第3話 魔王襲来
とある森の中に、小さな村があった。
しかしその村は数か月ほど前に、山賊たちの餌食となった。
ある者は殺され、ある者は奴隷として売り飛ばされ、もはや元の住人は一人もいない。
そして今は、山賊の隠れ家として好き勝手使われていた。
そんな村に一軒だけ存在する酒場で、大勢の山賊たちが酒をあおってバカ騒ぎしていた。
酒場の奥の席には場の雰囲気にそぐわない、品のある服を着た男が座っている。
「ヴィクタルの旦那、いよいよ明日だな」
山賊の頭をはっている男が、ジョッキを掲げながら声をかけてくる。
「明日は城の宝物庫の見張り番が、全員うちの野郎どもになるわけだ。これもあんたのおかげだぜ」
「ここまで手引きしてやったんだ。絶対に成功させろ」
城の宝を盗み出すため、ヴィクタルは山賊の頭領と手を組んだ。
その前準備として、この男の部下たちを兵士に推薦し、城へ招き入れたのだ。
宝を運び出すルートも城の警備状況も把握させた。
あとは明日、警備兵に成りすました山賊どもが宝を奪うだけ。
近衛兵として使われる毎日にうんざりしていたが、ようやくそんな日々ともおさらばできる。
一生遊んで暮らせるだけの宝を手に入れれば、遠く離れた地での贅沢な暮らしが待っているのだ。
ヴィクタルは酒を一口ほど喉に流し込んでから、ほくそ笑んだ。
「ところでよ。宝を盗んだあとの逃走経路だが。そこに例の小屋があるのが、微妙に邪魔じゃねぇか?」
「だな。下調べのときにも、見習いのザコがずっと素振りしててよぉ。ムカついちまったぜ」
二人の山賊の男が、ドカッと席についてから話に割って入ってきた。
「ああ、下宿姫の小屋か。夜はシュガー以外の低レベルな兵士が警備している。何かあればシュガーに連絡をつける手はずになってはいるが、真面目に護衛をしている者もいないからな。そいつらは隙を見て殺せば問題ないさ」
「じゃあよ! あのレイナックとかいう姫、やっちまっていいよな」
デヘデヘとイヤらしい顔を近づけて、男が鼻息を荒くした。
品のない連中だ。
しかしこんなゲスどもと組んだのも、すべては自由を手に入れるため。
「好きにすればいい。ただし、後始末はしておけよ」
目の前の男から顔をそむけるように、ヴィクタルはジョッキの中の酒をあおった。
「よっしゃ!」
「さらに楽しみが増えたぜぇ!」
「モチベ上がるぅ!」
「誰から犯るか、順番を決めとこうぜ」
下品な山賊どもに目を付けられるとは、哀れな姫だ。
でもまあ、王族から煙たがられている女。
「ふっ……。殺したところで、逆に感謝されるかもしれんな」
「ちょっと脅す程度で済ませておくつもりだったが……」
不意に覚えのない若い男の声が、どこからともなく聞こえてきた。
その声の出所を探してか、山賊どもがきょろきょろとあたりを見回す。
ヴィクタルはただならぬ気配を感じ取り、酒場の入り口に視線を向けた。
いつの間に、いつからそこにいたのか、一人の青年が壁にもたれて立っていた。
「きさまら全員、死刑だな」
余裕の笑みを浮かべるその青年には見覚えがあった。
「てめぇ! 確か下宿姫んとこの見習いヤロウ! まさか城の兵士どもを連れてきてるんじゃねぇだろうな!」
「そんなことはしていない。むしろ俺にとって不都合だからな」
目の前にいる見習いの青年は、どこからどう見ても普通の人間だった。
これだけの数の山賊を相手にできるほど、実力があるとも思えない。
しかしヴィクタルは青年から、得体のしれない何かを感じとっていた。
「ということは、てめぇ一人でここに来たってわけか? ひゃっはっは! こいつはとんだバカだぜ!」
「一人で来たとは、一言も口にしていないのだが……」
青年がそう答えた瞬間、ヴィクタルはものすごいまでの強大な魔力を感じ取った。
酒場の入口から、別の誰かが入ってくる。
魔力はそいつから発せられていた。
「ま……魔族?」
そいつは魔族の女だった。
この場の全員が束になっても到底かなわないほどの力を感じる。
ヴィクタルの額に大粒の汗がにじみ出る。
「こやつらが愚かにも、魔王様を愚弄した連中でございますね」
魔族の女がこちらを睨みながら、見習いの青年に向かってつぶやいた。
魔王?
魔王と言ったのか?
「だから、違うって。俺のことはどうでもいいの!」
「では、こやつらはいったい何を?」
「おまえの知るところではない」
「は! 申し訳ございません!」
あれほどの魔力の持ち主である魔族の女が、慌てた様子で青年に頭を下げる。
いったい何者なのだ、この青年は……。
「かしら、大変ですぜ! そ、外! 外を見てくだせぇ!」
山賊の男の一人が、悲鳴のように声を裏返らせて叫んだ。
窓の外へ目を向けると、魔族の群れが酒場を取り囲んでいるのが見えた。
「安心しろ。外の連中は逃走防止だ。きさまらは俺が一人で潰してやる」
そう言って青年が、右手首の腕輪を回すしぐさを見せる。
すると先ほどまで血色の良かったヤツの肌が、魔族特有の灰色に近い緑へと変化していった。
次の瞬間、おぞましいほどの魔力が放たれる。
隣にいる魔族の女の比ではないほどの力が、ビリビリと伝わってきた。
誰もが身動きできない中、魔王と呼ばれた魔族の青年が、ゆっくりと歩を進める。
「確か、おまえの顔は覚えているぞ。まずはおまえからだ。かかってこい」
「ひっ……おた……おたすけ……」
「どうした? 自慢のエクスカリバーを披露するチャンスだぞ」
恐怖からか膝をつき、山賊の男が祈るように手を組む。
その男へと気がそれている隙に、ヴィクタルは腰の剣を抜いて青年に斬りかかった。
だが青年は、剣の切っ先を人差し指と中指で挟んで止めた。
「バ……バカな!」
「確かおまえは近衛兵長だったか。さすがだな。いい腕だ」
その言葉を聞き終えた瞬間、青年の拳が腹にめり込む。
ヴィクタルは強烈な痛みとともに、後方へと吹き飛んで壁に激突した。
そして、意識を失った。
* * *
そんなこんなで俺は近衛兵長ヴィクタルを退治し、とりあえず山賊どももかたっぱしからぶっ飛ばしていった。
一応、全員生きている。
「う……うぐ……」
どうやらヴィクタルが目を覚ましたようだ。
こいつだ。こいつの目を見た瞬間、すぐに理解した。
人間のくせに、そこいらの魔族よりよほどの悪党だということを。
それに悪そうな連中を兵士として招き入れていることからも、何かしら企んでいると予想できた。
その何かしらでレイナックに危害が及ぶようなら、阻止せねばならない。
だからこそ俺は、ここまでヴィクタルを追ってきた。
その結果がこれだ。
俺は倒れているヴィクタルのもとへと歩んでいき、見下ろした。
ヴィクタルはしばらく何が起きたか分かっていない様子だったが、やがて顔に恐怖の色を浮かばせる。
「た、助けてくれ! 命だけは……」
「きさまらは俺にとって、命よりも大事なものを奪おうとした。分かるな?」
「へ?」
上から睨みつけていると、ヴィクタルは必死に考えを巡らせるかのように目を泳がせた。
「あ、あなた様も城の宝を狙ってたんですか? でしたら、すべて差し上げます……だから許して……」
ダメだな、コイツ。
宝など、真実の愛に比べたらクソほどの価値もない。
もしも俺がこいつらの悪だくみを暴くことなく事が起きていたら、そう思うとゾッとした。
と同時に腹が立ったので、目の前にある顔を蹴り飛ばした。
「ぐへ!」
ヴィクタルは先ほどの激突で開いた壁の穴から吹き飛んでいき、外を取り囲んでいる魔族たちのところへダイブした。
「こいつら全員、連れていけ!」
「魔王様、殺さないのですか?」
四天王の女魔族、アリエルが尋ねてくる。
彼女は髪が長く、整った美形の顔立ちをしている。
肌の色が魔族の灰色でなければ、エルフと見間違いそうな容姿だ。
「ちょうど働き手を探していただろう。こいつらを奴隷として使ってやろうではないか。部下どもの戦闘訓練にも使えるんじゃないか?」
別に殺しても構わないけど。
ただただ殺すのもつまらんし、レイナックは殺生などの類は苦手だろうからな。
もっとも、レイナックに手を出していたら、その限りでもなかったが。
「は! 最初からそのおつもりでしたか。さすが魔王様!」
アリエルは褒めてきたが、本当はレイナックが嫌がりそうだから、なんて言ったら怒りそうだな。
俺は後始末を部下たちに任せ、山賊どもの酒場を後にした。
今回は事前に脅威を取り除けたが、やはり今の護衛だけでは安心できない。
俺のすべてをかけてでも、レイナックを守りとおす。
彼女には、幸せになってもらわねばならんのだ。
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