第18話 戦慄の魔王・タロウ様


 アリエルは目の前の光景に戦慄し、高揚した。


 襲い掛かる数十もの魔族。

 動きも悪くない、なかなかに訓練された手練れたちだ。


 そいつらがなすすべもなく、武器一つ持たない魔王・タロウの拳によって次々と吹き飛んでいく。

 まるでタロウを中心に竜巻でも発生しているかのようだった。


 隣にいるヴァディーゲも、最初はタロウの手助けにと動き出す素振りがあった。

 しかし今はタロウの圧倒的な強さを前に、身動きすら取れないでいる様子だった。


 かくいうアリエルも同様だった。

 だがアリエルは、タロウの内に秘めているであろう強さを、以前から信じていた。


 先代魔王に匹敵する、いや、凌駕するほどの暴力性、凶暴性、冷徹さ。


 アリエルは自分の求める魔王の姿を目の当たりにし、身がもだえるくらいの興奮を覚えた。


「タロウ様……。なんという圧倒的な強さ。あなたにお仕えできること、心から光栄に思います」

「同感ですな。このヴァディーゲも、生涯をぼっちゃまに捧げられることを誇りに思います。しかしぼっちゃまは……なぜやつらを殺さんのでしょう」


 確かに。

 今のタロウの身にまとったオーラのすごさは、どう見積もってもSランクの魔王そのもの。

 威力から見ても、くらった者は即死してもおかしくない。


 しかし殴り飛ばされた者たちを見ると、全員が虫の息だった。

 つまり、誰一人として死んではいない。


 なるほど、そういうことか。アリエルはさらに気持ちが昂った。


「分かりませんか、ヴァディーゲ殿。それはもちろん、一発で楽にしてしまってはつまらないからですよ。つまらぬ貢ぎ物に加え、タロウ様への暴言。それを一撃であの世へ送っては、あまりにも生ぬるいではありませんか」

「な、なるほど……。ぼっちゃま、なんと立派になられて……」

「ああ、そのあとに拷問! でございますね。願わくば、このアリエルにもそのお手伝いをさせてくださいまし」


 魔王の名に恥じない圧倒的な戦いぶりを前に、アリエルの体が火照る。


 グレインの兵は五分足らずで、半数近くまで減っていた。

 残りの兵がいったん距離を置き、タロウを取り囲む。

 そしてタロウめがけて、一斉に火球を飛ばした。

 手練れの魔族どもだけあって、一発一発の威力もかなりのものということがうかがえる。


 さすがのアリエルも一瞬、タロウの身を案じてしまった。

 だが火球の群れが直撃する寸前に突風が巻き起こり、炎はすべて吹き飛んでかき消えた。

 いつの間にかタロウは、愛用の大鎌を掲げていた。鎌を振り回して強力な風を生み出したのだ。

 一斉攻撃にも動じず、悠然と立っている魔王の姿に、その場の全員が固まっていた。


「く! なめるなよ」


 グレインが両手で印を組み、ぶつぶつと何やら唱えだした。

 おそらくやつの最大魔法を放つのだろう。


 強大な威力の魔法は長い詠唱が必要なため、戦闘の中で使うには隙を作らねばならない。

 詠唱の間にタロウが攻めてきた場合を考慮してか、周りの魔族が身構えている。

 そんな中、タロウは身動き一つ取らずにいた。


「くたばれー!」


 グレインの手からビームのような極太の熱線が放たれる。

 魔王の間が崩壊するほどの威力を感じ、アリエルもヴァディーゲも防御の姿勢で身構えた。

 その熱線をタロウは真正面から手のひらで受け止めた。

 さすがに苦悶の表情を浮かべ、足が後方へ引きずられる。


「うおおおおおおおお!」


 魔王の咆哮が室内に響き渡った。

 そして手をアリエル達のいるほうへ向けて、熱線の軌道をそらした。


 アリエルは飛んでくる熱線を辛うじてかわす。

 魔王の椅子が吹き飛び、その後ろの壁が爆発によって崩壊した。


 なんてことだ。先代より受け継がれた魔王の椅子が跡形もない。

 ましてや邪悪の象徴たる魔王の間を破壊するとは。

 あの男、もはやただでは済むまい。


「ば、ばかな……」


 プルプル手を震わせながらグレインがつぶやいた。

 顔には恐怖と後悔の色が浮かんでいる。

 残った兵も戦意を失った様子で、後ずさりする。


 タロウがゆっくりとグレインに近づいていった。

 グレインは身動きすることもなく、ただおびえた様子で彼を見つめる。

 蛇ににらまれたカエル、という例えが人間の言葉にはあるらしいが、まさにそれだろう。


 しかしCランクとはいえ、さすがは魔王といったところか。

 間合いの範囲まで近づいたと見るや、グレインは腰の剣を素早く抜いて横になぎった。

 タロウはその剣を左手の指二本でつまんで止めて見せた。

 そのまま蹴りを放ち、やつが勢いよく吹き飛ばされて壁に激突する。


 もはや恐怖の表情しか残されていないグレインにできることは、何もなかった。

 タロウがヤツの首に大鎌の刃をあてがう。

 そして大鎌を振りかぶると、思い切り首めがけて振り下ろした。


 しかし、どうしたことだろう。


 グレインの首は胴体に残ったままだった。

 鎌の刃は首元の寸前で止まっており、血が軽く垂れているだけだ。


 やはり殺さないつもりなのか。

 タロウの顔は苦悶の表情をしていた。

 殺そうと思っているのに、それができない。そんな葛藤がうかがえた。


 しかも、よく見るとタロウが黄金の光に包まれているようだった。

 何だあの光は。


 訳も分からず、その場の全員が氷漬けにされたような時間が過ぎていった。

 そのときだった。


 麻薬付けにされていた人間の女が、タロウの背中に身を寄せたのだ。


 魔界の麻薬に支配された人間が自らの意思で動くなんて、考えられないことだった。


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