第12話 ウインド・ウルフ

 森の中には、多数の小動物のスフィアも見えていた。しかし、それらは見ようと思わなければ気にならない程度のものだ。今、ダリオたちに近づいて来ているスフィアは、それらとは比べものにならないものだった。しかも、草原に出た複数のスフィアが、ダリオ達を取り囲むように広がり始めていた。

 狼のように、頭のいい魔獣かもしれない。マナテアに言うべきか、眠っている二人を起こすべきか悩んでいると声をかけられた。

「どうかしましたか?」

 ダリオが口を閉ざしたので気になったのかもしれない。振り向くとマナテアが心配そうな顔をしていた。黙っていることはできない。なるべく曖昧に答えることにした。

「何か、来ているような気がします」

 マナテアも、ダリオが見つめている森の方を見た。ダリオ自身、その目には何も見えていない。闇に浮かぶ起伏と風になびく草の影が見えるだけだ。しかし、ゆれる草の影に紛れ、魂≪スフィア≫の輝きがゆっくりと動いていた。こちらを包囲するように広がっている。ダリオには、スフィアの数を数えられるようになっていた。

「私には何も見えません」

 敵は八体もいた。魔獣の種類は分からない。それでも八体もの魔獣が一斉に飛びかかってきたら、ダリオとマナテアだけでは防ぎ切れないだろう。

「いえ、何かいます。二人を起こしましょう」

 そう提案すると、ゴラルの声が響いた。

「その必要は無い」

 そう言って体を起こすと、アナバス教授を揺すり起こしていた。

「何が来た?」

 固唾を呑んで森を見つめていたダリオの脇にゴラルが身を寄せてくる。

「分かりません。魔獣だと思います」

「だろうな。アンデッドは、物音を隠すようなことはしない」

「ゴラルには何か見えますか? 私には何も見えないのですが……」

「見えません。ですが、聞こえます。風が立てる音とは違う音です。何かが茂みの中を動いています」

 ゴラルが迫ってきている魔獣を察してくれたのなら、ダリオはこれ以上目立たない方が良かった。アナバスとマナテアの魔法をかいくぐり、ゴラルに切り捨てられなかった魔獣がいれば、そいつから身を守ればいいだけだ。ただし、守るべき身はひとつだけではなかった。

「馬を連れてきます」

 ミシュラの引き綱を結わえている木は、ダリオ達が囲んでいる炉から十数歩離れた位置にあった。ダリオは、ゴラルが貸してくれた盾を持ち、身を屈めたまま歩き出した。

「待て、離れると狙われるぞ」

 言われるまでもなく分かっていた。しかし、それはミシュラを見捨てるということだ。魔獣は、魔力を持たない獣と同じく、腹を満たすために獲物を求めている。獲物としてミシュラを得れば、ダリオ達は襲われずに済むかもしれない。ゴラルの言葉は、ミシュラを諦めろということだ。それはできない。ダリオが歩みを進めると、後からゴラルの舌打ちが聞こえた。

 ダリオが、後、数歩で震えるミシュラの下に辿り着きそうになった時、一番近くにいる魂≪スフィア≫が燦めいた。

『何か来る!』

 目には見えなかったが、魔力の迸りが感じられた。魔法が来る方向に盾を構え、地面に突っ伏す。その瞬間、周囲の青草が飛び散った。

 ダリオは、自分の手足を動かして異常がないか確認する。手も足も動く、痛みは倒れ込むときに打ち付けた膝だけだ。魔法を撃ってきた敵に動きがないことを確認し、素早く立ち上がってミシュラの下に駆けつけた。

「大丈夫?」

「うん」

 震えていたが、それだけのようだ。結わえていた引き綱の端を掴んで引く。そのまま、三人の下に駆け寄った。

「魔法を受けたように見えたけど、怪我はない?」

 マナテアの問いに、首を振る。

「大丈夫です」

 ダリオが答えを返した直後、またもやゴラルが舌打ちした。

「こりゃ拙いのぉ」

 アナバスが危機感の感じられない声で言った。茂みから魔獣が姿を現していた。狼を一回り大きくした姿をしていた。

「ウインド・ウルフですか?」

 ダリオが受けたのは、風の魔法のようだった。

「そうじゃ。強さはそこそこ……じゃが、相性は最悪。それが六体もおる」

 二体はまだ隠れていた。若い魔獣かもしれない。ダリオとアナバスに近い茂みの中だ。教えてやりたかったが、それはできない。

 それよりもアナバスの言葉が気になった。

「相性が最悪とは、どう言うことですか?」

 もう声を潜める必要もない。むしろ、できるだけ大きな声で問いかけた。

 ダリオは、ウインド・ウルフに襲われたこともあった。まだウルリスといっしょに居た頃だ。ダリオが小さかったことも関係していたと思ったが、その時はウルリスが守ってくれた。さほど強い魔獣だとは思わなかった。

「ウインド・ウルフは、魔獣のくせに魔法抵抗力が強いんじゃ。儂とマナテアの魔法があまり効かん。土の魔法なら多少効くはずじゃが、遠くでは当てにくい。何せ動きが速いからの。幸いなのは、奴の魔法は、それほど強くないことじゃ。怪我だけなら治癒で直せる」

 アナバスの説明で、二年以上前のウルリスの戦い方が、今になって理解できた。

 彼女は、背後にダリオを隠し、ただ仁王立ちでウインド・ウルフが近寄って来るのを待っていた。飛んでくる風の魔法を無視し、ただ立っていた。ウルリスは、魔法抵抗力が強かったのだろう。魔法では倒せないことを悟ったウインド・ウルフが襲いかかってくると、盾で受け止め、ハンマーピックで撲殺していた。ダリオが、ウインド・ウルフを強い魔獣だと思わなかったのは、ウルリスが理にかなった戦い方をしていたからだった。

 だが今、戦いの理はウインド・ウルフの方にあった。奴らは、囲むようにして唸っている。だが、完全に包囲はされていない。アナバスの後は開いていた。誰かが逃げ出すことを待っているのだ。逃げ出した者を狩るつもりなのだろう。頭のいい魔獣だった。

「お嬢様、私の後から離れないで下さい」

 ゴラルは、あの時のウルリスと同じ戦い方をするつもりのようだ。しかし、それではアナバスやダリオまで守り切れないのは明らかだった。

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