第109話 危機(ダリオ、サナザーラ視点)
スカラベオから抽出した液体を飲んだショールは、勝ちを確信しているように見えた。戦う場所が
ダリオからは距離があるため、サナザーラがどんな戦いをしているのかは良く分からなかった。ただ、彼女が猛然と攻撃を始めたことは分かった。ショールの後ろに見える騎士ソバリオが絶叫していた。ショールやトノが背後に気を取られれば、ダリオ達三人にとっても絶好の機会と言えた。
ショールの言っていたことからすれば、ソバリオが飲んでいたエリクサーは、ショールが口にしたスカラベオ抽出液と同じものかもしれない。街の人々から奪った生命力を、無限の癒やしとするための薬なのだろう。苦戦を続けているトノがそれを飲む前に、彼を倒したかった。
「
サナザーラがソバリオを追い詰めている。この機会を掴む。その思いは、ゴラルとウェルタも同じだった。彼らも、猛然と打ち込んでいた。
しかし、それはダリオ達三人にとって、ショールやトノとは別の意味で気を取られている状態だった。ダリオの左の視界を、細く赤い何かが突き抜ける。
「棒? いや、槍?」
その一瞬の思考の間、ダリオは動けなかった。赤く塗られ、衛兵が手にしている槍よりも、しっかりとした造りの槍が、誰かの手によって突き込まれていた。狙いは、左側に立ち、トノの攻撃を受けているゴラルだった。それに、誰が見てもダリオ達三人の中で最も強力に見えるだろう。
槍が突き立てられた場所は、ゴラルの左後背、腰の少し上。人間の急所の一つ、負傷すれば激痛で動くこともできなくなる肝臓だった。槍の穂先が到達すれば、大量に出血し、即座に
「ガァ!」
ゴラルの声にならない叫びが響く。左から槍を突き刺したのは、ダリオが見たことのない騎士だった。ダリオは、エストックを右手に持っていた。突くためには、距離が近すぎた。突くなら一度右に下がらなければならない。とにかく、この男を排除することが、何よりも最優先だった。右手を振ってエストックをその男の顔面に叩き付ける。目のあたりに当たった。
「くっ」
それが幸いしたのか、もともと非力だったのか、彼が怯んだ拍子に槍は抜けた。ゴラルが着込んでいる鎖帷子のため、深くは刺さらなかったのかもしれない。すかさず、ゴラルが振り向きざまに剣を振るう。激痛にゴラルの顔は歪んでいた。剣の狙いは正確でなかったのかもしれない。袈裟懸けに振られた剣は、飛び込んできた騎士の肩口を捉えていた。
「ギャー」
甲高い悲鳴とともに鮮血がほとばしる。即死に至る部位ではない。それでも、かなりの出血をしており、治療しなければ死に至る傷に見えた。少なくとも、もう戦うことは不可能なはずだ。
「
それならば、魔法でゴラルの治療をしようと考えた瞬間、激しい衝撃で吹き飛ばされた。直前に、戦っていた騎士の盾が眼前に見えたような気がした。機と見て、シールドで体当たりしてきたのかもしれなかった。
**********
サナザーラが二度目にふったダガーは、ソバリオの腕に阻まれた。ゴラルの叫びに気を取られ攻撃が一瞬遅れた間に、ソバリオが首の上に腕を回していたからだ。手が負傷することを構わない防御だった。
その方法は、サナザーラにとってもなじみのあるものだった。アンデッドの再生力を生かし、相打ち覚悟で斬り合う方法だ。同程度の負傷なら、再生できる方が有利になる。
サナザーラは、それを悟って後ろに飛び退いた。ソバリオのブロードソードが空を切る。手も首も、さらには、股間への打撃による負傷も既に癒えている様子だった。
その攻防は一瞬だったが、彼女が再度打ちかかる前に、ソバリオの後方では状況が一変していた。サナザーラからは何が起こっているのか把握できなかったが、向こう側にいた騎士が、ホール内に突入したことだけは分かった。ショールも素早くホールに出ていた。しかし、ソバリオは通路内から引くつもりはなさそうだ。
「ここは通さぬ。
サナザーラは舌打ちして打ちかかった。ソバリオは、初代教皇が不死王を倒した時に用いた無限の癒やしのようなものを使っていた。しかし、それが本当に無限とは限らない。むしろ有限に違いなかった。
「ならば、無限に切り刻んでくれる!」
ロングソードが自由に振れなくとも、
実際、上下同時に打ちかかる彼女の攻撃は、ソバリオを何度も傷つけた。特に、剣での防御ができない足先は、皮のブーツごと切り裂かれ、鮮血を飛ばしている。突破はできなくとも、彼女の戦い自体は有利に展開していた。
しかし、ソバリオの背後では、ダリオがショールに殴打され、吹き飛んでいた。
「くそっ!」
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