第106話 ショールとの遭遇

 ゴラル、ウェルタ、ダリオの三人は、ホールを抜け遺跡ルーインズに続く地下通路に入っていた。ショール達に追い着くことがないよう、ゆっくりと進んでいる。目を凝らし、足を忍ばせ、サナザーラとショール達が戦い始めたことが分かれば、直ぐさま駆けつけるつもりでいた。

 通路は直線に近かったが、わずかに湾曲している。ランプの灯りよりも、音が響いてくる方が先だろうと思えた。

『そろそろ、剣戟が聞こえてくるはず』

 残念ながら、その予想は外れた。

「静かに!」

 鋭く言った先頭のゴラルが足を止め、耳を澄ませている。

「足音だ。走っている。やつら戻って来たぞ」

 通路の先に、揺れる光が見え始めた。ダリオは、敢えて目を閉じスフィアを見た。魂を見ても距離はよく分からない。ただ、数は分かる。

「三人、ショール達です。サナザーラは離れているようです」

 罠に感づいて、戻って来たに違いなかった。サナザーラが居なければ、戦力はショール達の方が上だ。

「サナザーラが駆けつけてくれるはずです。それまで何とか凌ぎましょう」

「それならホールまで戻るぞ。通路の出口で、私とウェルタの二人がかりで先頭の騎士を止める」

 ゴラルの提案にウェルタも肯いた。通路は狭い。先頭の騎士が戦っていれば、後ろの二人は魔法で援護するしかできないはずだ。

 ホールまで駆け戻り、ダリオはランプを壁面の窪みに置いた。元々灯りを置く場に違いない。

 ダリオも神聖魔法と不死魔法で支援するつもりだった。態勢を整え終わると、通路の先に姿が見えた。剣だけでなく、盾も持ったトノという名前の騎士だった。剣は、ウェルタやゴラルと同じような片手でも扱えるブロードソード。ただ、こちらは二人がかりだったが、動きやすいように盾は持っていなかった。

「エャ!」

 ゴラルとウェルタが同時に斬りかかる。ゴラルは力強さで、ウェルタは素早さで攻撃をしかけたが、五角形のカイトシールドを持ち、実力で二人を上回るトノに攻撃を阻まれていた。それでも、サナザーラが到着するまで持ちこたえるという作戦は実行できそうだ。トノは通路から飛び出すことができず。彼に続いているショールとソバリオは手を出せずにいた。

「貴様、見習いだな。そいつらは神敵だぞ。分かっているのか!」

 盾と剣を操りながら、ウェルタを見たトノが叫んでいる。

「人の命を奪っておいて、何を言う!」

 ウェルタは、剣を振るいながら言い返していた。サナザーラと戦っていた時よりは余裕がありそうだ。ただ、それはウェルタが右側に立っていたからかもしれない。ウェルタの前には、トノが持つ盾があった。ウェルタの左に立ち、トノに剣を振るわれるゴラルは、防戦一方だ。

 服の下に鎖帷子を着込んでいることもあって切られてこそいないものの、剣の衝撃を腕や腿のあたりに受けていた。

治癒ヒール

 大きな打撃を受ける度、怪我の程度に合わせた神聖魔法を放つ。

祝福されし者ギフテッド? マナテアだけではなかったか!」

 後ろから状況を窺っていたショールが言う。体格が小さいことで、ダリオがまだ覚醒していないことが分かったのだろう。

「ソバリオ、トノ、エリクサーを使用せよ」

『エリクサー?』

 初めて聞く言葉だった。一歩引いて状況を見ているダリオは、何が起こるのか身構えた。最も後ろにいるソバリオが、胸元から何かを取り出し、飲むような仕草をしているのが見えた。

「エリクサー使用完了」

 そのソバリオの声が聞こえた。どうやら、エリクサーというのは薬のようだ。ゴラルとウェルタに対峙しているトノは、エリクサーを飲む余裕がない。

『早く来て!』

 ダリオは、通路の奥に、サナザーラのスフィアを探す。かなり先にそれは見えた。全力で走っているのだろう。急速に近づいて来ていた。その後ろに、マナテアとミシュラらしいスフィアも見える。

 状況はかろうじて膠着していた。ただ、それは後ろの二人、特にソバリオという騎士が戦うことができずにいるからだ。

 サナザーラは、遺跡ルーインズから離れると力を発揮できないと言っていた。サナザーラが到着しても、どれだけ状況が良くなるか分からない。ただ、彼女がたどり着いた時には少なからず混乱するはずだ。できればその機会を活かしたかった。

「サナザーラが来ます。その時に合わせて幻痛ファントムを使います」

 戦っている二人の背中に声をひそめて言った。耳に届いているかは分からなかったが、聞こえていることを祈るしかない。

 サナザーラは、あまり足音を立てずに走って来たのだろう。最後方にいる騎士ソバリオの剣が、いきなり火花を散らした。ショールが振り向いている。ダリオは、左手に魔力を集中させる。狙いは、ゴラルとウェルタ二人の攻撃を捌き続けている騎士トノだ。

幻痛ファントム

「ガッ!」

 トノのスフィアはかなり強いものだった。それでも、サナザーラには及ばない。突然の苦痛に耐えきれず、苦悶していた。

 その隙を見逃さず、二人が撃ち込んでいる。上段から叩き付けたウェルタの剣は盾で受けられていたが、ゴラルの突きがトノののど元に突き刺さる。しかし、伸ばしたゴラルの腕も、剣で振り払われていた。結果、突き込みが浅く、致命傷にはなっていない。ゴラルの腕も、鎖帷子で切られることは防いでいたが、払われた右手が痛むのか、剣を左手に持ち替えている。

治癒ヒール」「治癒ヒール

 ダリオとショールの魔法が同時に飛ぶ。トノの怪我は癒やされ、サナザーラが到着した機会を使っても、均衡は突き崩せなかった。ただ、最も奥にいるソバリオという騎士は、サナザーラの圧力に、苦戦していた。

 そして、変化はもう一つあった。

「先ほどの魔法、属性魔法ではないな!」

 トノよりも、更に上背のあるショールが、杖を手にダリオを見下ろしていた。

祝福されし者ギフテッドなだけでなく、神敵であったか!」

 手前ではゴラルとウェルタが、奥ではサナザーラがショールたちに打ちかかっている。ただ、挟撃されていても、狭い通路内なことからショールには余裕があった。彼は、腰に付けたポーチから何かを取り出している。それは淡く光る液体を入れたガラス瓶だった。しかも、液体には黒い何かが浮かんでいる。

「スカラベオ!?」

 ダリオの驚愕に構うことなく、ショールはガラス瓶の蓋を開けると、中に浮いていたスカラベオをつまみ上げた。そしてそれを無造作に放り捨てる。

「スカラベオではない、これはもはや”カス”だ」

 見れば分かった。ガラス瓶の中に入れられた液体は、治癒ヒールの光と同じような光を放っている。薬草を煎じた薬と同じだった。スカラベオが吸収した生命力を、あの液体の中に抽出しているに違いなかった。

「本来、これを使う事は私にも許されておらぬ。だが、三人もの神敵を前にして、我らが敗北することがあってはならない。これを使っても、祝福されし者ギフテッドたる神敵を葬り去れば、処罰どころか我らには栄誉が授けられるだろう」

 そう言って、ショールはガラス瓶を掲げた。

「見るが良い! エリクサーの力、不死王を打ち破りし無限の癒やしの力を!」

 ショールはガラス瓶の液体を一気に呷った。

「これで我らの敗北はあり得なくなった。伯爵夫人カウンテスがいくら強かろうと、ここまで遺跡ルーインズから離れれば聖騎士が互角に戦える。覚醒前の神敵など、葬り去ってくれる!」

 ダリオは、狂ったようなショールの視線に驚愕した。

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