ。意味が分からない。
なんでこんな意味不明な気持ちになっているんだろう。
「私、レイナック」
「え?」
「名前だよ。レイナックっていうの」
このとき、彼女の名前を知った。
これまで呼び方など「ガキ」で充分だと思っていた人間の女の名前を、俺はこの先ずっと忘れることはないだろう。そう思った。
◆ ◆ ◆
レイナックの体調も回復し、別れを告げて俺は姫の小屋を去った。
「また会えるよね。いつかまた、遊びに来てね」
去り際にレイナックが言った。
そのときの彼女のさみしそうな顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
魔王城へ帰還したあとも、なぜか彼女のことがずっと気になっていた。
俺は遠くから、ずっと君を見てきたんだ。
そしてついに、護衛として側にいられるようになった。
それが、こんなことになるなんて。
再び俺のせいで、レイナックを危険に晒してしまうなんて。
この命に代えても、絶対に助け出してみせる。
決意を胸に、俺は指定の城跡へと急いだ。
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