第114話 待っていて
スサインと話してからは、毎日欠かさず
右手と左手で、意識を二つに分けるような感覚だったが、何とかできた。
ただ、出来上がったそれをマナテアの体に入れることは躊躇われた。マナテアの体は、サナザーラが床に横たえている。両手を胸の前で合わせた姿は、顔が青白くなっていても美しかった。
『でも、笑みを浮かべることはない』
マナテアに、再びあの優しい笑顔を取り戻させるには、今はアンデッドとしなければならなかった。傍らに跪いたダリオは、覚悟を決めて呪文を唱える。
「我、ダリオが偽りの魂を与える! 目覚めよ。マナテアの体よ!」
保持していた偽りの
マナテアのまぶたがゆっくりと開く。ただ、アンデッドとなったマナテアの体は、美しくはあっても生前の優しさは、欠片も残っていない。深い水底を宿したかのような碧い双眸は、まっすぐ前を見つめたまま、何も見てはいなかった。
「我、ダリオが命じる。再び呼びかける時まで眠りにつけ」
「うまく行ったようだな」
スサインの声を聞いて立ち上がる。後は、保持したままのマナテアの
「スサイン。ありがとう」
彼と話した機会は少ない。それでも、彼には貴重な助言をいくつももらっていた。ショールを倒せたのも、マナテアを
「その方が覚醒すれば、
「え?」
そんな可能性があるとは考えていなかった。覚醒を待つしかないと思っていた。
「ショールという名の司祭を倒した魔法は
「分かりました」
スサインに肯いて答える。
「クルスの所で待っている。
「はい」
クルスという人の所にも、スサインは
「では行く。サナザーラ、後は頼むぞ。いずれまた」
そう告げると、
押しつけるような必要もなく、まるで掲げた
「終わったか?」
サナザーラの鈴の声が、妙に優しく響いた。
「終わった……ありがとう。ザーラ」
彼女が後押ししてくれたからだ。
「妾は、縦横に剣を振る機会が欲しいだけじゃ。アウルがおれば、雑魚は吹き飛ばしてくれよう。さすれば、強敵と剣を交えることができる」
彼女の口調は、いつもと変わらないものだ。それでも、何となく照れ隠しなのだと分かった。彼女がランプを手に歩き出す。ダリオは、
『なるべく早く来るよ。それまで待っていて』
そして、足早にサナザーラを追いかけた。横たわったままのマナテアの体には、敢えて目を向けなかった。辛くなるだけだ。サナザーラは、長い足で大股に歩いていた。後ろから問いかける。
「オーラと呼ばれている元素の魔女がマナテアで、昔はアウルと言ったんだね?」
「そうじゃ。あの気に入らぬ目を一目見て分かったわ」
サナザーラは、なぜかマナテアに当たりが強かった。マナテアがアウルと名乗っていた頃、あまり仲が良くなかったのかもしれない。
「イースというのはミシュラのことなの?」
「アタル族じゃからな」
まるで、当たり前のことを答えているようだった。
「吟遊詩で、狂戦士イーシュと呼ばれている人だよね?」
「狂戦士か……なるほどな」
サナザーラは、狂戦士と呼ばれていることを知らなかったのかもしれない。だが、同時に納得できることでもあるらしい。詳しく聞きたかったが、礼拝堂への出口が近くなった。ミシュラのことよりも、ゴラルにことの次第を話すことを考えて気が重くなった。
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