第36話 魔王VS勇者
ルドレンオブ国から西へ二百キロほど離れた場所に、その城はあった。
どこぞの国の王族が使っていた別荘だったらしいが、過去の魔王との闘いのどさくさで破壊され、今は誰にも使われることなく放置されているという。
可能な限り急いだつもりだったが、すでに日は傾きかけていた。
俺はあたりの気配を探りながら、廃墟と化した城の中へと入っていった。
一つ一つ部屋を確認し、ついにベッドのような形をした石造りの台の上で横たわるレイナックを発見した。
何かの儀式にでも使われていた部屋だろうか。
それにしてもレイナックが横たわっているだけで、他の者の気配が感じられない。
罠のつもりか。
俺は構えることもなく、部屋の中へと歩いていった。
横たわるレイナックの側まで近づき、様子をうかがう。
彼女の腹部が微かに伸縮し、小さな寝息が聞こえてきた。
安らかに眠っている感じだ。
どうやら無事だったらしい。ホッと胸をなでおろす。
しかし俺が彼女の側まで近づいているのに、何も起こらないな。
まさか、このままお持ち帰りくださいってわけでもないだろうに。
そんなことを考えていたとき、後ろから鋭い殺気を感じた。
振り返らず宙へと舞い、何者かの斬撃をかわす。
床に着地してから、不意打ちしてきた者の顔を確認した。
「その気配、以前会ったな。おまえが魔王だったか。いや、正確には我らが封印した魔王の息子」
そこにいたのは、勇者ファルコだった。
フードをかぶって顔を隠してきて正解だったか。
もっとも、フードをかぶってきたのはレイナックに魔族のときの俺の顔を見られないようにするためだが。
「勇者のくせに不意打ちとはな。そういうところは嫌いじゃないぞ。しかし、姫をさらった理由はなんだ?」
「何を言っている。レイナック姫をさらったのはおまえだろう。俺を一人で来させるためにな」
こいつが誘拐犯ではないということか。
確かに、いくらこいつが不意打ち大好きで態度もデカく、友達もいないようなウザい性格の男とはいえ、さすがに姫をさらって俺をおびき出すなんてことをするとは思えない。
今の会話から察するに、俺とファルコを戦わせるために姫をさらった第三者がいるってことか。
とはいえ、魔王の俺がそんな説明をしたところで、信じないだろうな。
ほら見ろ。
聞く耳持たないといった感じで、光の爆裂魔法を左手に精製しているじゃないか。
前に戦ったときも人間のときに尋問してきたときも、融通が利かない雰囲気があったからな。
仕方ない、こいつをまずはおとなしくさせるしかないか。
とはいえ相手は親父を封印するにまで至ったパーティーの筆頭、勇者ファルコ。
簡単じゃないぞ。
ファルコは左手に精製した光の玉をぶん投げ、自らも突進してきた。
以前も見たから同じ手は食わん、と言いたいところだが……やりづらい戦法だな。
この光の玉は、速射性を重視するためにわざと威力を抑えているようだ。
だから通常の攻撃魔法に比べても、格段に速いスピードで飛んでくる。
さらにファルコ自身も、その玉とほぼ同等のスピードで突っ込んでくる。
そんな芸当ができる者なんて、人間にも魔族にもそうはいないだろう。
俺は光の玉を後方へ弾き飛ばし、振り下ろされた剣をかろうじて避けた。
レイナックから離れてしまうが、ここは距離を取るしかない。
どうにか宙へと逃れ、城の屋根へと降り立つ。
しかしファルコは休むことなく、距離を詰めてきては斬撃を繰り出してきた。
やつの持つ剣、おそらく伝説の神剣の類だろう。
あの剣の威力をまともに受けたら、さすがの俺もただじゃ済まなそうだ。
ヤツの剣が大振りになり、一瞬だけ隙ができた。なんてね、フェイントだろ。
思ったとおり、ヤツは剣を持たない左手で光の玉を放ってきた。
フェイントに気づいていたとはいえ、さすがに近距離で剣をかわした体制から弾くのは難しい。
間一髪、ガードしてダメージを最小に抑える。
誘いに乗ってカウンターを繰り出していたら、直撃だったな。
威力を抑えた魔法とはいえ、それなりにダメージを受けていただろう。
ヤツの手に持つ神剣での斬撃こそ、最も威力のある攻撃なのは間違いない。
それをあえてフェイントの手札として使ってくるか。
さすがだな。
とはいえ光の玉の爆撃をガードし、後方へ吹き飛ばされたおかげで距離を取ることができた。
だが、勇者ファルコはすでに次の手を打っていた。
ヤツは剣を床に突き刺して固定し、両手で印を結んで詠唱を始めていたのだ。
強力な魔法を放つためには魔法の詠唱は必要不可欠であり、どうしてもタメが必要になる。
吹き飛ばされて時間が稼げたのは俺のほうではなく、ヤツのほうだったわけか。
どれほどの魔法が使えるかは分からないが、相手は勇者。
生身で受けるのは危険すぎる。
俺もカウンターで強力な魔法を撃ち返したいところだが、そんな魔法のぶつかり合いで大爆発が起きてしまうとレイナックに危害が及ぶかもしれない。
ガードだ!
魔法防御に特化した強力なバリア。
「魔界の王の名のもとに命ずる。我に堅固な結界を授け、光の侵食を阻止せよ!」
詠唱している最中だが、すでにヤツの魔法は完成していた。
ファルコの前に魔方陣が浮かび上がり、その周りに光の矢が生み出されていく。
なるほど、爆発ではなく高い貫通力を有した矢がたくさん飛んでくるタイプか。
そう思った瞬間、想像通りに無数の光の矢が俺めがけて飛んできた。
「
魔法の発動が若干間に合わず、いくつかの矢を受けてしまった。
左肩に一本貫通、右手、右足、頬はかすっただけ。
他はどうにか魔法防御によって完全ガード。
迎撃ではなくガード全振りで正解だったかな。
しかし光の矢がすべて打ち終わったと思った次の瞬間、再びやつの斬撃が真上から振り下ろされた。
矢を放つと同時に飛び上がっていたわけか。
それにしても、愛用の大鎌を取り出す暇も与えてくれないな。
あの鎌は別次元に保管してあるから、そこから取り出すための間が必要なのだが。
仕方ない。
まだまだ修行中だが、とりあえず剣で我慢するか。
兵士として出勤したままここへ向かってきたので、支給された剣が腰にぶら下がっているのだ。
後方へ飛んだ俺に、ファルコが光の玉を投げてくる。
またこれか、もう見飽きたよ。
まあこれが、地味にやっかいではあるんだけどね。
玉を弾いてから剣を抜き、ヤツに向かって真っすぐ突き出す。
だが、ファルコの剣によって簡単に折られてしまった。
兵士の剣と神剣じゃ、さすがにそうなるよな。
「その剣……。我が国の支給品じゃないか?」
ようやくファルコが動きを止めた。
「なぜおまえがそれを持っている?」
まずいな。こいつは人間のタロウを疑っていた。
こいつにバレるのは非常にまずい。
そこはまずいんだけど、戦いにおいては別の話だ。
「ふん。まあいい。どうせおまえはここで死ぬのだからな」
「くくく……」
「何がおかしい」
おかしいよ。
あのまま攻撃し続けていたら、もう少しは善戦できただろうに。
戦いの最中にどうでもいい疑念をいだき、攻撃を中断してしまうんだからな。
俺は素早くファルコの後方へと回り、蹴りを放った。
「が!」
「その程度で音を上げるなんてことはないよな、勇者よ!」
蹴り飛ばされたファルコを追い、腹を殴りつける。
吹き飛ばされたヤツをさらに追いかけ、間合いを詰めた。
さすがに勇者だけあって崩れた体勢から剣を振るってきたが、柄を持つ手を俺の手とうで払いのける。
剣が床に落ち、無防備になったみぞおちにボディーブローをくらわした。
吹き飛んだファルコの体が、城の壁に激突する。
「この程度か、勇者ファルコ」
壁を背にもたれながら、ファルコが歯を食いしばって立ち上がってきた。
こちらを睨みつける目には、覇気の衰えが感じられない。
その点はさすがだ。
しかし、魔王とサシで戦うにはまだまだ甘い。
俺と戦うなら、せめて親父と戦ったときのようにパーティーの力を借りて挑むべきだったな。
「ぜーんぜんダメじゃん、ファルコ君」
突然、女の声が城内に響き渡った。
声のするほうへと目を向ける。
少し離れた場所にある柱の一つに、一人の女がもたれかかって立っていた。
一足飛びで剣が届くほど近い。
ここまで近づいているというのに、気づかなかったとは。
そこにいる女は、疾風騎士シャインだった。
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