第113話 意外な言葉

 宝玉オーブを目の前にして、ダリオは自分のスフィアを胸に戻した。

「スサイン」

 宝玉オーブの中にスフィアが揺らめく。

「ダリオにサナザーラ、それに……」

「マナテアです」

「何があった?」

 ダリオは、マナテアの異端審問を防ぐため、ショールを倒したこと、そして見たことのない襲撃者に、マナテアが攻撃されたことを告げた。

魔術師メイジ殺しが使われたようじゃ」

 サナザーラが言い添えると、スサインは『そうか』とだけ答えた。

「マナテアを生き返らせたいんだ!」

 ダリオは、スサインのあまりにもあっさりした返答に焦った。

スフィアの保持と神聖魔法の行使を同時に行えるようになったか?」

 やはり、同時行使が鍵なのだろう。スサインに言われてから訓練をしてきたとはいえ、スサインの言いように不安が募った。。

「できるようになったよ!」

 実際とはほど遠い答えを返す。現在のダリオは、かろうじてできるに過ぎない。

「完全にか?」

「か、完全とは言えないけど……スフィアを保持したままでも、治癒ヒールをかけられます。それによって、死にかけている人も助けました」

「完全に使いこなせねば、復活リザレクションは失敗し、対象はアンデッドと化す。偽りのスフィアも持たず、野山で自然発生するアンデッドと同じものだ。スフィアは天に昇り、転生することになる」

 ダリオは唇を噛んだ。

「でも、マナテアを助けたい! そのためにショールを倒したし、エラだって……」

 言葉が続かなかった。掲げているマナテアのスフィアの中に、ワイン蔵で見た涙顔が浮かぶ。笑って欲しかった。優しく微笑んで欲しかった。自分の無力さに涙がこぼれる。

「手はあるのであろう?」

 不意にサナザーラの声が響いた。

「不可能だと言わぬ以上、手はあるのであろう?」

 ダリオは、顔を上げて彼女を見た。意外なことに、サナザーラがスサインを説得しようとしてくれていた。

「ない訳ではない。しかし問題もある。何故なにゆえだ?」

 スサインの問いかけは、サナザーラに向けたものだった。ダリオの後押しをする理由を尋ねていた。

「イースがいる。このような機会は、二度と訪れないかもしれぬ。今、この生が機じゃろう。アウルの転生を待つよりも復活リザレクションさせた方が良い」

「イース? アウル?」

 復活リザレクションさせると言っているのだから、アウルはマナテアのことだ。彼女は、吟遊詩に歌われる元素の魔女オーラの転生者のはずだ。サナザーラの名前が間違って伝わっていたように、元素の魔女も本当はアウルという名前なのかもしれない。

 そうだとしたら、イースは狂戦士イーシュのことに違いない。狂戦士イーシュは、女性で魔法を使わない戦士だということだった。

『まさか、ミシュラ?』

 他には思い当たらないが、ミシュラと狂戦士では違和感がありすぎた。

 サナザーラの言葉に、スサインはなかなか答えない。悩んでいるのかもしれなかった。

「マナテアを復活リザレクションさせる方法があるなら教えて下さい。何でもします!」

「……真にか?」

 スサインの問いは静かなものだった。しかし、妥協を許さない厳しさを感じる。それでも、答えは変わらない。

「絶対にやります!」

「……良かろう。だが、そう身構えるな」

 ダリオは、空いている片手を握りしめ、全身に力を入れていた。

「無茶な要求はせぬ。しかし、その方にとっては苦しいことかもしれぬ」

 そう言ったスサインは、復活リザレクションの方法を教える代わりに、ダリオに一つだけ要求した。

「今後、覚醒の時を迎えるまでは自重し、教皇庁、聖転生レアンカルナシオン教会を追ってはならぬ。これを誓い、守れるか?」

 何度も言われてきたことだ、スサインだけでなく、ウルリスの言葉でもあった。サナザーラにも言われたような気がする。

 確かに難しくはない。何もしなければいい。しかし、今までの自分の行いを省みると、この約束をしてしまえば、辛い想いをしなければならないだろう。

 それでも答えは変えられなかった。

「誓います。覚醒の時を迎えるまでは自重し、教皇庁や聖転生レアンカルナシオン教会の謎を追うことはしません」

 宝玉オーブの中で、スサインのスフィアがゆらめいた。

「良かろう。必ず自重せよ。その娘を復活リザレクションさせる方法を教えよう。ただし、こちらは難しい。時間もかかる。それに……以後の助言はできなくなる」

「どういうことですか?」

 ダリオの問いに、スサインは「順を追って話そう」と言って、マナテアを復活リザレクションさせる方法を教えてくれた。

「まず、今のその方では復活リザレクションの魔法を行使することは不可能だ。故に時間を稼ぐ。覚醒し、復活リザレクションの魔法が可能となる時まで、その娘のスフィアと肉体を保存するのだ」

「保存する?」

「そうだ。その方は、この場まで自分のスフィアとその娘のスフィアを保持したままやって来た。その娘のスフィアを保持したまま、偽りのスフィアを作り出すことも可能なはず。偽りのスフィアを作り出し、それを肉体に定着させる」

「それはつまり……」

「肉体をアンデッドにするということだ。だが、その方が復活リザレクションを行使できるようになるまでの一時的な措置に過ぎぬ。偽りのスフィアを持つアンデッドとし、この大聖堂カテドラルの中に居れば、常に負の力が供給される。偽りのスフィアが尽きることはなく、肉体は保存される。何かをさせることもできるが、この場所に置いておくことが最良であろう。最も安全だからな」

 確かに、理屈としては理解できた。ただ、ダリオにも抵抗はある。ゴラルは尚更だろう。それでも、やるしかない。

「問題はスフィアだ。誰であれスフィアを永久に保持し続けることはできない。だが、スフィアを封じ込めることが可能な一部の物体が存在する」

 そう言われて気がついた。

「もしかして、その玉に?」

「そう。この宝玉オーブスフィアを保持することができる。我が長年の研究で作り上げたものだ。今は、別の場所にいる我のスフィアを映している状態だが、我が去れば、この物体にスフィアを定着させることができるはずだ。この大聖堂カテドラルは、負の力に満ちているため、宝玉オーブスフィアを入れてしまえば、もう天に向かって浮き上がることはない。その代わり、我はこの宝玉オーブスフィアを映すことができなくなる」

「妾はどうすれば良い?」

 問いかけたのはサナザーラだ。マナテアのスフィア宝玉オーブに入れてしまえば、サナザーラはスサインと話すことができなくなる。

「パイマールかクルスに別の宝玉オーブを準備させることになろう。もしできぬ場合は、他の方法を考える。運ぶのは、ダリオにやってもらうしかないだろうな」

「どこかから、ここに持ってくればいいんですね」

「やってくれるか?」

 時間はかかるが、この方法なら、マナテアを生き返らせることができるという。当然、そのくらいはやらなければならないだろう。多少遠かったとしても、薬の行商をしながら旅をすればいいだけだ。今までと変わらない。

「分かりました。やります」

「その方が行くなら、パイマールよりもクルスが良かろう。場所は後でサナザーラに聞くが良い」

 ダリオが肯くと、スサインから「では、始めよ」と告げられた。

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