第114話 待っていて

 スサインと話してからは、毎日欠かさず幻痛ファントムの練習をしていた。だから、偽りのスフィアを作り出すことはできるようになっている。ただ、スフィアを保持しながら、同時に作り出したことはなかった。

 右手と左手で、意識を二つに分けるような感覚だったが、何とかできた。スフィアの保持をしながら神聖魔法を使う鍛錬をしていたことも効いていたのかもしれなかった。。

 ただ、出来上がったそれをマナテアの体に入れることは躊躇われた。マナテアの体は、サナザーラが床に横たえている。両手を胸の前で合わせた姿は、顔が青白くなっていても美しかった。

『でも、笑みを浮かべることはない』

 マナテアに、再びあの優しい笑顔を取り戻させるには、今はアンデッドとしなければならなかった。傍らに跪いたダリオは、覚悟を決めて呪文を唱える。

「我、ダリオが偽りの魂を与える! 目覚めよ。マナテアの体よ!」

 保持していた偽りのスフィアを、胸のあたりに押しつける。それは驚くほど簡単に胸の中に収まった。この場が、負の力を集めアンデッドに供給するように作られているからかもしれない。

 マナテアのまぶたがゆっくりと開く。ただ、アンデッドとなったマナテアの体は、美しくはあっても生前の優しさは、欠片も残っていない。深い水底を宿したかのような碧い双眸は、まっすぐ前を見つめたまま、何も見てはいなかった。

「我、ダリオが命じる。再び呼びかける時まで眠りにつけ」

「うまく行ったようだな」

 スサインの声を聞いて立ち上がる。後は、保持したままのマナテアのスフィアを、宝玉オーブに移せば完了だった。ただ、そうすることでスサインとは話せなくなる。

「スサイン。ありがとう」

 彼と話した機会は少ない。それでも、彼には貴重な助言をいくつももらっていた。ショールを倒せたのも、マナテアを復活リザレクションさせられそうなのも、彼のおかげだった。

「その方が覚醒すれば、復活リザレクションを行うことができよう。だが、もっと早く可能になるかもしれない」

「え?」

 そんな可能性があるとは考えていなかった。覚醒を待つしかないと思っていた。

「ショールという名の司祭を倒した魔法はデスだ。覚醒することなくデスを使うことができるのなら、鍛錬次第では覚醒前でも復活リザレクションが使えるかもしれない。忠告したように、スフィアと神聖魔法を同時に扱うことが復活リザレクションの鍵だ。これからも精進するが良い。ただし、決して教皇庁や聖転生レアンカルナシオン教会に悟られてはならない」

「分かりました」

 スサインに肯いて答える。

「クルスの所で待っている。宝玉オーブは、スフィアを保持するように作られている。我が去った後でスフィアを導くことで、容易に定着するはずだ」

「はい」

 クルスという人の所にも、スサインはスフィアを映すことができるのだろう。

「では行く。サナザーラ、後は頼むぞ。いずれまた」

 そう告げると、宝玉オーブの中に浮かんでいたスフィアが、ゆっくりと消えて行った。完全に消えたことを確認して、マナテアのスフィア宝玉オーブに添える。

 押しつけるような必要もなく、まるで掲げたスフィアが胸の中に自然と戻って行くようにスフィアが吸い込まれていった。スサインの映しただけの弱々しいスフィアと違い、マナテアの強いスフィアが輝いていた。

「終わったか?」

 サナザーラの鈴の声が、妙に優しく響いた。

「終わった……ありがとう。ザーラ」

 彼女が後押ししてくれたからだ。

「妾は、縦横に剣を振る機会が欲しいだけじゃ。アウルがおれば、雑魚は吹き飛ばしてくれよう。さすれば、強敵と剣を交えることができる」

 彼女の口調は、いつもと変わらないものだ。それでも、何となく照れ隠しなのだと分かった。彼女がランプを手に歩き出す。ダリオは、スフィアを掲げて後ろに続いた。部屋の出口で振り返る。宝玉オーブの中に輝くマナテアのスフィアに、しばしの別れを告げた。

『なるべく早く来るよ。それまで待っていて』

 そして、足早にサナザーラを追いかけた。横たわったままのマナテアの体には、敢えて目を向けなかった。辛くなるだけだ。サナザーラは、長い足で大股に歩いていた。後ろから問いかける。

「オーラと呼ばれている元素の魔女がマナテアで、昔はアウルと言ったんだね?」

「そうじゃ。あの気に入らぬ目を一目見て分かったわ」

 サナザーラは、なぜかマナテアに当たりが強かった。マナテアがアウルと名乗っていた頃、あまり仲が良くなかったのかもしれない。

「イースというのはミシュラのことなの?」

「アタル族じゃからな」

 まるで、当たり前のことを答えているようだった。

「吟遊詩で、狂戦士イーシュと呼ばれている人だよね?」

「狂戦士か……なるほどな」

 サナザーラは、狂戦士と呼ばれていることを知らなかったのかもしれない。だが、同時に納得できることでもあるらしい。詳しく聞きたかったが、礼拝堂への出口が近くなった。ミシュラのことよりも、ゴラルにことの次第を話すことを考えて気が重くなった。

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