第111話 短剣(アデノール視点)
『ざまあ見やがれ』
あっけなくやられたロストルを見ながら、アデノールは暗い通路で身を伏せていた。しかし、彼が背後から奇襲したことで、状況は大きく変化している。ホールの向こう側に封じ込められていたショール司祭とソバリオがホール内に突入し、トノだけでなく彼らも戦える状況になっていた。それに、マナテアの護衛騎士も倒れた。圧倒的に有利な状況になっている。
ロストルは大金星を挙げたことになる。どこの騎士団でも信賞必罰は絶対だ。出世間違い無しの功績と言えただろう。
「生きていればな」
アデノールは、独りごちてほくそ笑む。
「マナテアの色香に血迷ったか、ウェルタもバカな男だ」
後は、見たことのない子供が倒されればけりが付くだろう。ショールは司祭だが前世は聖騎士だったと聞いている。トノとショールが二人がかりでウェルタを倒せば、
ロストルが使った槍はアデノールのものだ。そして、聖騎士団の原則どおり、一人離れて最悪の状況に備えている。アデノールも、相応の功績を上げていると言えた。しかし、彼女はこの程度で満足してはいなかった。できれば、もっと大きな功績を挙げたかった。かすかな期待を抱き、身を潜めていた。
ただ、その後に生じた状況がアデノールを悩ませた。ショールが子供に倒されたからだ。しかも、何が起こったのか良く分からない。魔法にやられたように見えたが、遠目なこともあり、何とも言えなかった。
ショールが倒され、数的に劣勢となった二人の近衛聖騎士が倒された。聖騎士団の原則に従うのならば、彼女は、逃げてその目で見た状況を報告するべきだった。
それでも、彼女はまだ存在を悟られていない。まだ十分に逃げ出す余裕がありそうだった。息をひそめて粘り、更なる機会を窺っていると、ショールが神敵と認定していたマナテアが、倒された彼女の護衛騎士ゴラルを治療しようと近づいて来た。
ゴラルは、槍で突かれた後に、トノのシールドチャージで吹き飛ばされている。倒れている位置は、教会に繋がる通路に近かった。ゴラルの手前には、横たわったトノの体があり、ウェルタがいた。
アデノールは、ナイフを抜き、逆手に持つと刃先を袖の中に隠した。ナイフの刃がランプの灯りを反射すれば目立ってしまう。丸腰ではなかったが、ナイフ一本では心許ない。倒れているトノの剣は、
他に手にできそうな武器がないか考えていると、ウェルタが立ち上がった。彼の影になっていたトノの体が見えた。腰に近衛聖騎士の徴とされる短剣が見えた。柄と鞘に繊細な装飾が施され、儀礼的な装備にも見える。しかし、教会を出る前、ショールはトノに、いざとなったら使えと言っていた。
「
アデノールが聖騎士団に入った後、
あの短剣が
『ロストルの二の舞を演じるのはご免だ』
アデノールは、マナテアを殺すだけでなく、しっかりと逃げるための手段は講じるつもりでいた。彼女は、ウェルタが十分に離れたことを確認し、静かに身を起こす。背をかがめたまま進み、左手にナイフを持ち、右手に魔力を集中させた。囁くように呪文を唱える。
「我、アデノールが風の精霊に命ず、全てを吹き飛ばせ。
ショールを倒した子供も含め、手強い相手が揃っているはずだった。アデノールは、魔法で倒せるとは考えていなかった。風の初級魔法を素早く放つ。
地下通路には、長い年月が埃を積もらせている。それを舞い上がらせれば、視界を遮ることができる。
トノの体の手前、降り積もった埃に風をぶつけ、舞い上げた。トノの腰に下げられた短剣がはっきりと見える。右手で柄を握って引き抜くと、刀身は、わずかに青みがかった透明だった。
『まさか、ガラス?』
驚いたが、考え直している時間はなかった。突然の風に、目を瞑っているマナテアの脇腹に、その短剣を突き刺した。
「あぁ!」
マナテアの悲鳴とともに、アデノールの手に奇妙な感触が返ってくる。普通、ナイフで肉をさせば確かな抵抗がある。しかし、その短剣を突き差した手応えは、まるで泥にナイフを突き立てたようだった。
短剣を引き抜こうとすると、その違和感は更に高まる。何の抵抗もなかった。短剣を見て、目を見張る。刃が折れていた。
「なんだこりゃ?!」
本当にガラスでできた儀礼刀だったのかもしれない。マナテアを十分に傷つけることができたのか分からない。慌てて、左手に持ったナイフを突き立てる。今度は、確かな感触があった。
「マナテア!」
異常に気がついた少年が声を上げている。もう、一刻の猶予もならなかった。アデノールは、全力で元来た地下通路に駆け込んだ。
その時、魔法を唱える少年の声が聞こえた。全身に感じたことのない激痛が走る。
「ガハッ」
筋肉がこわばり呼吸が止まる。足がもつれて倒れた。
「俺が追う」
後ろからウェルタの声が聞こえてくる。突然訪れた痛みは、何故か急速に消えた。急いで立ち上がると、今度は背中に焼け火箸を押しつけられたような熱を感じた。記憶にある痛みだった。投げられたナイフが刺さったのだろう。アデノールは、痛みに構わず走り出した。
『ちくしょう。あんな短剣を当てしなければ良かった』
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