第21話 ヌルサ(ゴラル視点)
ゴラルは腹立たしかった。アナバスは冗談のつもりで不死魔法などと言い出したのかもしれない。しかし、マナテアには不死魔法に関係する秘密があった。それは、彼女とゴラルしか知らないものだ。
マナテアの弟、ヌルサ・オジュールは三年前に亡くなっている。当時、マナテアは十二歳、ヌルサは十歳だった。もし彼が生きていれば、ダリオくらいになっているはずだ。その事実も、ゴラルにとっては不安の材料だった。マナテアが、ダリオを見てヌルサを思い出すのではないか、またあの時のように暴走するのではないかと不安だった。
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ゴラルは、人気の少なくなった館の廊下を歩いていた。オルトロ領主テマーク・オジュールの館は、普段であれば、多くの使用人が立ち働いている。今も、階下では忙しく動き回っている者が多い。館の中でも、この一角だけが、人気がなくなっているのだ。その理由は、ゴラルが向かっている部屋にあった。
ゴラルの年齢は30台後半。肉体的には衰えを感じ始めていたものの、騎士としての経験は豊富だ。オルトロ領の貧乏貴族の出で、功績を挙げ、騎士団でも中核と言える立場になっている。
ゴラルは、早くに授かった長男とトレスニカ家を、マナテアに救ってもらっている。昨年、騎士となっていたゴラルの長男は、オルトロで発生した白死病の封鎖措置中に罹患した。マナテアが治療してくれたおかげで、命を取り留めたのだ。
トレスニカ家の男子はその長男だけだったので、ゴラルは彼に家督を譲るつもりでいた。一般に白死病からの生還は、慶事であると同時に、今後の白死病に対しても強い者である証明となる。生還を機に、彼は家督を長男に譲り、マナテアの護衛に志願して就いていた。
ゴラルはドアの前に立ち、ノックをして押し開けた。返事が返ってこないことは分かっている。部屋の主は、もう二日も意識不明でベッドの上だ。そして、その傍らで、膝を着いているゴラルの主マナテアは、一心不乱に神聖魔法をかけ続けていた。
ゴラルは、ベッドの横に置かれたテーブルに、厨房から運んできた食事を置いた。
「お嬢様。お食事をお持ちしました。食べて下さい。食べなければ、治療を続けることもできませんよ」
こうでも言わないと、マナテアが治療を止めないことは分かっている。魔力が尽きるまで続けてしまうのだ。
マナテアが魔法を止め、ふらふらと立ち上がる。よろけそうになったところを、後ろから支えた。そのまま椅子に座らせる。
マナテアはまだ12歳だ。通常16歳頃に訪れる覚醒もしていない。それでも、なまじな魔法の使い手よりも自在に魔法を行使する。覚醒すれば、より高い能力を持つことが確実視されていた。
美貌で名高いオルトロ領主婦人イーデル・オジュールに似て、マナテアは整った顔立ちをしていた。真っ直ぐな鼻梁に碧い双眸を宿した切れ長の目、長く伸びたまつげ。そして、それらを包む濡羽の黒髪。
「ご自分で食べられますか?」
憔悴し、スプーンを握ることもおぼつかない。そんな状態での食事の補助は、本来なら侍女の仕事だ。護衛である無骨なゴラルが行うことではない。しかし、使用人は、この部屋に近寄らなかった。部屋の主、マナテアの弟、ヌルサ・オジュールが白死病を発病したことから、誰もが感染することを恐れていた。
「大丈夫です」
力なく言い、マナテアはシチューにパンを浸したパン粥を口にした。貴族が食べるような食事ではないが、簡単に食べられ、消化の良いものとして作ってもらった。
「ゴラルも、下がって良いのですよ」
「お嬢様がいる限り、私はここにおります。お嬢様のおかげで、家督を譲ることもできましたので」
ゴラルは、わずか12歳の彼女に大恩を感じていた。彼女は、トレスニカ家を守ってくれたのだ。
食事が終わると、彼女はまた治療に戻ろうとした。ゴラルは彼女の腕を支えてやる。
何度も休むように伝えたが無駄だった。彼女も、弟ヌルサがもう限界に近いことが分かっている。砂糖を溶かし果汁を加えた水だけは口に含ませているものの、三日も意識がないため、他には何も口にしていない。とうに体力は限界を超えている。限界を超えた体を生かしているのは、マナテアの魔法だった。
それでも、もう終わりの時は近いと思われた。白死病から生還することはほとんどない。特効薬はなく、唯一神聖魔法だけが抗う手段だとされている。発病してから七日が経過したヌルサは、もう髪も顔も真っ白だった。微かに動く胸だけが、まだ呼吸していることを示し、彼の生存を証明していた。
仲の良い姉弟だった。ヌルサは二歳年下の十歳。長兄の次期領主が覚醒済で、既に領地の仕事をしていることもあり、目覚めてから眠りに付くまで、ヌルサは常にマナテアの後を追いかけていた。彼女も、そんなヌルサをかわいがっていた。
そんな中で、オルトロに二年続けて白死病が発生し、彼が病に倒れた。マナテアは、自身が白死病に感染することも恐れず、治療に当たっている。魔法を使えないゴラルには、彼女の手助けをしてやることしかできなかった。
神聖魔法で治療を続ける彼女を、背後から見守る。そのマナテアが、ヌルサが横たわるベッドにくずおれた。魔力が尽きかけているのだ。
「お嬢様!」
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