第2話 たまり場へ

 早朝から広場に出ていた露天で、ピカラを二つ買い込んだ。種なしパンに具を挟んだ食べ物だ。ミシュラが肉を食べられないので、甘辛く煮た豆を挟んでもらう。それを背負い袋に詰め、ミシュラに背負わせた荷鞍に括り付けた。腰に付けた水筒には、共同井戸で汲んだ水を入れてある。

 今日のうちに、チルベスまで行く予定なので、夕食の分は買い込まない。もしたどり着けずに野宿することになれば、保存食として持ち歩いている乾燥肉や木の実を囓るつもりだった。

 必要以上の荷物は持たない。商売である薬売り関係以外は、最低限の日用品だけだ。それは背負い袋に入れてある。全財産は、シャツの内側、懐に忍ばせた革袋に入れてある。首にかけているので、すられる心配もない。もっとも、ダリオから盗もうと考えるような者はいないだろう。つぎはぎだらけのシャツの上には、ボロボロのベスト、ほつれて左右の長さが異なるズボンをはいている。多少なりとも金になる持ち物と言えば、背中に背負った護身用の剣だけだ。それさえも、これ以上はない安物だった。大人用なので、それなりに大きいため値が付く。くず鉄としての価値だ。

「よし。準備は完了。乗合馬車のたまり場に行こうか」

 独り言のようにして、ミシュラに告げる。アタル族であることが分かれば差別される。ばれれば、いきなり殴りつけて来る者もいるかもしれない。

 だから、ミシュラには必要なかったが、ばれないように引き綱を付けてある。

 カルナスは、町としては標準的な大きさで、道は石も敷かれていない。落ちている馬糞を、スカラベオが転がしていた。

「やっぱり、止めない?」

 人通りが少なくなった所で、ミシュラが言った。

「大きな声を出すなよ」

「出してないよ…… でも、ごめん」

 馬の姿で人の声を出すのは難しいらしく、声を潜めたつもりでも意外と響く。注意され、情けない声で謝った彼女に問いかける。

「怖い? 怖かったら、ついてこなくてもいいよ」

 チルベスは、白死病が発生したことで封鎖されている。白死病は、流行病はやりやまいの一つで、感染力はそれほど高くないものの、発症すると、ほとんどの者が死に至る恐ろしい病気だった。野山に跋扈するアンデッドと共に、この世界を滅亡の危機に追い込んでいる。

「違うよ。怖くない!」

「だから、静かに!」

「ごめん……」

 ダリオは、ため息をついて問い直す。

「だったら、どうして?」

「行っちゃダメって言われたんでしょ?」

「言われてない。逆だよ。行けって言われた」

「十六になったら……でしょ。それまでは、東部か北部に居なさいって言われたんでしょ。まだ十三じゃない。まだ行っちゃダメってことだよ」

 ダリオは、むっとして口を噤んだまま足を動かした。

 ダリオにそう言ったのはウルリスだ。彼女は、ダリオ以外の者が白死病で全滅した村を通りかかり、助けてくれた。ダリオが七歳か八歳の時だ。それ以来、薬の行商をしながらダリオを育ててくれた。

 そのウルリスは二年前に死んだ。殺された。薬草の集め方、扱い方は教わっていたから、今まで何とか命を繋ぐことができた。白死病で死んだり、アンデッドに殺されたことで親を失う孤児は多い。自分で薬草を採って売るダリオは、乞食をするしかできない孤児よりは、よほどマシな生活をしてきた。もちろん、町の外で薬草集めをしなければならない分、アンデッドや魔獣、肉食の獣に襲われる危険はある。その危険からの逃れ方も、彼女が教えてくれた。

 その彼女に言い聞かされたことがある。

『十六になったら、中央に近いトルドロール領にあるチルベスという市に行くのよ。十六になったらだからね。それまでは、東部か北部で行商を続けるからね』

 後になって考えれば、ウルリスは殺される可能性を認識していたようだ。だから、ダリオに何度も言い聞かせたのだろう。彼女のいいつけでは、チルベスに向かうべき時は、16歳になってから。しかし、ダリオはもう我慢できなかった。

「少しくらい早くたって構わないさ」

 俯き、周囲を行きすぎる人には、独り言に聞こえるように言った。

「でも、チルベスのどこに行けばいいのか分からないんでしょ?」

 ミシュラも声を落として呟くように言う。ダリオもまだ声変わりしていなかったから、独り言を言う子供が馬を引いて歩いているように見えるだろう。

 町の広場から馬車のたまり場に続く大通りは、仕事場に向かう粗末な服を着た人々が行き過ぎていた。

「行けば分かるさ……きっと……」

 ただの言い訳を言っているつもりはなかった。ウルリスの言いつけを守り、魔法の鍛錬は続けて来た。根拠のない自信かもしれなかったが、確かに、行けば分かるはずという自信はあった。

 ミシュラがため息を吐きながら尾いてくる。前方の喧噪が増し、乗合馬車のたまり場が見えてきた。

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