第30話 剣と魔法

「当然だ。一撃では即死どころか致命傷となることは少ない。鎧を着込んでいれば尚更だ。剣が同じ技量なら、神聖魔法で治癒できる方が圧倒的に有利となる。魔力に余裕があれば、力や素早さも上乗せできるしな」

 どうやら、戦闘でも神聖魔法が効果的らしい。

「魔法を使う騎士も、神聖魔法で治療するのですか? 属性魔法というものは使わないのでしょうか?」

「マナテア様に聞いたのか?」

「はい。魔法の四角錐とか魔法の双角錐と呼ぶと聞きました」

「そうか。行商人にそんなことを話しても意味はなかろうに……」

「私が薬について教えたので、その代わりに教えて頂きました。野獣に襲われた時に、マナテア様とアナバス教授は土の魔法で戦っていました。魔法を使う騎士は、あのようにして戦うのかなと思ったのです」

「魔獣に襲われたのか! マナテア様がいて良かったな」

「はい」

 ダリオもそれなりに活躍したのだが、ウェルタには、言わない方が調子に乗ってくれそうだ。

「魔法を使う騎士は、属性魔法で攻撃することもあるし、神聖魔法で剣を使う騎士を助力することもある。状況によりさまざまだ。属性魔法を多用するのは、魔獣やアンデッドを倒す時だな」

「アンデッドを倒すのなら、神聖魔法ではないのですか?」

「神聖魔法でアンデッドを祓えば、もうアンデッドは復活できない。それが一番だが、属性魔法で打ち倒す方が、多くのアンデッドに対処できる」

「なるほど。それで状況によりということですか」

「そういうことだ」

 もう一つ聞いておきたいことがあった。ウルリスが聖騎士と戦っていた時には、炎の魔法を使っていた。ウェルタの話と食い違うのだ。

「先ほどの話で、もう一つ気になったことがあるのですが、魔獣やアンデッドと戦う時に属性魔法を使うということは、人間と戦う時には属性魔法ではなく神聖魔法を使うということですよね?」

「妙に食いつくな。興味があるのか?」

 流石に警戒されたのかもしれない。誤魔化しておかなければならない。

「どんな病気にも効く薬というものはありません。ある病気には効く薬でも他の病気には効きません。それと同じで、剣や魔法が、戦う時に、どう効果があるのかは興味があります。魔獣に襲われた時に怖い思いをしましたし……」

「薬と病気か。確かに戦っているという意味では似ているな」

 そう言ってから、ウェルタは難しい顔をした。

「ただ、その方にどうやって話したものか……敵にかける属性魔法は、魔獣や人間相手では効かないことがあるのだ」

「魔法抵抗力というやつですか?」

「そんなことまで聞いたのか?」

「ええ、野営の不寝番を決めるときに教えてもらいました。それに、魔獣、ウインド・ウルフだったのですが、そのウインド・ウルフの使った魔法が、マナテア様の目の前で消えるところも見ました」

「ウインド・ウルフに襲われたのか?! よく無事だったな。当然、一体ではなかっただろう?」

 ウェルタは、何度も目を丸くしていた。

「無事ではなかったですよ。ゴラル様、マナテア様の護衛の騎士は、噛まれて怪我をしてました。八体もいましたので。二体は子供でしたけど」

「その方は守って貰ったのだな」

「いえ、私も後ろで囮をやってました」

 今度も、ウェルタも驚いた顔を見せていた。

「そうか……何にせよ、魔法で治癒ができる程度の被害だったのなら何よりだ」

「はい。途中で魔獣が逃げて行きましたが、その後でマナテア様が治療されてました」

 ウェルタは、肯くと本題の回答をくれた。

「人や一部の魔獣と戦う時は、魔法抵抗力が非常に大きな要素になる。魔法抵抗力が弱ければ、属性魔法で一気に被害を受けてしまう。もっとも、魔法抵抗力が強くとも、武器を体に撃ち込まれ、体内に属性魔法を叩き込まれると大きな効果を受ける。ただ、そんなことができるのは、剣にも魔法にも優れた騎士だけだ。聖騎士団にも数人しかいない」

 つまりウルリスは、聖騎士団の中でも上位者と同等か、それ以上だったことになる。ダリオを逃がすために強力な魔法を使った上で、属性魔法を使いながら複数の聖騎士と戦っていた。

「だから、聖騎士団への採用では魔法抵抗力が強いことが大前提だ」

 過去のウルリスに飛んだダリオの思考が、ウェルタの言葉で引き戻される。

「得意なものが剣であれ魔法であれ、魔法抵抗力が強くなければ聖騎士団に入ることは許されない……聖騎士は、魔獣やアンデッドとも戦うし、白死病での町の封鎖も行う。だが、最大の使命は復活するかもしれない不死王、それにその配下と戦い、呪いを払うことで、神の威光をこの地に広めることなのだ」

 ウェルタの説明で、いろいろな疑問に答えを得ることができた。それでも、まだ疑問は残っている。

「不死王は、不死魔法を使うのですよね。不死魔法でアンデッドを作り、アンデッドの軍団が攻めてくると聞きました。不死魔法で直接に攻撃をうけることもあるのですか?」

 教会や町の広場で説法をしている聖職者は、不死魔法はアンデッドを作り出すものだと言っていた。ウェルタの話は、その説法と微妙に異なっていた。

「ある……らしい」

 それまでの雄弁な言葉に比べ、あまりにも曖昧な答えだった。ダリオが目をしばたたいていると、ウェルタがばつの悪そうな顔で続けた。

「初代の教皇聖下、ゲルナシオ聖下が不死王を倒して以来、聖騎士団は不死王の復活を防いできた。今、不死魔法を目にしたことのある者などいないのだ」

 それは違う。ウルリスは不死魔法を使っていた。彼女が教えてくれることのなかった幻痛ファントムも恐らく不死魔法だろう。ダリオは目にしたことがあるし、使うこともできる。

 幻痛ファントムが不死魔法なのかどうかは、ダリオも疑問に思っている。それでも、ウェルタの話を耳にして、逆に、あれは不死魔法の一つなのだろうという思いを強くした。しかし、そんなことを口に出せはしない。

「聖騎士でも、分からないことがいろいろあるのですね」

「当然だ。だから警戒せねばならぬのだ」

 ウェルタが鼻息荒く答えたところで、白犬亭が見えてきた。

「あ、あそこです。白犬亭」

 ダリオが指差すと、ウェルタは「まあ、こんなものだろう」と言っていた。新市街の宿としては標準的だと思うが、店構えはかなり古い。残念ながら、ウェルタは、その店構えを見ても帰ってくれはしなかった。

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