第25話 第二王女ミミ


 次の日の朝。


 姫の小屋の前で居眠りしている役立たずなじいさん兵士を叩き起こしてから、ドアをノックした。

 いつもならここでレイナックの声が返ってくるはずなのだが、今日は何も返ってこない。


 まさか、彼女の身に何かあったのか!

 くそ!

 役立たずの護衛どもが!


 ドアにカギはかかっていないようだ。

 俺は慌ててドアを開けた。


 すると、椅子に座ったまま呆けているレイナックがそこにいた。

 口がぽかんと開いたまま目が点になっていて、まるで魂が抜けているようなありさまだ。


「姫! どうしたんですか!」

「あー、タロウさんだぁ。おはようございますぅ」


 抑揚のない声で、レイナックが挨拶してきた。

 相変わらず呆けた顔をしており、肩を揺らしてみても反応が鈍い。


 そういえば昨日は第二王女の元へ行ったまま、俺の勤めが終わっても帰ってこなかったのだ。


「もしかして、第二王女に何かされたのですか?」

「めっちゃ怒られましたぁ。お買い物、行けなくなっちゃいましたぁ」


 この様子、長時間にわたって罵声を浴びせられたのではないか?

 優しいお姉さまと言っていたのに、これはいったいどういう了見だ。


「いつも優しいんですよぉ。掃除もさせてもらえますしぃ。身の回りのお世話もさせてもらえますしぃ。お肩を揉みながらの会話だって、楽しませてくださいますしぃ」


 いやいや、それはいいようにこき使われているだけだ。

 やはり話に聞いたとおりの性悪女だった。


 そうか。

 他の家族はレイナックと会ってもくれないところを見るに、接触することさえ避けているのだろう。


 そんな中、第二王女だけが自分にかまってくれる。

 理由がどうあれ、それがレイナックにとっては嬉しいことだったのだ。


 身の回りの世話をしてくれるうちは優しく接していた第二王女も、いざお願い事をされた途端、手のひらを返したと。

 わがままぶりは俺の親父に匹敵するぞ。


 そんなことを考えていたとき、突然大きな音を立てて小屋の扉が蹴り開けられた。


「オラァアアアア! タロウってやつはどいつだコラァアアアア!」


 魔人の形相を浮かべた人間の女が、入り口で仁王立ちしていた。

 金髪の長い髪に鋭い目つき、上はビキニで下はショートパンツという露出の高い恰好をしている。


 女の後ろには数名の男たちが、手を後ろに組んだ状態で立っていた。

 かなり鍛え上げられた肉体をしている男どもだ。


「あ? おまえがタロウってやつか」

「はぁ。そうですけど」


 答えると、ズカズカ部屋の中に入ってきて俺の胸倉をつかんできた。

 さらに思いっきり顔を近づけて睨んでくる。

 あまりの迫力に後ずさりする。


「あたいの妹をたぶらかして、外に連れ出そうとしているらしいな。ああ、コラ! 下民は下民らしく下民やってろや!」

「いや、お買い物に行くだけですよ」

「そんで、誰があたいの肩を揉むよ。腰を揉むってのよ、ええ!? あたいの世話を差し置いて、楽しくデートなんぞ許すわけねぇだろ!」


 まさか、このドチンピラのような女が第二王女なのか。

 そしてこいつは、マッサージさせるためだけにお買い物を許可しないつもりか。


 別にお買い物から帰ったあとでもできるだろう。

 いやいや、レイナックにマッサージなんてさせるんじゃない。


「他の人にお願いすりゃいいんじゃないですかね」

「こいつの揉み方が一番ベストなんだよ。つーか今、口答えしやがったな!」


 胸倉をつかんでいた手をグッと引き寄せ、さらに顔を近づけてくる。


 レイナックよ、どこに優しいお姉さまがいるというのだ。

 魔王の俺でさえビビってるのだが。


「覚えてろよテメェ。クビくらいで済むと思うなよ」


 そう言って第二王女は突き飛ばすように手を離し、勢いよく部屋を出ていった。


「あのー、今のがお姉さまですか?」

「そうですぅ。いつもお優しいミミお姉さまですぅ」


 第二王女ミミ……か。

 優しい姿が想像できんな。


「お肩を揉んでるときなんて、すごく褒めてくれるんですよぉ。あれぇ、どうしてだろー」


 それは優しさではないと思うのだが。


 まだ目が点のまま、口からエクトプラズムが出ているようなご様子。

 おいたわしや、姫……。


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