第13話 ファントム
ウインド・ウルフは、ゆっくりと近づいて来た。
「倒せないかもしれませんが、先に魔法で攻撃しましょう」
手を上げかけたマナテアの言葉に、ゴラルが慌てて答えた。
「待って下さい。興奮させれば、一斉に飛びかかってくるかもしれません。三頭は倒せると思いますが、それが精一杯でしょう」
「数が多すぎるか……」
アナバスの言葉に、ゴラルが肯く。
「ええ、騎士がもう一人いれば、二人で壁になるか、あるいは囮になってもらうところなのですが……」
「代わりに、僕が囮になりましょうか?」
壁になるのは無理だが、囮役ならやれそうだ。
「馬に乗れば、素早く動けます。先ほどの魔法も避けられました」
歩くことさえゆっくりのアナバスが囮になれるはずはない。マナテアをゴラルが囮にできるはずもない。ゴラルはマナテアの護衛だ。ゴラルが囮に使えるのはダリオだけのはずだ。躊躇している様子なのは、囮としての動きができるかどうか、懸念しているからかもしれない。
「鞍を載せていない。乗れるのか?」
他の馬なら無理。でも、ミシュラなら大丈夫だ。
「行けます!」
「では、頼む。最初は後に向かって走れ。二十マグナくらい離れたら、それ以上離れず、我々との距離を保って走り回れ。離れすぎると、全てのウインド・ウルフの狙いがそちらに行ってしまう。ウインド・ウルフは、走っている馬に対しては魔法を使うはずだ。馬に後から迫ったら蹴り殺されかねないからな。ダリオが乗っていれば、ダリオを狙うだろう。魔法に注意しろ。風の魔法は見えにくいが盾を構えておけば、致命傷にはならない。怪我なら後で治療できる」
「分かりました」
ダリオは、荷蔵を載せていないミシュラの背によじ登る。ゴラルはマナテアとアナバスにも指示を出した。
「お嬢様と教授は土の魔法で攻撃して下さい。ダリオに魔法を撃とうとしているウインド・ウルフ狙って下さい。なるべく同じウインド・ウルフに魔法を集中させて確実に息の根を。仲間が倒されれば、ウインド・ウルフはこちらを狙ってくると思いますが、私が守ります」
作戦は決まった。後はタイミングだ。にじり寄ってくるウインド・ウルフが痺れを切らせるのを待つ。
ゴラルの正面、姿を現しているウインド・ウルフの中で、一番大きな個体の姿が歪んで見えた。風が渦巻いている。
「今だ!」
ゴラルの合図で、ダリオは馬首を回した。左手に盾を持っているため、手綱を扱うことが難しかったが関係無い。首元を叩けば、どう動くべきかはミシュラが理解している。
「我、マナテアが土の精霊に命ず、礫となりて我が敵を討て。
「我、アナバスが土の精霊に命ず、礫となりて我が敵を討て。
後から、マナテアとアナバスが魔法を唱える声が聞こえた。二十マグナ、大人の歩幅で二十七歩程の距離を走る。
「左へ!」
ミシュラが急角度で曲がると、背後を風の刃が駆け抜けて行った。盾を構え、マナテア達との距離を保って走る。ゴラルが言った通り、一人だけ離れたダリオを狙ってくるウインド・ウルフが多かったが、距離の近いマナテア達を狙っている個体も居た。ゴラルが大きな剣を立てて魔法を受けている。
「反転!」
少し走ってミシュラを反転させる。ダリオは、囮として狙われなければならなかったが、狙われ過ぎても拙い。ゴラルに言われた通り、二十マグナの距離を保つ。
ウインド・ウルフを倒しているのはマナテアとアナバスの魔法だ。奴らは、魔法防御力が高く、魔法も使える魔獣だからなのか、ゴラルが立てた作戦の通り、一人だけ離れたダリオを遠距離から狙ってきた。ただの餌だから、楽に倒せる相手を狙ったのだ。だがそれは、奴らにとって隙になる。奴らの魔法防御力を上回る、強い魔法を食らうとは思っていなかったのだろう。
しかし、ダリオが、三回目の反転を終えたところで、様子が変わった。ダリオに狙いを定めていたウインド・ウルフも、マナテア達の方を見ていた。魔法の礫に体を貫かれ、二体が倒れている。二体が誰に倒されたのか、魔獣にも分かったのかもしれない。
迷ったのは一瞬だった。それでも、ダリオは一瞬の間、迷ってしまった。言われた通り二十マグナの距離を保つのか、近寄ってウインド・ウルフの意識を集めるのか、迷ってしまった。
心を決めたのは、茂みに隠れていた二体が出てきたからだ。体が小さい。まだ子供のウインド・ウルフだった。それでも、仲間が倒された事が分かるのだろう。牙をむき魔法を錬っていた。
「アナバス教授! 右の林!」
ダリオは叫びながら、ミシュラの首元を押す。それだけで察してくれたミシュラが駆け出した。同時に、他のウインド・ウルフも動き出していた。ゴラルが魔法を受け止めていたため、魔法では通用しないと察したのか、こちらは飛びかかろうとしていた。
ゴラルが剣を振り、襲いかかって来たウインド・ウルフに切りつける。二体の子供ウインド・ウルフが放った魔法は、アナバスに迫っていた。
「アナバス教授!」
叫びながら、マナテアがアナバスを押しのける。魔法がマナテアに迫っていた。
ダリオは、息が止まりそうな焦燥を感じながら、抜き放った剣を構えていた。しかし、マナテアまでの距離は、まだ八マグナくらいあった。とても間に合うはずがない。
『切り刻まれる!』
ところが、霧を伴う魔法の刃は、マナテアの眼前で消え去った。
『これが魔法抵抗なのか?!』
そう思った瞬間、今度はマナテアの背後に迫る牙が見えた。ウインド・ウルフがマナテアの細く白い首をかみ砕こうとしていた。
「マナテア!」
「お嬢様!」
ダリオとゴラルの声が同時に響く。距離は三マグナほど。大人用とは言え所詮剣でしかないダリオの突き専用剣エストックではとても届かない。ゴラルは、剣を振るおうとしていた。しかし、一斉に飛びかかってきたウインド・ウルフに、ゴラル自身も右手を噛まれていた。
『間に合わない!』
ダリオの脳裏に、それこそ燃え上がるような剣幕で怒るウルリスの姿が浮んだ。
『ウルリス、ごめん』
腰に手を当て、烈火のごとく怒った彼女に心の中で謝りながら、ダリオは魔法を唱えた。
「
マナテアの頸骨を目がけて、ウインド・ウルフが大口を開けている。そいつの
ダリオが唯一使える攻撃魔法だった。ウルリスは神聖魔法しか教えてくれなかったが、強い魔獣を倒す時に彼女が使っていた魔法だ。ダリオが唯一教わることなく、見よう見まねで使えた攻撃魔法だった。炎の魔法も見たことがあったものの、炎の魔法は、真似だけでは使えるようにならなかった。
「ギャン!」
そのまま駆け抜けた。ミシュラが馬首を回してくれる。ゴラルが、左手に持ったナイフを、右腕に噛みついていたウインド・ウルフの首に突き立てていた。
ウインド・ウルフは、大人の一体がまだ無傷のままでいたが、最後まで飛びかかることなく魔法しか撃っていない個体だった。尻尾を丸め、既に戦意喪失している。子供の二体も無傷だったが、五体の成魔獣が屠られ、腰が引けていた。
ゴラルが大剣を振り上げ、血糊を振り払うと、三頭は一斉に踵を返した。
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