第二章 魔王の壮大なる野望

プロローグ


 ルドレンオブ城から百キロほど離れた場所に位置する、とある森の中。

 そこに一人の女が訪れていた。

 勇者パーティーの一人である、疾風騎士シャインだ。


 その森は偶然にもタロウたちの魔族組織が根城にしている、魔王城が存在する山に近い森だった。

 シャインは森の少し開けた場所で地面に魔法陣を描き、魔神召喚の儀式を行っていた。


 魔神召喚と言っても、その魔神を使って国を支配するだとか、ましてや世界を混沌に陥れるといった目的があるわけじゃない。

 おもしろそうなものがあったら、とりあえず試してみたいというのがシャインという女の行動理念であり、魔神召喚も彼女にとってはお試し感覚なのだ。


 魔神を召喚するための呪文詠唱を一通り終えて、しばらく何かが起きるのを待ってみる。

 しかし五分が過ぎ、さらに十分が経過しても何も起きない。

 どうやら魔神召喚は失敗に終わったらしい。


「なーんだ。本に書いてるとおりやったのに、全然だめじゃん」


 地面に置いた魔法の書を手に取り、パラパラとページをめくりながら一人ごちる。


 魔族の気配に敏感な勇者ファルコにも感づかれないよう、わざわざ遠い地で試したのに、とんだ無駄足だった。


 シャインは代々王家に仕える剣士の家系であり、彼女自身も勇者パーティーの一人として魔王ダルゴス・ナパムデスと戦ったほどの剣豪だ。

 しかし、神剣バルマルクの持ち主には選ばれなかった。


 ルドレンオブ国が所有する神剣バルマルクには意思があるとされており、持ち主が息絶えると剣が次の持ち主を選ぶと言い伝えられていた。

 国内の剣の実力者が集められ、そこからさらに五人を絞り込む。

 その五人を並べた状態で、王が剣を垂直に立ててから手を離す。

 剣が倒れた方向にいた者が、次の持ち主になるのだった。


 そして神剣バルマルクに選ばれたのが、現在勇者の称号を与えられているファルコという男だった。


 なんだ、その適当な選出方法は!

 剣に選ばれなかった他の候補者たちは、王の聞こえない場所で口々にそんなことを言っていた。


 シャインも納得できたわけではないが、それならそれで仕方ないと思っていた。

 神剣に選ばれた勇者というのも面倒そうだし、他の者ほど神剣に対する執着はなかったのだ。


 その後、勇者ファルコのパーティーに剣士として加わったわけだが。

 共に戦うことになって、わかったことがある。

 ファルコの実力は、剣に選ばれて然るべきだったんじゃないかってことだ。


 ぶーすか文句を垂れていた他の候補者と比べても、ファルコの実力は圧倒的に上だった。

 その上、神剣バルマルクを抜いた彼は、強さという点においては完璧とも思えた。


 しかし、もし自分に神剣バルマルクかそれと同等の剣があれば、ファルコにだって並ぶことができる。

 その自信がシャインにはあった。

 神剣に選ばれるのは面倒だが、たかだか剣に選んでもらえなかっただけでファルコより下だと思われるのはおもしろくない。常々そう思っていた。


 しかし数日前、実家の地下室で見つけてしまったのだ。

 神剣バルマルクに勝るとも劣らない魔剣ミストルティアの、精製方法が記された魔法の書を。


 方法がないなら仕方ないと諦めるところだが、方法があるのなら試してみたいではないか。

 魔法の書によると、それにはまず魔神召喚が必要らしい。

 そんなわけで試したわけだが、残念ながら失敗に終わったというわけである。


 でもまあ宿に泊まってお土産でも買って帰れば、旅行気分くらいは味わえるだろう。

 そんなことを考えながら、帰り支度をし始めたときだ。


「ほう、これはあれだな。魔神召喚の儀式ってやつか」


 振り返ると、体格のいい魔族の男がそこにいた。

 とはいっても、腹はたるんでいるようだが。


 シャインは声をかけられるよりだいぶ前から、この男が接近していることには気付いていた。

 しかし気配が一人だったこと、そして自分に比べて格下の実力であろうことは察していた。なので、襲い掛かってきたら返り討ちにすればいいと思って放置していたのだ。


「魔族が私に何の用? 斬り殺されたいなら、ちゃちゃっと済ませちゃうけど」

「おいおい、物騒なことはよせって。俺はおまえの敵じゃない」


 そう言われて、魔族の男を足の先から頭のてっぺんまで眺めてみる。

 さらに、もう一度念入りに周囲の気配を探る。


 実力を隠しているようでもないし、周りにこいつの仲間が隠れ潜んでいる様子もなさそうだ。

 にも関わらずの余裕の態度。

 この男は意外と肝がすわっているのか、切り札を隠し持っているのか。


「俺の名はドラン。見てのとおり、ただの魔族だ」

「自己紹介ご苦労さん。ほんじゃ私はこれで……」

「あんた、シャインという剣豪だろ? 先代魔王のダルゴス・ナパムデスとも戦った、伝説の英雄の一人だ」


 その場を去ろうとしたシャインの足が止まる。


「あんたが勇者ファルコと敵対してるって話を耳にしたんだが、もしそれが本当なら力になってやれそうだと思ってね」

「そんなわけないじゃん。根も葉もないウワサだよ」

「そうかなぁ。その魔法陣、たぶん魔剣を生み出すためのものだろう? その魔剣で勇者を倒したいんじゃないのか?」


 この魔族、案外目ざといやつだな。


 魔剣生成なんて可能性が見つからなければ、心の奥底に封印しておくつもりの感情だった。

 確かにシャインは、勇者ファルコに勝ちたかったのだ。


 彼を倒して勇者に成り代わりたいとか、国民にちやほやされたいという気持ちはない。

 同じ条件なら、自分のほうがファルコより上だ。

 それを証明したいだけだった。


 誰にも明かしていない心情を、このドランという魔族は見抜いたのか。

 少しだけ、話を聞いてみる価値はありそうだ。


「力になれるって、何してくれんの?」

「現魔王と勇者をぶつけて、共倒れにする。俺にはその秘策がある」


 この魔族、少々勘違いしている。

 別に勇者ファルコを倒せればいい、というわけじゃないんだけどな。

 殺したいんじゃなくて証明したい。

 そのあたりに認識の相違がありそうだ。


 しかし現魔王と勇者をぶつけるというのは、それはそれでちょっとおもしろそうではある。

 こいつには勘違いさせたままでいたほうが都合よさそうだ。


「魔王ダルゴスに後継者がいるっていうのは風のウワサで聞いていたけど。そんなやつがいるなら、勇者としては倒しておかないとだよね。そいつ、どんなやつなの?」


 待ってましたと言わんばかりに、ドランと名乗る魔族が語りだす。


「そいつは先代魔王の息子なんだがよ。親の七光りの腰抜けのくせして、魔王を名乗っているのさ。先代魔王が偉大だっただけに、息子まで崇拝するバカも多くてな。俺もほとほと迷惑しているわけよ」


 ドラン程度にここまで言われるなんて、今の魔王は大したことなさそうだな。


「ふーん。あんたも苦労してるんだね」


 さらに色々と教えてくれそうだと考え、シャインはあえて共感を示した。

 すると案の定、ドランは気を良くしたようだ。


「そうなんだよ。あんただって本当は勇者なんかより強いはずなのに、付き人みたいなことやってんだろ? お互い苦労するよなあ」


 ほほう、こいつ。

 なかなか話の分かるやつだな。


「だよねえ。同じ条件なら私のほうが上なのに、あいつには神剣があるから。性格も悪いし根暗だし、ああやだやだ」

「おまえも大変だなあ。俺とおまえの利害は一致してると思わないか?」

「なるほどね。そこでさっきの話に戻るわけだ。つまり、勇者と魔王の共倒れ」


 もしもドランにそんな算段があるのなら、魔王を倒すチャンスかもしれない。


 もちろん、勇者ファルコを殺したいなんて思っていない。

 そもそもドラン程度の魔族に馬鹿にされるような魔王などに、ファルコがやられるわけはないのだ。


 そんなやつでも魔族組織のトップであれば、倒しておいて損はない。

 ここは計画に乗ったふりをして、魔王と勇者をぶつけてみよう。

 何より、ちょっとおもしろそうじゃないか。


「で? あんたのとこの魔王って、名前はなんていうの?」


 ドランはニヤリと意味深な笑みを浮かべてから言った。


「タロウ・ナパムデス」


 タロウ?

 なんとも聞き覚えのある名前だな。


 そう思った次の瞬間、ドランは信じられないことを口にした。


「人間に化けて、あんたの国の見習い兵士をやっている若造だ」

「え? それほんと?」


 魔王が人間の姿で国の内部に潜入している。

 その事実を知ったシャインが真っ先に感じたのは、驚愕でも不安や怒りでもなく、なんておもしろいことになっているんだという高揚だった。


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