第23話 レイナックの見た夢
レイナックは夢を見ていた。
夢ではあるが、幼いころに実際に起きた出来事だった。
姫の小屋とその周辺しか行動範囲を許されず、父である王と会えるのも年に数回程度。
城の敷地内だったため、同い年の子供と出会う機会もなかった。
護衛をしてくれるシュガーや、他のおじさん兵士はレイナックに優しくしてくれていた。
しかし六歳の子供にとっては、とても寂しい生活だった。
ある日、レイナックは言いつけを破って城から抜け出した。
行く当てもなく、どこへ向かえばいいかも分からない。ただ、外の世界が見たかっただけだった。
レイナックは好奇心のまま駆け回り、気づけば森の中をさまよっていた。
その森の木陰に、幼い子供がうずくまっていた。
子供はどうやら魔族のようだったが、体中から血を流していた。
「た、大変! 早く手当てしなきゃ!」
しかしどうすればいいか分からず、とにかくその子供を抱えて運ぼうとした。
「俺に触るな……」
かすれた声で、魔族の子が言った。
それでもレイナックは、懸命にその子を抱えて歩いた。
「グルルルル……」
動物の唸り声が聞こえて振り返ると、そこにはよだれを垂らした大きな犬のような生き物がたくさんいた。
「ちっ……追手の魔獣ども……か」
魔族の子がつぶやいた。
もしかして、この子を狙っている?
レイナックは魔族の子を地面におろすと彼の前に立ちふさがり、両手を広げて守ろうとした。
「ダメ! この子を襲っちゃダメ!」
怖くて涙があふれ出たが、それでも魔族の子を守りたかった。
一人で森の中にうずくまり、大けがをしている様子が、とても寂しそうに見えたのだ。
「この子はわたしのお友達だから! 寂しくなんかないんだから!」
レイナックの言葉は、後ろにいる魔族の子に対して放たれたものだった。
「ぐふふ、友達だって? そいつは魔王の子供だぜ。人間どもを恐怖に陥れた魔王の息子だ。魔王が封印された今、そいつを殺せば俺の主がお喜びになる」
先頭に立っている大きな一匹の犬が、ゴロゴロとした声でしゃべった。
言ってる意味は分からなかったが、後ろにいる子を狙っていることだけは分かった。
犬たちがじりじりと近づいてくる。
「ダメ! ダメ――――――――!」
そのとき、レイナックの体から金色の光が発せられた。
光があたりを包み、そしてゆっくりと消えていく。
気が付くと、大きな犬たちは襲うのをやめたのか、その場に座り込んで大人しくなっていた。
* * *
レイナックはここで目を覚ました。
初めて出会った、同じ年頃の友達。
あの後、シュガーが森まで探しに来てくれた。
魔族の子を手当てすると言ったら大反対されたけど、どうにか説得に成功したんだよね。
あの子は数日で元気になり、出ていってそれっきり。
でも、夢うつつに成長した彼を見たような気がする。
数日前、ベスケットにさらわれて意識が朦朧としていたときのことだ。
とてもやさしい目をしていたけど、とても悲しげな表情だった。
人さらいたちから救い出してくれた謎の人物がいるらしく、レイナックはルドレンオブ城の近くの森で発見されたという。
それをタロウが見つけて、城まで担いで運んだそうだ。
気絶したレイナックの手には、手紙が握られていた。
その手紙には、今回の事件がアーガス近辺で暗躍する闇組織によるものであり、大事になる前に姫を救い出しておいたことが記されていた。
自分を救い出してくれた謎の人物。
彼こそ微かな意識の中で見た、あの魔族なのだとレイナックは思った。
そして魔族のはずの彼の顔は、見知った人と同じだった……そんな気がする。
レイナックはベッドから起き上がり、いつもどおりの朝を迎える。
食事を終えて歯を磨いて顔を洗う。
外へ出ると、気持ちのいい朝の光に包まれた。
伸びをしてからジョーロで花壇に水をやる。
いつも、だいたいこの時間だよね。
「おはようございます、姫」
(ほら、タロウさんだ)
レイナックは彼の声に気持ちが安らいだ。
「おはようございます、タロウさん」
挨拶を返すと、彼はいつも決まってひざまずく。
「レイナック姫。私の剣を、生涯あなたに捧げると誓います」
タロウのいつもの誓いに困惑する。
しかもその言葉に偽りないことが、アーガス国での事件で分かってしまったから、なおさらだった。
タロウは事件を知るや、一人飛び出してしまったらしいのだ。
そこまでしてくれる彼の気持ちは、とてもうれしい。
でも、自分のせいで危険を冒すタロウのことが心配になった。
「あの……タロウさん。私のことを助けてくれたそうで。その、ありがとうございます!」
「いえ! むざむざと姫をさらわれてしまって……。護衛失格です」
「そ、そんなことありません!」
悔しそうに唇をかみしめるタロウを見ていると、なぜか切なくなってくる。
「あの……。タロウさんにこんな話、変かもしれませんが……。私、さらわれて意識がなかったとき、夢を見たんです。夢の中で、とても素敵な王子様に助けてもらいました」
「そうなんですね。もしかしたらその王子様が、姫を助けてくれた謎の人物なのかもしれません」
そう言ってほほ笑むタロウの顔は、どこか悲しげに見えた。
「おはようございます、姫。あとついでに、タロウ」
そのときシュガーがやってきて、いつもどおりタロウをからかった。
「シュガー隊長、ついでって何ですか。姫を助けた功労者ですよ、俺は」
「おまえは姫を運んだだけで、助けたのは見ず知らずの旅の者らしいじゃねぇか」
話をしながら、シュガーがタロウを連れていく。
いつもの剣の稽古に向かうのだろう。
離れていく彼に向って、レイナックはぽつりと言った。
「タロウさん。その王子様は、あなたに似ていました」
彼が振り返り、首をかしげる。
「え? 何か言いましたか、姫」
どうやら、レイナックの声は彼には届かなかったようだ。
なんとなく、聞こえてほしかった気もするし、聞こえなかったことにホッとしてもいた。
「いえ、なんでもありませんです」
お辞儀をすると、タロウが微笑んだ。
その顔は、夢の中で見たあの魔族の人と重ならなかった。
似ているけれど、タロウのような柔らかい表情とは違う気がする。
もっと気を張り詰めたような、鋭いナイフを連想させるような顔だった。
それに夢の中の彼は魔族で、タロウはどう見ても人間だ。
やっぱり考えすぎか。
そう思いつつ、レイナックは再び花壇に水をやった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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第二章も、ぜひ楽しんでいってください
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