第14話 夜明かし

 ウインド・ウルフが走り去り、ダリオはほっと息を吐いた。

「全員、怪我は?」

 ゴラルに言われ、改めて自分の体を確かめる。興奮していると怪我をしていても気付かない時がある。痛みはない。右腕を中心に返り血を浴びてしまったので、分かりにくかったが、大丈夫なようだ。

「私は無傷です」

 マナテアが答えたので、ダリオも「大丈夫です」と返す。アナバスだけが「打ち身だけじゃな」と言い、自分で神聖魔法を唱えていた。

「ゴラルが一番の重症ですね」

 マナテアがそう言い、ゴラルに神聖魔法をかけるため、力を抜くように言っていた。ダリオは、ミシュラから降りてミシュラの体を確認しながら、引き綱を繋ぐため木の方に歩き出す。

「痛くない?」

 三人には聞こえないように、小声で声をかける。お尻のあたりに、風の刃で切り裂かれた小さな傷があった。

「ちょっとだけ。でも大丈夫」

「魔法を使うと目立つかもしれないから、後で薬を塗ってあげるよ」

 傷は深くなかったが、そのままでは化膿するかもしれない。ゴヨーダの軟膏を塗るつもりだった。止血と痛み止め効果のあるネスの油に消毒と化膿止めになるゴヨーダの草を練り込んだ軟膏だ。

「ありがと」

 ダリオは、手早く引き綱を結ぶと三人の元に戻った。

「お嬢様、もう大丈夫です」

 マナテアは、ゴラルの傷口に掲げていた手を下ろし、改めて傷口を見ていた。

「傷はふさがりましたが、当分無理はしないように」

「分かっております。お手を煩わせるようなことは致しません」

 ダリオが、売り物を入れている薬箱からゴヨーダの軟膏を取り出していると、マナテアが歩み寄ってきた。

「ダリオ、ありがとうございました。あなたがあのウインド・ウルフを倒してくれなかったら、私は死んでいたかもしれません。感謝致します」

 彼女は、魔法で自分を治療することもできる。だが、それは生きていればこそだ。彼女の細い首では、ウインド・ウルフの一噛みで首をへし折られていたかもしれない。絶命すればそれまでだ。アナバスにも、どうにもならない。

「お嬢様を助けてくれたこと、私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

 あの一瞬、ゴラルは自分が傷付くことよりも、マナテアを守ろうとしていた。それでも間に合ってはいなかった。彼の礼は、心の底からのものだろう。

「いえ、魔獣の動きが突然だったので、咄嗟に動いてしまっただけです。でも本当にぎりぎりで、間に合って良かった」

 ダリオが照れながら言った。

「確かに、ダリオに感謝せねばならんの。何せ、あの時、一人で逃げることもできたのだからの」

 そう言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。ウインド・ウルフの狙いは三人に向かっていた。アナバスの言葉に意表を突かれて驚いた。しかし、よく考えてみれば、そんな簡単にはゆかない。気恥ずかしさもあって、冗談めかして返す。

「そうかもしれませんね。次に同じようなことになれば考えてみます。でも、僕の場合は、皆さんと違ってこれがないと、この後生きてゆけません」

 そう言って、足下に横たえている縦長の薬箱を指差した。現金は、首からかけている革袋に入れてある。だが、それは大した金額ではない。ダリオにとって、薬箱に入れている売り物の薬こそが全財産と言えた。

「なるほどの。確かにそうじゃ。それに、一人でうろうろしていたら、別の魔獣やアンデッドに襲われかねないしの」

 アナバスの言葉に肯いていると、ゴラルが口を開いた。

「その危険性は、今の我々にもあります。ウインド・ウルフの群れも、あれだけとは限りません。ここは危険すぎます。明るくなり次第出発しましょう。お嬢様とダリオは、少し休んで下さい」

「私はこのまま起きています。とても眠れそうにありません」

 マナテアの言葉に、ダリオも肯いた。

「僕もおなじです」

 魔獣のおかげで、すっかり精神が高ぶっていた。それに、ダリオが起きていれば、魔獣に不意打ちされることはない。

「馬の様子を見てきます、少し怪我をしたようなので」

 薬箱から出したゴヨーダの軟膏を持って立ち上がる。ミシュラの下に行き、軟膏を塗ってやった。傷は浅いので、もう出血は止まっている。薬を塗りながら耳元で囁く。

「血を採っておくかい?」

 アタル族は、獣の血を飲むことで、その獣に変身する能力を身につけると言われている。ウインド・ウルフの血を飲めば、ウインド・ウルフに変身できるようになるはずだ。

「いらない。あんな強い魔獣は無理だよ」

 ただし、どんな獣にも変身できる訳ではないらしい。

「分かった。僕は起きているから、寝ていていいよ」

 そう告げて、ダリオは踵を返した。

「ずいぶんと馬を大事にするんじゃの。薬まで使うとは」

 アナバスの言葉は、少し意外だった。

「行商人にとって、馬は商品と同じくらい大切なものです。さすがに薬を使うのは珍しいかもしれませんけど、僕は薬屋ですから」

 そもそも、ミシュラは旅の相棒だ。単なる荷物運びの手段ではない。ウインド・ウルフに襲われた時だって、彼女がいなければ、違った結果になっていただろう。

 その後は、眠気覚ましを兼ねて、以前に通った町の話などをしながら夜明けを待った。薬の話をしたからかもしれない。マナテアから問いかけられることが多かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る