第112話 復活の呪文と不死軍団

 安堵の息を吐いていたダリオは、突然の魔力を含んだ風に視線を上げた。埃が巻き上げられ視界が効かない。それでも、素早く動いているスフィアが見えた。スフィアだけでは、誰なのか確信を持って判断できなかったが、仲間の誰かではないように思えた。

「あぁ!」

 マナテアの悲鳴が響く。動いていたスフィアは、別の強いスフィアの近くに来ていた。

「マナテア!」

 思わず叫んだ。ゴラルの時と同じだった。またもや油断が危機を招いていた。ただ、襲撃者のスフィアは、もうマナテアから離れ、逃げようとしていた。

幻痛ファントム

 視界が利かなくとも、幻痛ファントムをかけるべきスフィアは、はっきりと見えた。

「ガハッ」

 幻痛ファントムの激痛に襲撃者が声を上げた。

「俺が追う」

 ウェルタの声が響くとともに、回復しはじめた視界の中で、サナザーラが何かを投げていた。ナイフだろう。襲撃者のことはウェルタに任せ、マナテアに駆け寄る。彼女が治療していたゴラルの胸に、頭を付けるようにして倒れていた。左の胸から脇腹にかけ、墨染めの喪服がどす黒く染まっている。かなりの出血だ。

 ただ、マナテア自身が治癒ヒールをかけていた。これなら助かるはずだ。

「僕が治癒ヒールをかけます」

 治癒ヒールは、魔法をかける相手が魔力を受け入れてくれないと効果がない。二人同時に治癒ヒールをかけると、大抵はどちらかが弾かれてしまう。当然、自身で治癒ヒールをかけていれば、他人の魔力は弾かれる。魔法抵抗力を上回る治癒ヒールをかければ良いはずだが、効果は低くなってしまう。

「我、ダリオが祈り奉り、奇跡を招来す。治癒ヒール

 マナテアが魔法を止め、苦しげに呟いた。

「効かないの……」

 意味は、すぐに分かった。治癒ヒールの効果が現れなかった。いや、正確に言えば、効果は現れているものの、魔法で与える生命力が吸収されている感じだった。事実、傷はふさがりかけ、出血は止まっていた。

 ミーナを治療した時に似ていたが、生命力を吸収される早さが段違いだった。ダリオが、必死に魔力を注いでも間に合わない。

「お嬢様……どうなっている?」

 マナテアが治療したおかげで、ゴラルは意識を取り戻したようだ。彼女の体を支えながら、身を起こして尋ねられた。だが、ダリオは答えを持っていない。ただ首を振り、魔力を注ぐ。

魔術師メイジ殺しかもしれぬ」

魔術師メイジ殺し?」

 サナザーラが、ダリオの背後に来ていた。

「奴らが、死霊術師ネクロマンサーを殺すために使っている武器だ。魔法による治癒を妨害すると聞いている」

「どうしたらいいの?」

「妾には分からぬ。スサインに聞け」

「無理だよ。あそこまで保たせられない!」

 マナテアの生命力は、急速に失われていた。もう顔面も蒼白だった。ダリオが治癒ヒールをかけなければ、あっという間に絶命するだろう。ウェルタも神聖魔法を使うことができたが、襲撃犯を追ってしまったし、彼の魔法では大した足しにならない。

「僕が運ぶ?」

 ミシュラも不安そうな顔でのぞき込んでくる。確かにミシュラに運んでもらえば、移動は速くなる。ただ、ミシュラに運んでもらうとしても、治癒ヒールをかけながら移動しなければならない。ダリオの魔力も持ちそうになかった。ショールとの戦いですっかり消耗していたからだ。それに、ミシュラは地下にも入れない。

「とにかく遺跡ルーインズに移動しよう。ミシュラ、お願い」

 ミシュラも変身を繰り返すことになる。苦しいはずだ。それでも、今は頼むしかなかった。ロバに変身してきたミシュラの背にマナテアを乗せる。もう意識が遠のきかけているようだった。マナテアの体が落ちないように支えながら、治癒ヒールをかけ続けた。

「ダリ……オ、あり……が……」

 この状況で言われる礼は、不吉すぎた。

「しゃべらないで!」

 少しでも体力を使わせたくなかった。それ以上に、不吉なことを口にして欲しくなかった。握っていた彼女の手から力が抜ける。

 遺跡ルーインズに向けて急いでいたが、やはり魔力が足りなかった。ダリオが必死で治癒ヒールを続けても、魔力切れで途切れる。ついには、スフィアが浮き始めた。

スフィアだけでも支える!』

 確かめる余裕はなかったが、もうマナテアの心臓も止まっているかもしれない。それでも希望は捨てなかった。スフィアさえ確保できていれば、アンデッドにすることなく復活リザレクションの魔法を使えるかもしれない。ミーナの治療をした時に考えたことが間違いなければ、できるはずだった。ただそれも、スサインに聞くしかない。

 遺跡ルーインズの礼拝堂に到着し、祭壇の裏にマナテアの体を降ろしてもらう。

「鼓動が!」

 体を支えたゴラルが気付いた。

スフィアは、ここに、僕が支えています」

 ゴラルには見えない。それでも、マナテアもスフィアを見ることができた。そのことは、ゴラルも知っている。

「大丈夫なのか? どうするつもりだ?」

 少なくとも、彼には説明しておいた方が良かった。

復活リザレクションの魔法が使えるかもしれません」

「お嬢様をアンデッドにするつもりか?!」

 ゴラルが気色ばむ。予想した通りだ。ダリオは、首を振って答える。

「違います。アンデッドにするのではなく、生きた人として復活させるんです。できるはずです!」

「本当に、そんなことができるのか?!」

 声を荒げるゴラルに、ダリオもできる限りの声を張り上げる。

「まだ教会の言うことを信じるんですか?! 聖転生レアンカルナシオン教会は、ずっと嘘を吐いてきました。白死病の犯人だって教皇庁だった。それに、マナテアを殺そうとしていた。それでも教会を信じるんですか?」

 ゴラルは、口を引き結んで押し黙った。

「不死王カスケードにはできた」

 唐突に言ったのはサナザーラだ。ゴラルが驚いた顔で見つめる。

「何を驚く? 不死の軍団を率いる不死王じゃぞ」

「やはり、そう言う意味だったんですね」

 失敗ではない復活リザレクションができるかもしれないと思ってから、その可能性を考えていた。やはりそうだったのだ。恐らく、倒したはずの配下が以後も戦ったのだろう。

「じゃが、今のダリオにできるとは限らぬ」

 厳しい目で見つめられる。それは、ダリオも分かっていた。

「僕にもできるかどうか分かりません。だから、スサインに聞いてきます」

 そう告げてから、尋ねる。

「マナテアのスフィアを掲げていれば、通れますか?」

 ダリオのスフィアを掲げずに、宝玉オーブのある部屋まで行けるのかわからなかった。

「分からぬ」

 この地下通路を最後まで通り抜けることは大変だ。マナテアのスフィアとダリオ自身のスフィア、二つを掲げたまま通るとしたら、尚更だろう。それでも、やらなければならなかった。幸い、スフィアを掲げるだけなら魔力はそれほど必要としない。精神を集中させ続けることが難しいだけだ。

 右手でマナテアのスフィアを掲げながら、左手で自分のスフィアを掲げてみる。スサインに言われてから、スフィアと神聖魔法を同時に行使する練習をしたことが役立っていたようだ。さほど苦労することなく、二つのスフィアを掲げることができた。

「祭壇の裏、アンクの下の扉を開けて下さい」

 ゴラルに頼むと、彼は不安な顔をしたまま開けてくれた。

「サナザーラは、マナテアの体をお願いします。それとランプを」

 地下に大量にいるアンデッドのスフィアを見れば、道は分かる。それでも、できれば灯りが欲しかった。

「妾がか?」

 当然、付いてきてくれると思っていたが、サナザーラが驚いた顔をしていた。

「他の人は入れません。ザーラにお願いするしかないじゃないですか」

 そう言うと、彼女はしぶしぶと言った呈で、ランプを手に下げ、両手でマナテアの体を抱え上げた。どうも、着いてくることよりも、マナテアの体を運ぶことに抵抗がある様子だった。しかし、そんなことに構っていられない。

「ここで待っていて下さい」

 ゴラルとミシュラに告げて宝玉オーブのある間に続く通路に入った。サナザーラがランプを持ってくれたので、小走りに走った。途中で振り返って見た。マナテアを抱えていても、サナザーラには余裕があった。もう三回目なので、偽りのスフィアを持ったスケルトンを避けながらでも、苦労することなく宝玉オーブの間に到着した。

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