第20話 不死魔法(マナテア視点)
「お嬢様、行きましょう」
声をかけられ、マナテアは我に返った。目の前には閉じた市壁の門がある。彼に感じていた縁のような感覚が、この門で閉ざされたような気がした。治療団に加わり、方々の街を訪れたことがあるとは言え、彼と会ったことなどないはず。マナテアは、頭を振り、踵を返した。
門から続く道は、市内の大通りだ。それでもすれ違う人はほとんどいない。みな、白死病にかかることを恐れて引きこもっているのだろう。幅のある通りが閑散としていると、異様な感じがする。ただ、見慣れた光景でもあった。白死病の蔓延した街は、どこもこうなってしまう。
「あの少年、気になるかの?」
アナバスに問いかけられた。縁のような漠然としたものを口にしても、笑われて終わりだろう。それとは別に感じていたことを、問い返す。
「教授は、気にならなかったですか? あの年で、一人で薬の行商をして身を立てているというだけでも、珍しいと思います」
アナバスは、ゆっくりと歩きながら、抑揚少なく言った。
「確かに珍しいが、因果を取り違えているかもしれんぞ。特別な才があるから、一人で身を立てていると見ることもできるが・・・・・・今日日、孤児など珍しくもない。才のある孤児だけが生き残った結果とも言えるのじゃ」
「確かに……そうかもしれません。ただ、彼の才は、商才だけではないような気がしています」
「魔法抵抗力かね?」
「教授も、お気づきだったのですか?」
マナテアは、驚いて尋ねた。
「最初にウインド・ウルフの魔法を受けた時、それに馬に乗って走り回っていた時、何度か魔法を受けていたように見えたな。しかし、あの少年はかすり傷一つ負っておらなんだ」
「ええ。乗っていた馬は、怪我をしていたようですが、それも大した怪我ではなかった。あれだけの風魔法を普通の馬が受けたなら、即死してもおかしくはないはずです。確かに、当たっていなかった可能性もありますが……」
「当たっていれば、死なずとも重症は確実じゃな。あの少年は、走り回っていたから、魔法が当たらなかったと思っておったようじゃが、実際のところは分からん。少年の方を見ている余裕などなかったからの」
「はい」
マナテアが、続く言葉を口にする前に、前方を歩くゴラルが言った。
「彼に貸した盾にも、傷はついておりませんでした。運が良かっただけと考えることは難しいですな」
彼も、ダリオがただの少年だったとは思っていないようだ。ただ、アナバスもゴラルも、たまたま彼が強い魔法抵抗を持って生まれてきた運の良い少年だと思っているように見えた。確かに、そういうこともありえる。
「でも、それだけではないように見えたのです」
「魔法抵抗以外にも、何かあったかな?」
「私がウインド・ウルフに襲われそうになった時、直前に彼が剣で仕留めてくれました。ただ・・・・・・その直前、彼が魔法のようなものを放ったような気がしたのです。あまり強いものではなかったのですが、魔力を感じました。本当に一瞬の間だったので、確信は持てないのですが・・・・・・」
「どんな魔法だったのかな?」
アナバスは、興味を持ったようだ。瞳を輝かせている。
「分かりません。魔力は感じたのですが、私が知っているどんな魔法とも違うような気がしました」
そう答えると、彼はやおら楽しげに言った。
「はて。神聖魔法は元より、全ての属性魔法を使いこなすその方が知らない魔法と言えば、不死魔法くらいしかないはずじゃが」
ゴラルが、先を続けようとするアナバスの言葉を唐突に遮った。
「教授、馬鹿なことを仰らないで下さい」
そして、振り返り、声を潜めて言った。
「それでは、あの少年が・・・・・・転生者だとでも言うのですか?」
「論理的に言えばそうなる、と言ったまでじゃ。儂は倒れていたので、見ていなかったしの」
ゴラルは、正面に向き直ると肩を怒らせて歩き始めた。
彼の考えは手に取るように分かる。もし彼が不死魔法を使ったのであれば、ダリオの年齢からして
伝承によれば、強力な不死魔法の使い手は、不死王だけではない。他にも存在していたが、数は決して多くない。不死魔法の
ゴラルは、マナテアが再び不死魔法に近づいたことに気が気ではないのだろう。これ以上、この話題には触れない方がいい。マナテアは、口を閉ざすと同時に、ふと思い出してローブのフードを目深に被った。
『真意は、こころの内に仕舞っておこう』
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