第3話 馬車乗り場にて

「はぁぁ……」

 ダリオは、これ以上はないという呈でため息を吐いた。

「見込みが甘かったかなぁ」

 ダリオは、チルベスに行く乗合馬車を探していた。馬車に乗るのではなく、後について行くことで、道案内をしてもらうためだ。馬車の方でも、ダリオのような着いてくる者がいることで助かる面もある。

 魔獣や獣に襲われにくくなるし、襲われても的が分散することで逃げやすくなる。アンデッドの場合は、的が分散するという点では同じだったが、やつらはこちらの数に無関係に襲いかかってくる。

 お互いに利益があることなので、同行することは歓迎されるのだが、行き先を合わせてくれるようなことはない。チルベス行きの乗合馬車が見つからない、つまりチルベスに行こうとする者がある程度いなければ、馬車が運行されないのだった。

「少年!」

 このたまり場に、新たにやってくる人の動向を窺っていると、後から野太い声をかけられた。背後に皮鎧を着込んだ大柄で頑丈そうな中年の男が立っていた。腰には大きな剣を手挟んでいる。剣士だろう。

「はい、なんでしょうか?」

 剣士がダリオに声をかけてくる理由が分からない。警戒が必要だった。それに、ダリオが警戒する理由は他にもあった。剣士の後にいる小柄、と言ってもダリオよりは大きな人物が気になった。

「その方、チルベスに行くつもりなのか?」

 乗合馬車の御者にかけていた声を聞いていたのだろう。

「はい。そのつもりですが、何か御用ですか?」

 そう言うと、その戦士は厳つい顔をほころばせた。

「それは良かった。見たところ荷馬を連れているようだが、人を乗せることもできるだろう。我々もチルベスに向かうのだが、三人では馬車を出してくれる御者が居なくて難儀していたところだ。金は出すから、乗せていってもらえないか」

 男の後には、ローブを被った二人の人物が立っている。一人は痩せた老人。もう一人はフードを目深に被っているため顔が見えない。ダリオが気にしていた人物だ。ローブのために体の線が分かりにくかったが女性のようだった。

 二人とも、被っているローブは墨染めされた黒色のもので、豪華とは言えなかったが、一目で仕立ての良いものだと分かるものだ。それに、戦士の護衛が付いている。それなりに身分のある者なのは間違いない。

 もしかすると、教会関係者かもしれなかった。接触は避けたかったが、睨まれるのも困る。

「私の馬は、小さいですし見ての通りやせ馬です。チルベスまで丸一日かかると聞いています。とてもお二人を乗せて行くことはできません。それに乗馬鞍も持っていません。一人は荷鞍に乗ることができますが、一人は鞍無しになります。とても無理です」

 地位のある者にごり押しされては困る。断らざるを得ない事情があると告げるのが正解のはずだ。ダリオの言葉を聞いて、戦士が改めてミシュラに目をやる。彼女、馬だが、は、怯えたような目で大人しくしていた。

「確かに、二人乗るのは厳しそうだが、ゆっくりなら何とかなるだろう」

 例えゆっくりでも、ミシュラに二人も背負わせたくない。

「ですが、ゆっくり歩いたのでは、日のある内にたどり付けないでしょう。野宿することになります。チルベスまでの道は、森を貫く道だそうです。森の中での野宿は危険すぎます」

 森の中はアンデッドが多い。戦士は腕が立ちそうだが、一人でどうにかなるとは言わないはずだ。ダリオが、これで諦めてくれるだろうと思ったところで、後に立っていた老人が近寄ってきた。

「少年よ。心配する必要は無い。そこのトレスニカは歴とした騎士だし、儂も、それにこっちも」

 と言って老人はフードで顔を隠している人物を指差した。

「二人とも魔法が使える。野宿になっても少年の安全は保障しよう。乗せていってはもらえまいか」

 普通の平民が魔法を目にする機会は稀だ。司祭など教会の者が、怪我や病気を癒やすために使う神聖魔法くらいだ。そして、魔法は強力だと言われている。

 ダリオは、薬の行商をしているだけの平民の子を装わなければならない。平民の子であれば、魔法など滅多に目にする事はないはず。魔法はただ強力だと信じてはずなのだ。そう装えなければ疑われてしまうかもしれない。

「それなら……安心ですね。でも、道はご存じなのでしょうか。僕は道が分からないので乗合馬車に同行しようと思っていたところなんです」

 乗合馬車を探していたなら、彼らも道は知らないだろう。

「あ~、それなら問題ない。以前にも行ったことがある。道は教えよう」

 老人にそう言われてしまうと、もう残る断り文句は一つしかない。ダリオは、顔が引きつらないように気をつけながら、口を開いた。

「わ、分かりました。でも、乗せるなら一人だけです。二人は乗せられません。見ての通りの痩せ馬ですから」

 そう言うと、トレスニカと呼ばれた戦士、ではなく騎士は、渋い顔をしていた。その騎士の背後に、フードで顔を隠したもう一人が近づく。そして、袖の端を掴んで引くと、騎士の耳元に何やら囁いた。

「ですが、お……」

 何やら提案されたようだが騎士が拒んでいる。声を潜めているので何を話しているのかは聞こえなかった。しばらくすると、話しが終わったのか、フードを被った者が後に下がった。

「致し方ない。乗せるのは一人でよい。三〇デルカなら不満はないだろう?」

 旅程一日の距離を乗合馬車で移動する相場が二〇デルカくらいだ。三〇デルカなら、かなり良い金額を提示されたことになる。断れば不審の目を向けられるかもしれない。道を教えてもらえるのであれば、ダリオにとっても利益はある。警戒を解くことのできない緊張した旅になりそうだった。

「分かりました。僕はダリオ。薬の行商をしています」

 ダリオが名乗ると、また騎士が前に出て言った。

「私はゴラル・トレスニカ。聞いた通り騎士だが、今はこの方の護衛をしている。ゴラルと呼んでくれていい」

 ゴラルは、フードで顔を隠した人物の護衛をしているらしい。その人物、顔を見せず、口も開かないどころか名前を教えもしないところを見ると、かなり身分が高いのかもしれない。

「儂はアナバス。見ての通りの年寄りだ。痩せ馬には酷かもしれんが、乗せてもらうぞ」 老人は、そう言ってにやりと笑った。

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