第107話 戦機(アデノール視点)
アデノールとロストルは、足下を照らす弱々しい光を頼りに、地下通路をゆっくりと進んでいた。
ショールとトノが入った場所はワイン蔵で、中を調べると地下通路に通じていた。アデノールが聞いた言葉が確かなら。彼らは、この先に神敵を追っている。状況も分からない。自分たちの存在を察知されないことを優先に、ランプに黒い布をかぶせ、灯りを抑えて進んでいた。
「剣戟が聞こえます。距離があるようです。急ぎましょう」
通路の先から、剣を打ち付ける金属的な音が響いてきた。先に立つアデノールは、腰を落としたまま槍を構えて進む。狭い通路だが、突きを基本とする槍の使い勝手は悪くない。アデノールは、敵と遭遇した時には迷わず急所を突くつもりで進んでいた。
「灯りが見えてきました。ランプを隠して下さい」
上位者はロストルだが、危険な現場では、てんで使えない男だった。言葉遣いだけは丁寧にしつつも、アデノールが指示を出している。
隠れる場所もないため、存在を察知されたらどうなるか分からない。アデノールは、冷たい石の床に伏せた。ロストルにも手で伏せるように合図する。
じりじりと進んで状況を確認すると、見えてきた背中は、何故かショール達ではなかった。
「ウェルタ・ホーフェンとマナテアの護衛が、騎士トノと戦っているようです。手前に少年のような人影も見えます。ショール司祭は、騎士トノの向こうにいるようです。声は聞こえますが、ここからでは良く分かりません」
アデノールは見たままを報告した。狭い通路だが、ロストルもアデノールの横に伏せたまま進んできた。自分で状況を確認するつもりらしい。
「ホーフェンは、神敵に与したかのか?」
「マナテアの護衛と共に、騎士トノと戦っているので間違いないかと」
張り上げるようなショールの声が響いてきた。
「確かに、神敵と言っているな」
全体は良く聞き取れない。それでも、ショールが神敵と口にしていることは聞き取れた。
「膠着しているようですが、今なら背後から奇襲できます。加勢しましょう」
教皇庁から派遣された司祭と近衛聖騎士が、神敵を相手に苦戦している。その状況で敵の背後から加勢すれば、その功績は大いに評価されるだろう。アデノールは、何としても一旗上げたかった。
「そうだな。だが、やるのは俺だけだ。お前はここで控えて報告しろ」
「二人の方が確実です」
「ダメだ」
聖騎士団では、何よりも状況を報告することが最優先とされる。不死王の関係者を狩るには、その痕跡を追い続けることが最も重要だからだ。例え自分以外の仲間が全滅しても、一人が生き残って報告を行うことが最も重要だとたたき込まれる。特に、見習いや低位の聖騎士は、それこそが任務と言えた。
その点からすれば、ロストルの言葉は聖騎士団員として正論だ。しかし、今の彼の言葉は、単に功績を独り占めするためのものだった。
戦っている二人と子供一人を、背後から奇襲するのだ。二人で襲いかかれば確実に勝てるはずだ。トノと戦っている状況なのだから、一人でも余裕だろう。だからこそ一人で行くつもりらしい。
「お前はここで残れ。それから、お前の槍を貸せ」
「そんな!」
「つべこべ言うな。早く槍を寄越せ!」
曲がりなりにもロストルの方が上位者だ。ここで命令に逆らえば、後で抗命として処罰されかねなかった。
「それでは、ロストル様の剣をお貸し下さい。槍を渡せば、私の武器はナイフだけになってしまいます」
「お前は、いざとなったら逃げるのだ。武器などいらんだろう」
そう言って、立ち上がると、ロストルは槍を手に、腰を落として進んでいった。
「くそっ。手柄を独り占めしやがって。不死王の呪いでもくらいやがれ!」
アデノールは毒づいて、前方の状況に目を凝らした。機会を待つつもりだった。確かに一人でもやれそうに思えたが、ロストルはへたれだ。まだ手柄を立てる機会はあるかもしれなかった。
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