第22話 復活(リザレクション)(ゴラル視点)

 ゴラルは慌てて駆け寄った。マナテアが、かすかに目を開ける。まだ意識はあるようだ。

「飲むものをお持ちしますか?」

 ゴラルが問いかけると首を振った。

「続けなければ……」

 しかし、どうみても彼女は限界だった。ゴラルは、どうすべきか考えながら真っ白になったヌルサを見る。そこには、生気の欠片もなく、胸も動いてはいなかった。慌てて口元に手をかざしてみる。その意味を悟って、マナテアが息を飲んだ。

「ヌルサ様の息が!」

 ゴラルが言うと、彼の腕を払いのけるようにして、マナテアが掌をかざす。

「ヌルサ、ヌルサ!」

 呼吸が止まっていることを知り、彼女はヌルサの肩を揺さぶった。

 ゴラルにできることは何もない。彼女が諦めることを待つしかなかった。

 だから、彼女が再び手をかざし、魔法をかけようとしても止めはしなかった。もう無駄と分かっていても、治癒ヒールをかけるのだろう。

「我、マナテアが祈りを捧げ、ヌルサの復活を請う。リザレク……」

 ゴラルは、慌ててマナテアに飛びかかり、大きな手で彼女の口を押さえる。彼女が唱えかけた魔法は、治癒ヒールではなかった。呪文を最後まで唱えさせてはならない。

「いけません、お嬢様。復活リザレクションの魔法は禁忌です。不死魔法です!」

 死者の復活を願うことは禁忌とされている。復活リザレクションは不死魔法の一つであり、死者をアンデッドと化す呪文だと言われていた。

 ゴラルが口を押さえても、マナテアは暴れていた。12歳の少女、しかも華奢で肉体労働などしたこともないマナテアは、ゴラルの力にあらがうことなどできるはずもない。それでも諦められないのか、手足をばたつかせていた。

「なりません。復活リザレクションの魔法は、それを唱えようとするだけで、神の祝福を失い、魔法を扱う力を失うと言われているではありませんか。祝福されし者ギフテッドのお嬢様とは言え、魔法が使えなくなるかもしれないのですよ」

 やっとマナテアが暴れることを止めた。ゴラルは、マナテアの手を掴んだまま、口を被っていた手を離す。

「私の魔法などどうでも良いのです、ヌルサが生き返りさえすれば!」

「ダメです。お嬢様。生き返りを願うこと自体が禁忌ではないですか」

「リザレクション!」

 マナテアが、空いている方の手をかざして呪文を唱えた。ゴラルは、再び口を被うようにして押さえる。

 マナテアは、自分がどうなろうとも構わないと考えているのだろう。そんな状態の彼女を説得することは難しい。しかし、自分以外の誰かを巻き込んでも良いと考えるような少女でない。自分の息子を助けてもらったゴラルには、それが良く分かっていた。

「禁忌を犯せば、異端として処刑されます。お嬢様だけでなく、この場にいる私も、お父様やお母様も、それにたとえ生き返ったとしても、ヌルサ様も処刑されます。おやめ下さい!」

 ゴラルが叫ぶと、やっとマナテアは静かになった。恐る恐る、手を離す。

 彼女は床の上にくずおれた。慟哭が部屋に響き渡る。

 部屋の中に、他の使用人がいなかったことは幸運だった。ゴラルさえ口をつぐめば、彼女が禁忌を犯したことを密告する者はいない。

 ゴラルは、もう一つの懸念を確認するため、ベッドに横たわるヌルサを、いやヌルサだったものを確認する。マナテアの魔法で、アンデッドと化してしまったかもしれないと思いながら、観察し、呼吸や脈、体温を確かめる。まだ体は温かかったが、徐々に冷たくなってきた。それでも、動き出す気配はない。

「アンデッドになってはいないようです」

 泣き続けるマナテアに告げる。それもそのはずだ。禁忌とされる不死魔法に関する情報はない。マナテアが唱えた呪文も、彼女が適当に口走ったものに違いなかった。

「アンデッドでも……アンデッドでも良かった。いっしょに居て欲しかったのに……」

 その言葉だけでも、異端とされるには十分過ぎるものだった。それでも、もうゴラルも彼女を制する気にはなれなかった。一時の混乱から落ち着き、マナテアが状況を理解できていることは分かっている。

「お嬢様、今だけは結構です。このゴラルは誰にも話しません。復活の魔法を唱えない限り、何を口にされても構いません。ですが、今だけにして下さい」

 マナテアは、ただ首を振り、口を開かなかった。ただただ泣き続けた。


     **********


 ヌルサが天に昇ったあの日から、三年の月日が経っていた。1年とされる服喪の期間が過ぎても、マナテアは喪服を脱がなかった。十五歳の今でも、喪服だけを着続けている。そのせいもあって黒い聖女などと呼ぶ者もいる。

 そして、何故か祝福されし者ギフテッドの能力、魔法の力を失うこともなかった。適当な呪文だったからかもしれないが、魔法を使えないゴラルには、その理由は想像もできない。マナテアにただ付き従うだけだ。

 そのマナテアは、教皇庁からアカデミーに出された要請に従い、チルベスにやってきた。白死病が、ノフルの町に続いて発生したことで、神聖魔法を使える聖職者が不足していたからだ。

 アナバスの言葉は、ただの冗談であってもゴラルの不安をいや増すものだった。

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