第28話 お買い物


「タロウさん、タロウさんタロウさん! お姉さまがお買い物を許可してくれました! タロウさんもご一緒してよいと言ってくれたんです!」


 早朝、俺が姫の小屋に出勤するや、レイナックが嬉しそうにトタタと駆けてきて言った。

 俺の両手をつかんでブンブン振って、とても嬉しそうだ。


「それじゃ、タロウさんもお着替えしてください」

「え? しかし、今日は休日ではありませんよ」

「うふふふふふ。タロウさん、今日はお休みですよ。お姉さまがシュガー隊長にかけあってくれたんです。だから今日は、私とお出かけの日なんです!」


 レイナックが今度は俺の服の裾をつかんでブンブン振った。

 すごく浮かれている。


 自由に外を歩けるのは、おそらくかなり久しぶりなのだろう。

 少なくとも俺が兵士の見習いになってから、彼女が城の外へ出たのはベスケットの一件だけだ。


 だが第二王女を味方につけた今、今後は格段に外出しやすくなるだろう。

 とにもかくにも、レイナックを喜ばすことができてよかった。


 俺はレイナックの言うとおり、町の人間が普段着ているようなラフな恰好に着替えた。

 レイナックも今日はスカートではなく、旅の商人のような服とゆったりとした長ズボンを着ている。


 元気がよさそうな印象で、こういうのもかわいらしくて良いな。


 留守はシュガーに任せて、レイナックと一緒に街へと向かった。

 こうして一緒に並んで歩く日が来るなんて、なんだか感極まって涙が出そうになる。


 ルドレンオブ国の城下町は、たくさんの人間たちで賑わっていた。

 アーガスの城下町と違い、だいぶ道が入り組んでいるのでレイナックを見失わないようにせねば。

 そう思っていたとき、不意にレイナックが手をつないできた。


「タロウさんが迷子にならないように、私がしっかりしなきゃ!」


 右手でガッツポーズを決める。

 迷子になるとしたら、たぶんレイナックのほうだと思うのだが。


 それにしても、この手をつなぐという行為。

 人間の姿でレイナックに会うために様々な人間を観察してきたが、魔族にはない文化の一つがこれだった。


 なるほど、手をつなぐ……か。

 レイナックの手が柔らかくて暖かい。とても良いな。


「姫と手をつなげて、とても嬉しいです」


 素直な気持ちが、自然と口から出た。


「え? あ……その。ほんとに、迷子にならないように……ですよ」


 なぜかレイナックが顔を赤くして、うつむいてしまった。

 余計なことを言ってしまったのだろうか。

 人間のことはかなり学ばせてもらったつもりだが、ときどき分からない反応をされる。

 何とか挽回せねば。


 今日はレイナックを喜ばすための秘策がある。

 前もってベスケットのやつに、人間の女が喜ぶプレゼントとやらを聞いておいてよかった。

 あの男、人としてはクズだが、あれで女をかなり囲っていたらしいからな。

 どんなやつでも使い道はあるものだ。


 町の商店街にたどり着くと、レイナックは腰のポーチから紙を取り出して広げた。

 手書きの地図らしい。


「えへへ。このポーチも地図も、ミミお姉さまからもらったんですよ」


 ほほう、あの女。

 見込みどおり、やるじゃないか。

 これは埋め合わせをせねばいかんな。


「えっとですね。お姉さまから、いいお店を紹介してもらったんですよ」


 つぶやきながら広げた地図をじーっと見つめていたかと思うと、レイナックは俺の手を引いて歩きだした。

 なんだか同じ場所をぐるぐる回っている気がする。


「姫、その紙を俺に見せてもらえますか?」

「だ、大丈夫ですから! 任せてください!」


 そう言いながらも、再び地図を凝視しながら固まっている。

 横から紙を覗き込んでみると、何やら点で印をうっている箇所があった。


「こっちですね」


 俺が手を引くと、赤くなりながらジトっとした目でこっちを見てきた。

 なにやら悔しそうな表情だ。


 地図の印の場所にたどり着くと、そこは高級そうなレストランだった。

 まずは腹ごしらえというわけだな。


「今日はタロウさんへのお礼ですから、お金は私に任せてください!」


 手で胸をバシッと叩いて、レイナックが自信ありげに言った。


「お礼、ですか。俺、何かしましたっけ」

「私がさらわれたとき、部屋まで運んでくださったじゃないですか! それだけじゃありません。いつも私を助けてくれて、守ってくれて。だから、少しでも恩を返したいんです」


 どうしよう、すごく嬉しいんだが。

 俺にとってレイナックを守るのは当然のことなのだが、見返りをまったく求めていないわけじゃない。


 しかし今二人でいる時間が、もうすでにご褒美すぎるというのに。

 そのうえ彼女が、俺のために何かをしてくれるというのか。


「その気持ちだけで、俺は幸せです」

「ダーメーでーす! ちゃんとお礼するんです! 見てください、お姉さまが給金をはずんでくださったんですよ。なんと、いつもの二倍です」


 おいおい、たったの二倍だと?

 そもそも普段のレイナックへの給金自体が、俺の給料の十分の一程度だと聞いてるぞ。

 ミミには後々、きつく言い聞かせておかねば。

 埋め合わせの件もなしだな。


「それでは! ご飯にしましょ」

「お待ちください、姫。こちらの値段表をまずは確認しましょう」


 レストランの外には、綺麗に磨かれた石にメニューが彫られていた。

 値段を確認し、レイナックが小さな悲鳴を上げる。


「タロウさん、お隣のお店も素敵だと思いませんか?」


 高級なレストランの隣は、なんとも庶民的な食堂だった。

 ガラの悪そうな男たちが骨付きの肉にかじりついている様子も、俺としてはなかなか悪くない。

 しかし、レイナックをこの店に入れるのは、少々抵抗があるな。


「姫、お金なら俺が持ってますよ。レストランにしま……」

「わ、わた……私に……お金なら私に……」


 今にも泣きそうだ。

 なんて貧乏な姫なのだろう。


 そこまで言うなら隣の食堂にするのも構わないが、彼女にお金を出してもらうなんて心が痛む。

 しかしこのままだと、本当に泣き出してしまうかもしれない。

 ここは姫の意向に従うしかないようだ。


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