第30話 迷子


 なんてことだ。

 心配していたことが、ついに起きてしまった。


 レイナックが俺とはぐれて、迷子になってしまったのだ。

 いや、気を付けているつもりだったんだが、彼女があっちこっち走り回るものだから。


 外出が久しぶりすぎて、ついはしゃいでしまったのだろう。

 自由にさせてあげたくて監視するだけに留めていたが、しっかり手を握っておけばよかった。


 それにしてもこの町は、本当に人が多いな。

 そのうえ橋の下にも通路があったりと、町全体が相当入り組んでいる。


 レイナックを探してしばらく走り回っていると、町の一角に人だかりができていた。


「おいおい、相手は子供だぞ。許してやればいいのに」

「誰か止めてこいよ」

「いや、しかし。あいつの後ろにいる護衛、シルバーランクの冒険者だぜ」


 そんな声がそこらから聞こえてくる。

 レイナックとは関係なさそうだが、もしかしたら彼女もこの人だかりが気になって見物しているかもしれない。

 そう考え、俺は騒ぎの中心へと向かった


「だから、おまえが走り回ったせいで泥が跳ねて、私の一張羅が汚れてしまったわけですよ。弁償していただかねばならんのです。常識ですよ」


 なんとも偉そうな顔をした細身の男が、泣きじゃくる小さな女の子に説教を垂れている。


「泣いてばかりでは話にならんな。おい、このガキを引っ張ってこい。こいつの親に責任を取らせる」


 偉そうな顔の男が、後ろのガラの悪そうな大柄の男に命令した。

 おびえた様子で泣いている女の子に、大柄な男が近づいていく。


「まあ私の服は高いから、下民どもに弁償できる額でもない。場合によってはこのガキに奴隷として働いてもらわねばならんかもな」


 細身の男が、ニヤニヤしながら言った。

 そして大柄な男が、泣きじゃくる女の子に手を伸ばす。


 ふむふむ、なかなかの子悪党ぶりだな。

 もしもこの光景をレイナックが見ていたら……なんて思っていたそのときだ。


「やめてください!」


 レイナックが割って入り、女の子をかばいながら叫んだ。


 よかった、見つかった。

 騒ぎを起こしたこいつらに感謝だな。


「なんだきさまは。私はただこのガキに、犯した過ちの代償を支払わせようとしているだけですよ。私は筋の通らないことが嫌いでね」

「子供を脅して連れ去るのが筋だって言うのですか?」

「もちろんです。下民のくせに立場もわきまえず、貴族である私に物言いとは。さあ、どいてください。それとも、あなたがその子の代わりに弁償してくれるのですか?」


 泣いている子供を守ろうと抱きかかえながら、レイナックは必死に男を睨み返す。


 このヤロウ。

 泣いてる子供はさておき、レイナックに対する暴言。

 もはや聞き捨てならん。


 しかし、あの男の側にいるのはシルバーランクの冒険者か。

 確かシルバーランクというと、魔族の間でも要注意クラスの強者と聞いたことがある。

 魔族の力をゼロまで抑えた状態では分が悪いかもな。

 毎日シュガーに鍛えられてきた今の俺なら、人間の姿のままでも20%くらいは魔族の力を解放できるかもしれん。


 俺は右手首の腕輪のダイヤルを、少しだけ回した。


「埒があきませんねぇ。もうその女ごと連れてきなさい」


 細身の男がそう言うと、大柄の男がニヤけた顔でレイナックに手を伸ばしてきた。

 俺は宙へ飛び、大柄な男とレイナックの間に割って入った。


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