第29話 招かれざる客
ダリオは新市街の路上を考え事をしながら歩いていた。目は路上を見ていたが、その実なにも見ていない。少し大きめの石を踏んでよろけた。
二日前に捕まえたスカラベオは死んでしまった。水は与えた水滴を飲んでいた。呼吸ができるよう、小瓶の蓋は時折開けもした。餌は、糞や樹液を与えてみたが食べた様子はなかった。
そもそも、ダリオは虫を調べる方法を知らなかった。
「はぁ」
ため息を吐きながら、宿に向けてとぼとぼと歩く。外から来た薬売りという立場なので、ダリオとミシュラは基本的に日中だけの通いなのだ。そのミシュラは先に帰している。トムラ司祭に紹介してもらった宿なので、それだけでも安かったのだが、ミシュラが食事の手伝いをするという約束で更に安くしてもらったからだ。
もう周囲は真っ暗だった。考えごとをしていたために気が付かなかった。いきなり肩を叩かれ、ダリオは驚いて振り返る。
「おい、小僧」
呼び掛けている顔には、どこかで見覚えがあった。胸元には太陽とスカラベオ、聖騎士団の紋章が鈍色の鎧に浮かんでいた。背負い袋を肩に担いでいる。
「あ、東門にいた騎士の人?」
「そうだ。何度も呼び掛けたのだぞ」
「すみません、考えごとをしていました」
騎士は「そうか」と言うと尋ねてきた。
「その方、どこに泊まっている?」
「この先にある白犬亭という宿ですが……というか、何故市内にいるのですか?」
ダリオは、ふと気付いて驚いた。騎士団は、市を封鎖していたはずだ。
「ずっと市壁の外で天幕暮らしなど無理に決まっているだろう。時折、交代しているのだ」
考えてみれば、なるほどと言えた。
「で、その宿の宿賃はいくらだ?」
「騎士の方は旧市外で泊まるのではないですか?」
新市街は貧しい者が多いだけでなく、宗教的にもヌール派の信者が多い。
「私はまだ正式な騎士ではないのだ。見習いなので給金も少ない」
「なるほど。それで安い宿を探しているのですか」
宿にはミシュラもいるし、できれば騎士に尾いてこられたくはない。
「私はヌール派教会の紹介で泊まっていますし、いっしょに教会で手伝いをしている者が食事の手伝いをする約束で安くして貰っています。普通の宿賃がいくらになるのかは分かりません」
やんわりと断ったつもりだった。しかし、その騎士はとりあえず行ってみるという。追い払う訳にもいかないので、ダリオはしぶしぶ歩き出した。白犬亭まで、まだ少しばかり距離がある。
その騎士見習いは、ウェルタ・ホーフェンと名乗った。
「ところで、ダリオはどうしてマナテア様と同行していたのだ?」
カルナスでのいきさつを話した上で、問いかける。
「ホーフェン様は、マナテアをご存じなのですか?」
「ウェルタでいい。貴族と言っても、五男坊ではそこらの町商人ほどにも金はない」
ウェルタ自身は、あまり家名で呼ばれたくはないのかもしれない。
「だが、マナテア様には敬称を付けよ!」
「わ、分かりました」
彼は、マナテアの呼び名に拘ってから言葉を継いだ。
「私は、昨年までアカデミーで学んでいた。今、マナテア様がいらっしゃる学校だ。彼女は有名だからな。お顔を拝見する機会はなかったが……」
「アカデミーの話は、マナテア様から聞きました。魔法以外の学問や剣術も教えていると。騎士になる方もいるのですね」
「その方、マナテア様と話までしたのか?!」
「え、ええ。道すがら。それに途中で野営もしましたし。黙っているのは辛かったようです」
ウェルタが思いの外食いついてくるので驚いた。なるべく無難に答えておく。
「そ、そうか。まあ、道中は暇だろうしな」
どうも、彼はマナテアに興味があるようだ。そう言ってから、教えてくれた。
「アカデミーで学んだ者の多くが騎士になる。各領地の騎士になる者が大半だが、私のように聖騎士団に入る者もいる」
「すごいのですね」
追従ではあったが、少数なのは事実だろうし、実際優秀でなければ聖騎士団には入れないのだろう。
「まあな。で、騎士になれない者は、聖職者になる場合が多い」
少し気にかかった。ウェルタは「騎士にならない者」ではなく「騎士になれない者」と言った。
「騎士を希望することが普通なのですか?」
聖騎士とは近づきたくなかった。それでも、マナテア達と同じように、話しをする機会には情報を集めたかった。
「普通とは言わないが、騎士を希望する者は多い。剣を磨く者、魔法を磨く者とさまざまだがな」
「騎士は剣を使うものだと思っていました。ウェルタ……は、剣ですよね?」
今も、彼は左腰に剣を下げていた。
「私は剣も魔法も使う。剣の方が得意だが、自分の怪我くらいなら自分で治癒できる」
鼻高々と言ったら言いすぎかもしれないが、ウェルタは自慢げだ。ダリオも剣と魔法の魔法を両方使えるため、それがことさら凄いこととは思わない。
「両方を使える騎士は、やはり強いのですよね?」
それでも、彼を持ち上げておく。どうも、彼は持ち上げておきさえすれば、いろいろと教えてくれそうだ。降って湧いた機会を活かさない手はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます