第110話 血戦
吹き飛ばされ、一瞬、ダリオは気が遠くなった。しかし、直ぐさま体を起こし、周囲を確認しながら立ち上がる。
過去、魔獣と戦った時にも、同じように気を失いかけたことがある。その時は、ウルリスに「立て!」と叱責された。戦いの最中、一瞬でも気を失うことは死に直結していたからだ。
見回すと、吹き飛ばされはしたものの、ウェルタはホールの反対側でトノと対峙を続けていた。体勢が入れ替わったのか、ウェルタがダリオの方に背を向けている。ダリオがトノを見た時、彼は余裕ができたのか何かを飲んでいた。ショールがエリクサーと呼んでいた生命力を抽出した液体だろう。
ゴラルはホールの隅で横たわっていた。鎖帷子の上に着込んだサーコートが真っ赤に染まっている。やはり肝臓を損傷していたようだ。早く治療しなければ命にかかわる。サナザーラは、まだ通路内で阻まれていた。
「ゴラル!」
彼女の更に後ろから、惨状を目にしたマナテアの声が響いている。
マナテアの代わりに、ゴラルに駆け寄りたかった。しかし、ダリオは動けなかった。ねじくれた木の杖を手に、彼の目の前にショールが立ちはだかっている。
「不死魔法を用いる
ショールは、ただそれだけを口にした。そして、笑みに顔を歪ませる。ダリオはエストックを構えた。
「エストックか。やってみるが良い。不死王の転生者よ。私が葬り去ってくれる」
そう口にしたショールは、杖を構えることもなくただ立っていた。ダリオの力では、肋骨を砕くことは難しい。肋骨を避けることができれば、心臓を突くこともできるかもしれなかったが、運任せになる。豪奢な法衣を纏っているため、肋骨の位置は分からなかった。
肋骨の下で狙えるのは腎臓だったが大半は肋骨に被われ、狙える部分は小さい。そもそも、ショールも鎖帷子を着込んでいるかもしれなかった。エストックは、その鎖の間隙を突き抜くための武器だったが、ダリオの力でそれができるかは分からない。
狙うべきは、やはり首だった。しかし、ショールもそれは読んでいるはず。彼が杖でエストックを払うよりも速く、彼の首筋を突かなければならなかった。
サナザーラに足の運びを習う時間はなかったが、彼女の動きは記憶にある。それをなぞって足を踏み出すと同時に、左手から魔力を放つ。
「
体をよじり、右手を突き出した。ショールの首にエストックが奔る。彼の顔は
エストックは、ショールが一歩も動かない内に彼の首にめり込んだ。ショールの表情はもはや苦しんでさえいなかった。そして、ダリオが注意していた杖を握る右手ではなく、左手が動いていた。その手が、刃のないエストックの刀身を掴む。その光景には見覚えがあった。
サナザーラと初めて出会った時だ。彼女も喉を突かれ、それを左手で引き抜いていた。ただ、あの時は彼女に蹴り飛ばされた後だった。
今度も攻撃が来る。ダリオは飛び退ろうとした。だが、刀身を握られたエストックは抜けない。仕方なくエストックから手を離した。だが、ダリオの一瞬の判断の遅れで、ショールが振った硬い杖が側頭部を打つ。ダリオは、またもや吹き飛ばされていた。しかも、今回は頭を強打している。
痛みをこらえ、吹き飛ばされた先で顔を上げる。近くでうめき声が聞こえた。突如現れた知らない騎士だった。ゴラルに肩口を切られた男だ。出血のためか、既に顔面は蒼白だった。ダリオは、その男が腰にさしていた剣を抜いた。ショートソードだ。ダリオにも何とか使いこなせる重さだった。ただし、エストックと比べて短すぎた。ショールの上体を狙うことは難しい。
ショールは、首からエストックを引き抜いていた。流れた血の跡が残っている。しかし、傷自体は既にない。まるで、
「これが無限の癒やしだ。初代教皇ゲルナシオ聖下が、かつてのお前を打ち破った力だ。まだ思い出してはおらぬだろうがな」
「何が無限の癒やしだ。街の人の生命力を奪っただけじゃないか!」
ダリオは吐き捨てた。エラの体からもスカラベオが出て行ったはずだ。発病した日時が分からなかったし、エラは
「そこまで把握していたか。不死王の転生者でなくとも……殺す!」
ショールが、ゆっくりと歩み寄ってきた。サナザーラは、
ショールとは、ダリオが戦わなければならなかった。だが、首を突いてもショールは傷みさえ感じている様子はなかった。
『どうする?』
考えている間にも、ショールは杖を振るってくる。その動きは、聖職者のものではなかった。前世は騎士だと言っていた。剣ではなく杖や
「
すぐさま魔法で治療する。動けなくなれば終わりだった。上半身への攻撃は剣で受け、それでも受けきれない衝撃は、痛みに耐えた。
「私を切りつけることもなくぼろぼろではないか。再び転生する覚悟ができたか?」
ショールは、ダリオを撲殺するつもりなのだろう。ダリオが殺されれば、ウェルタも殺され、ここまで出てきてくれたサナザーラでさえ殺されるかもしれない。そうなれば、マナテアも命を奪われることになる。彼女の後ろにわずかに姿の見えたミシュラもだ。
『みんな、僕に巻き込まれた……』
それは、ここにいる仲間だけではなかった。まだ生きていた時のエラに誓ったことを思い出す。
『ごめんなさい。君を助けることはできない。その代わり、この命が尽きるまで白死病とそれを引き起こしている教皇庁と戦います。だから……あなたの
ダリオの命はまだ尽きていない。戦わなければならなかった。
『でも、どうする?』
ショールの飲んだ生命力が、どれだけの人のものかは分からない。しかし、ソバリオやトノが飲んだエリクサーよりも、明らかに多い量だった。無限ではないかもしれないが、剣で切ったとしても、とてもショールの命を絶てるとは思えない。
ダリオの武器は、手にしたショートソードと魔法だ。ショールは不死魔法を知っていても使うことはできないはず。詳しいはずはない。とは言え、ダリオが知っている不死魔法は
『
スサインの言葉が頭をよぎる。不死魔法は、肉体やこの世の現象ではなく、
恐らく、ショールはどんな怪我を負っても再生してしまう。しかし、彼の
『僕が本当に不死王の生まれ変わりならできるはず。ショールの
魔法をかけるなら、できるだけ近くが望ましかった。例え、殴られても、切られても、できるだけ近寄って魔法を放った方がいい。ダリオはショートソードを両手で構えた。擬装だ。剣を握ったまま、左手だけに魔力を込める。ショールの
「覚悟はできた。あなたを倒す!」
ウェルタとサナザーラの剣戟に混じり、マナテアとミシュラの声が聞こえた。ダリオの名前を呼んでいた。彼女たちを殺させはしない。
ダリオの言葉を聞いて、ショールは杖を正面に構えた。迎撃するつもりなのだろう。
ダリオは、サナザーラの動きを真似た。前に出した左足の力を抜き、倒れるようにして姿勢を下げる。そして右足で石の床を蹴った。
ショールとダリオの身長差は大きい。ダリオが振りかぶったところで、ショートソードでは喉にも届かない。ならば剣で狙うのは下からだった。突進と同時に右に剣を引き、左になぎ払う。狙いは足でも胴でもない。邪魔な杖だ。
ショールは両手で杖を掴んでいた。その下側に置かれた左手から、杖をはじき飛ばした。それでも、彼の右手はしっかりと杖を掴んでいる。そのまま片手で振ってきた。しかし、ダリオはふところに潜り込んでいる。片手で殴られても耐えられるはずだった。
頭に、ねじくれた木の杖が迫る。それに構わず、ダリオは剣から離した左手をショールの胸に伸ばす。今のダリオの全力、錬った魔力を放った。
「吹き飛べ!」
魔力を放つと同時に、ダリオ自身も側頭部を殴られて吹き飛んだ。頭を抱え込むようにして転がり、直ぐさま立ち上がった。
ショールを確認する。彼は、木の杖を振り払ったままの姿で、そこに立っていた。動いてはいない。視線も固まっている。
そして、
『吹き飛ばせた?!』
魔法が成功したのか、それとも
今のショールの体には
血が噴き出すことはなかったが、祭服は赤く染まっていた。剣にも血が付いている。
しかし、
「ショール様!」
ウェルタと戦っていたトノの声が響く。サナザーラを抑えていたソバリオは、背を向けていた。
まだ周囲にショールの
手にしている武器はショートソード。鎖帷子を着ている相手に、ダリオの力では、それほど効果を与えられない。剣を逆手に持ち替え、両手で振りかぶる。走る勢いのまま、ソバリオの腰上に叩き付けた。肝臓の位置だ。案の定、鎖帷子にぶつかった金属音と硬い感触が伝わってくる。それでも、打撃の効果があったのかソバリオが身をよじる。その瞬間、サナザーラに首をナイフで切られ、鮮血を飛ばしていた。それでも彼は踏みとどまっている。
強い打撃を与えるには近すぎた。ダリオはソバリオの背に向けて手を伸ばす。
「
魔法を打ち込むと、ソバリオが苦しみに声を上げた。これなら最初から
今度も急いで立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。痛みはなかった。怪我ではなく、疲労で足が動かなかった。上体を起こしただけで剣を構えソバリオを見る。
その体には、もう頭がなかった。サナザーラが切ったのだろう。蹴り飛ばされたのか、近くにも頭が見当たらない。首を巡らすと、サナザーラはロングソードでショールの首も叩き落としていた。そして、そのままウェルタの加勢に向かっている。
『もう、大丈夫だ』
そう思うと全身の力が抜けた。振り向いたトノも、サナザーラに首を切られている。
「ダリオ!」
駆け寄って来たマナテアが、手を差し出してくる。魔法で治療してくれるつもりのようだ。
「ゴラルを」
それ以上、口を開く余力がなかった。疲労は激しかったが、怪我は打ち身だけで大したことがない。それよりも、背後から槍で突かれたゴラルが危険だった。彼は、ウェルタとサナザーラが倒したトノの近くで倒れていた。肯いたマナテアが駆けて行く。
「大丈夫?」
見上げると、涙を浮かべたミシュラがいた。答える元気はなかったが、何とか笑顔を作ってみせた。
「首を切り飛ばせば、それ以上の再生はできぬようじゃ」
サナザーラが、ショールとソバリオの体を検分しに戻って来た。無限の癒やしと言っても、切り離された首が勝手に動くことはできないのだろう。ソバリオとトノの
『勝った』
やっと安堵の息をつく。その時、地下のホールに一陣の風が吹いた。魔法の風だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます