第38話 カゼマルの脅威
「何か罠があるかもとは思ったけど、なんでこんなにたくさんの魔族の気配に気づかなかったんだろ」
危機感のない感じで、シャインが首を傾げる。
大柄な魔族が、手首に取り付けている腕輪をつかんで回すしぐさを見せた。
「おまえにはもう俺の正体がバレてるらしいから教えるが、あの魔族の腕につけられた腕輪だ。あの腕輪は魔族の力を抑えることができる代物なんだ」
「なーるほど。タロウ君の腕にもあるねぇ。でも、あんなものがあるなんて。これじゃあ人間の国に魔族が忍び込み放題じゃん」
確かにそのとおりだ。
しかしあの腕輪はあくまでも補助をするものであって、魔力を抑える魔法と併用する必要がある。
しかもその魔法の習得には、かなりの訓練が必要なのだ。
わざわざ力を抑えるための魔法を、苦労してまで覚える魔族なんていないと思っていた。
なまじ人間より強い肉体と魔力を持っているがゆえに、魔族は基本的に戦略を立てずに戦う者が多い。
集団で人間の国へと攻め込む際も、どう戦うかは各々のやり方でお任せになるのがほとんどだ。
もっとも、だからこそ人間の統率力に苦戦し、支配するには至っていないわけだが。
しかしこの魔族の集団はあえてその魔法を習得し、活用してきた。さらにこいつら全員が魔族の力を無にして潜んでいた、その統率力が恐ろしい。
魔族にも、戦術を用いて戦う新時代が来たということか。
こんなやつらが増えたら、これまで以上に人間の平和が危うくなってしまう。
そうなればレイナックを幸せに導くことも、難しくなってしまうぞ。
「俺はカゼマル。これから一緒に遊ぶ仲間だから、ちゃんと覚えていてくれよな」
指の骨をボキボキ鳴らして、魔族の男が不敵な笑みを浮かべる。
こいつから感じる魔力量だけでも、只者じゃないことがひしひしと伝わってきた。
「あんた! タロウ君が怪我しちゃったじゃない! 手負いのタロウ君を倒しても、おもしろくもなんともないじゃんか!」
相変わらずシャインが、場違いな苦情を叫ぶ。
この女、とにかく自分が楽しいこと最優先の超絶自己中心的な性格らしい。
「がはははは! そいつは悪いことをしたな。それじゃあ、そのタロウ君とやらの代わりに俺が遊んでやるよ」
そう言ってカゼマルがかかってこいとばかりに、人差し指をクイクイっと動かした。
シャインがその場で二度ほどリズムを取るようにトントンと跳ねた。
そして一気にやつとの間合いを詰めた。
いくらカゼマルという魔族が強かろうが、簡単にかわせるようなスピードじゃなかった。
案の定というか、カゼマルはよけようとすらせず、ただその場で腰を落として踏ん張る姿勢をとるだけだった。
かくしてシャインの剣は、やつの首へ斬撃を与えることに成功。
しかし首を斬るどころか、剣のほうが折れてしまったのだ。
折れた剣に驚く様子を見せたシャインに、カゼマルが右のアッパーを放つ。
その攻撃を避けて、彼女がやつから距離を取った。
「うへぇ、こんなんアリ?」
防御に徹することで、金属以上の硬い肉体に変化させることができるようだ。
「速い! 速いじゃねぇか、人間のくせにすげえ姉ちゃんだな。だが、俺との相性は最悪らしいぞ。おまえの武器とパワーじゃ、俺を傷つけることはできねえ」
こればかりはやつの言うとおりだな。
せめて勇者ファルコの持つ神剣を扱えれば、話も変わってくるのだが。
そう思ったちょうどそのとき、離れた場所から爆発音が鳴り響いた。
あれはファルコお得意の光の魔法弾によるものだろう。
どうやらこちらだけでなく、すでに別の場所でファルコも魔族と戦っているようだ。
シャインは戦いの爆裂音がするほうへと顔を向けたあと、ため息をついた。
「確かに、私じゃこいつの体に傷をつけるのは無理みたいだねえ。攻略法ゼロのバトルなんてつまんないし、ここはタロウ君に任せるよ」
ほんじゃよろしく、と手を振って、カゼマルの後方にいる魔族たちへと向かっていく。
仕方ないとはいえ、ほんと自分勝手な女だな。
だが、周りの連中をシャインとファルコに任せておけば、俺の相手はカゼマル一人で済むかもしれない。
このたった一人の相手が一番きつそうではあるが、悪くない役割分担だ。
「大丈夫か、おまえ。俺の魔法をまともに受け止めて、笑えるくらいふらふらじゃねえか」
「いらぬ心配だ。さっさとかかってこい」
「がははは! さすがは大陸一の魔王! やせ我慢のレベルもハンパねぇな」
カゼマルが空間に異次元の出入り口を作り、手を突っ込んだ。
そして、巨大なダブルアックスを取り出した。
月の光を反射させて銀色に輝くその斧は、一目見ただけでも伝説級の武器であることが理解できた。
しかし俺の武器とて魔界に知れ渡る伝説の大鎌、その名もネクロスサイズ。
武器に関してはやつに引けを取らない。たとえ鋼のように強固な肉体であったとしても、切り裂くことは可能だろう。
問題はやつの指摘どおり、さきほどの大火球を受け止めた際のダメージだ。
魔法の威力や防御が相当なものだということは理解したが。
さて……実際に戦いとなったら、やつはどの程度動けるのか。
「そんじゃ、行くぜ」
カゼマルが斧を構えた姿勢のまま突っ込んでくる。
スピードはなかなかのものだが、シャインに比べたらどうってことはない。
しかも構えの型を見る限り、振り下ろしてくるのが丸わかり。
予想そのまんま、カゼマルが斧を振り下ろしてきた。
軽く後ろに下がって斧を回避する。
だが、爆発でも起きたような振動とともに、四方八方の床が破壊された。
カウンター気味に大鎌を振り上げていたが、激しい揺れに身動きが取れず、俺の体が浮いた。
馬鹿正直なパワー型か!
そう思ったのだが、カゼマルは斧を手に持ったまま上に飛んで前転し、踵を落としてきた。
宙に浮いたままの俺は除けることも叶わず、鎌の柄でガードする。
ヤツの体重が乗せられた、とてつもない重さの踵落としだ。
「うぐ!」
砕け散った状態の床に膝をつく。
その膝が床にめり込み、辺り一面に巨大なヒビを走らせる。
さらにヤツは落とした足を軸にして、そのまま回し蹴りを放ってきた。
とっさに腕を下ろしてガードしたが、体全体を衝撃が走り抜けるほどの蹴りだ。
俺はすさまじい勢いで吹き飛ばされた。
城壁に激突しそうになり、どうにか垂直の壁に着地する。
そこへ追撃の斧が飛んできた。あれを食らったら終わりだ。
壁からすぐさま離れて、宙へと逃れる。
しかし、カゼマルが目の前で両腕を上げて待ち構えていた。
「いらっしゃーい!」
くそ!
完全に誘導されている。
振り下ろされた両手による鉄槌を受け、真下へ急降下。
「ぐあ……!!!」
たまらずうめき声をあげてしまう。
どうにか床に叩きつけられる前に身を反転させて、着地できた。
そのときの重い振動が、全身を巡る。受けてきたダメージに上乗せされる痛みに、歯を食いしばって耐える。
だが悠長にはしていられない。
上を見上げると、再び斧が飛んできていた。
俺を攻撃するために宙へ飛んだ動きが、先に投げていた斧を拾うという動作につながっていたのか。
パワータイプのくせして、なんてトリッキーかつ無駄のない動きをするやつだ。
後方へと飛んで、斧をかわす。
斧が地面に激突し、爆音とともに床の破片と埃が舞い上がった。
砂交じりの煙があたり一面を漂い、視界が悪くなる。
それも一瞬のうちで、巻き上がった埃が勢いよく四散し、すでに斧を拾っていたカゼマルが一直線に突っ込んできた。
やつの斧を避けると、そのまま体術による連続攻撃が来る。
ならば!
振り下ろしてくる斧を大鎌の柄で受け止めて流した。その勢いのまま、鎌の柄でカゼマルの顔を殴りつけた。
まだ終わらない。今度は回転させた鎌の刃で、ヤツの首を狙う。
「おっと!」
体をそらせて、ヤツが刃をかわした。
さすがに刃の部分は警戒していたようだが、その動きを先読みしていた俺はのけぞっているヤツの顔に振り下ろしの蹴りを食らわせた。
「いてえじゃねえか」
全然効いてない様子で、カゼマルは笑いながらこぶしで反撃してきた。
こいつに打撃は効果がない。
後方に飛びのきながら、爆発性のある魔法の弾丸を連射させる。
だがカゼマルはノーガードで突っ込んできた。直撃しているのにお構いなしで、不敵な笑みがまったく崩れない。
足止めにもならないか。
再び距離を詰められて振り下ろされた斧を、かろうじて鎌の柄で受け止める。
「ぐ!」
あまりの威力に足元の床が破裂してめり込み、俺は膝をついた。
「がははは、俺の斧を真正面から受け止めるか! さすがは大陸最大組織の魔王! 親の七光りと聞いていたが、すげえ強えじゃねえの」
受けてすぐ反撃するつもりだったが、斧を止めるのが精いっぱいでそれどころじゃない。
「おらよ!」
ギリギリ踏ん張っているところに、カゼマルが蹴りを放つ。ガードするも、やはり吹き飛ばされた。
床すれすれで飛んでいきながらも、どうにか床に手をつき、体を回転させて着地する。
このカゼマルという男、強さだけなら間違いなく最高位であるA級魔王より上位。
魔界にも数えるほどしかいない魔王を超えた、魔神と呼ばれて恐れられる存在。
S級ランクの魔族。
こいつはおそらくその域に達している。つまり、親父にも肩を並べるほどの男ということだ。
せめて俺の最大最強の魔法で迎撃したいところだが、今はまだ使えない。もちろんS級クラスのヤツにも、そんな魔法を使わせるわけにはいかない。
この城には、レイナックがいるのだ。
ヤツにとって優勢な今の状況であれば、おそらく強力な魔法を使ってくることもないだろう。
このまま優勢だと思わせつつ、戦いながら城から離れる。
そしたら、最大魔法で勝負ができる。
頭の中で算段を立てながら立ち上がったとき、俺は血の気が引いた。
台の上で横たわる、レイナックの姿が視界に入ったのだ。
吹き飛ばされた先が、この場所だったとは。戦いに必死すぎて気づかなかった。
あいつの斧は、辺り一面の床を破壊するほどの威力だぞ。これでは最大魔法はおろか、普通に戦うのも危険だ。
何とかこの部屋から離れないと。
そう考えて移動しようと足を踏み出した瞬間、激しい吐き気と目まいが俺を襲った。
足がガクガク震え、床に膝をつく。
「タフなやつだなあ」
余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、カゼマルがゆっくりと歩を進めて近づいてきた。
「その様子だと
肩に担いでいた斧の刃先を床に落とし、柄にもたれながら俺を見下ろしてくる。
「殺すには惜しいな。魔王の座を譲って、俺様の右腕になれ」
冗談じゃない。
こいつの右腕なんかになったら、レイナックを守れなくなる。
それだけじゃない。
おそらくこいつに魔王の座を渡したら、親父が魔王のときのように人間を巻き込んでの戦が始まるだろう。
俺が魔王でいるからこそ、人間との戦を抑えることができているのだ。
戦なんかが始まったら、レイナックの平穏が奪われる。
それだけは、あってはならない。
そう思うと気力が湧いてきた。
どうにか立ち上がり、やつを睨みつける。
「ふむ。どうも簡単に言うことを聞くやつじゃないらしいな。なら、特別待遇だ。おまえの望みを俺が叶えてやってもいいぜ」
「どういうことだ?」
「お! 少しは興味が湧いてきたか? そうだな。例えば、そこで眠っている人間の姫だが」
こいつ、いったい何をするつもりだ。
「小耳にはさんだんだがよ。おまえ、この女を取り戻すためにここまで来たんだってな」
「違う。そこの女は関係ない」
「くくく。隠さなくてもいいぜ。で……だ。なぜ魔王のおまえが人間の女を守ろうとしているか、そこに疑問が湧いてくるわけよ」
俺はレイナックに興味をしめしたこいつの薄気味悪い笑みに、体の内側からザワつくほどの寒気を感じた。
「普通に考えるなら、この女に何かしらの利用価値があるからってとこか。しかしなあ。だからといって、おまえほどのやつがそこまでボロボロになりながら体を張って守るってのもなあ。どーにも違和感があるわけよ、俺様としては」
「何が言いたい……」
「なんつーか、おまえ……まさかとは思うが。こんな小娘に惚れてる……なんてことはないよな」
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