第22話 事後処理
数日後。
破壊された魔王の椅子の残骸に腰かけながら、なぜか俺は目の前にひざまずくグレインたちを見下ろしていた。
あのときぶっ飛ばした連中だけでなく、その下の者たちまでが城にやってきたのだ。
「タロウ様の強さに真から感服いたしました。あなた様のために、この命を捧げさせてくださいませ! それが叶わぬのなら、いっそ腹を切れとご命令ください」
いや、そんなこと言われてもね。
「分かった、分かったから! もう頭を下げるのはやめてくれ。うっとおしい」
「いや、だめです! 許してはなりません。この者はタロウ様へ暴言を吐き、命を狙い、あまつさえこの魔王の間と先代から伝わる魔王の椅子を破壊したのですよ」
四天王の一人のアリエルがグレインたちを指さして、まくしたてた。
「いや、魔王の椅子は俺がそっちに攻撃を受け流したからじゃなかったっけ」
「ああぁぁぁぁあああ、もう! タロウ様は甘すぎます!」
いつもは冷静沈着なアリエルが、珍しく頭を掻きむしって熱くなっている。
せっかくのキレイな長い髪がくしゃくしゃだ。
「他にも罪に問わねばならん者がおりますぞ、ぼっちゃま。やつの処罰をどうつけましょう」
「誰の事を言ってるんだ?」
「ドランです! あの男、普段から邪魔な私もろとも、ぼっちゃまを葬るために裏工作していたのですよ。そうであったな、グレイン」
話を振られて、ばつが悪そうな顔をしながらも、グレインがうなずく。
話によると、グレインが今回の交渉でも配下に入れてもらえない場合は、俺を始末すればよいとドランから提案されたらしい。
魔王城の強者の多くが留守の日をあらかじめドランから聞いており、その日を交渉日にしたそうだ。
さらにはドランの根回しによって、多くの幹部たちが魔王城を留守にしていた。
「まあそれもグレインが言ってるだけで、証拠はないんだろ?」
「証拠? ぼっちゃま! 証拠とおっしゃるなら、グレインの供述がまさに証拠じゃありませんか!」
うるさいなぁ。
ドランの裏工作なんて、俺も気づいていたさ。
だが正直なところ、俺はドランに対してはあまり腹を立てていない。
ヤツはレイナックを利用することに対しては無関係だからだ。
ただ交渉に向けて助言し、そのための根回しをしただけ。
やつに比べたら、むしろ目の前のグレインのほうこそ処罰すべきやつなのだ。しかし、それももう興がそがれている。
すべてが片付いた今、処刑する気は起きない。
まあいいさ。それならそれで、せいぜいこき使ってやるのも悪くないか。
「とりあえず顔を上げよ」
そう言うと一糸乱れることなく、その場にひざまずいていた全員が顔を俺に向けた。
何これ、こわ!
一斉にこっち見るな!
「例の麻薬はすべて燃やせ。あんなもので人間を操ってもつまらんだろう。人間と組むのはなかなか面白い試みではあるが、もっと相互に利益を生む方法にせよ。そのほうが、より人間を利用しやすかろう」
「はは! 仰せのとおりに」
正義ぶりたいわけじゃないが、こういうのをレイナックも望んでいるだろうからな。
それに、彼女を苦しめたものの存在を許すことができなかっただけさ。
あれからレイナックの体内にあった毒素は完全に取り除き、人間の姿でシュガーの元へ届けた。
レイナックの失踪は人間の闇組織によるもの、というのが真相だった……ということにしている。
偽装した真相は次のとおりだ。
一国の姫を預かっておきながら、自分の館の中で事が起きてしまった。
責任の追及は免れないと考えたベスケットが、姫は自らいなくなったという虚偽の手紙を作ったのだ。
その事実はベスケットが国の従者に手渡した告白文書に記されていた。
ベスケットはその後、次のような置手紙を残して姿を消した。
『今回の事件で、自分の未熟さを悟った。
修行の旅に出ます。
探さないでください』
これによりレイナックとの婚約は破棄され、そして日常が戻ってきたというわけだ。
もちろん、その手紙も姿を消すよう指示をしたのも俺だ。
ベスケットの悪事に加担していた部下が闇組織の連中という筋書きにしたが、まあ当たらずとも遠からずだろう。
そいつらもアーガスの騎士団によって取り押さえられただろうから、今頃はベスケットこそが黒幕でしたってことがバレているかもしれないな。
というわけで、ベスケットはむしろこの魔王城にいたほうが安全なんじゃないか?
「おい、ベスケット! トイレ掃除は済ませたのか?」
「は、はい! 魔王様!」
「じゃあ、次は風呂掃除だ」
「ええ? そ、そんなぁ!」
「何か言ったか?」
「い、いえ! すぐに取り掛かります!」
逃げるように、ベスケットが魔王の間から飛び出していった。
「ところで魔王様」
四天王の一人、アリエルが俺に声をかけた。
「例の人間の女ですが……。その……」
「なんだ? 何が言いたい」
なぜ俺をにらむ。
心なしか顔が赤いようだが、何をそんなに怒っておるのか。
「あの女は、タロウ様の何なのですか?」
またそれか。
アリエルの隣にいるリーリエまで、俺のことをじっと睨みつけている。
「今思い返してみると、気になることがあるのです。グレインの放った魔法を、なぜ魔王の椅子のほうへそらしたのですか?」
「覚えてないな。何が言いたいかも分からん」
「ああしないと、あの人間の女に被害が及ぶからではないのですか? まるであの小娘を守っているようじゃないですか。先代から引き継がれた魔王の椅子よりも優先した。そこが解せないのです」
「きさまらには関係のないことだ」
アリエルとリーリエは納得できていないようで、まだ何か言いたそうな顔をしている。
しかし、俺の真意を知られては一大事だ。
何より、少々恥ずかしいじゃないか。
「さて、俺は用があるので、これで失礼する」
「ぼっちゃま、いったいどこへ行こうというのです? グレインの処罰もまだ決まっていないというのに」
「もちろんお務めだ。あとはおまえらに任せる」
魔王の間から出ていくとき、「じゃあ死刑! 今すぐ腹を切れ」というアリエルと「我らはタロウ様にしか従わぬ」というグレインの言い争いが聞こえてきた。
魔王城も賑やかになったもんだ。
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