第10話 薬と魔法

「薬って、毒なんです」

 ダリオは、背中に炎の熱を感じながら言った。

「毒?」

 マナテアが、背後で疑問の声を上げる。

「はい。歩きながら話した時に、魔法だと、一定の魔力を注げば、一定の効果が出るって言ってましたよね。薬は全然違います。薬は、からだの中の釣り合いを傾けるものなんです」

 ウルリスからの受け売りだ。マナテアが言葉を飲み込むのを待って、先に続ける。

「白死病になると、体の温度が下がります。だから、体温を上げる薬を飲ませます。でも、同じ薬を熱病に冒された人に飲ませれば、もっと体温が上がってしまいます」

「確かに毒ですね」

「はい。それと薬を与える時は、薬の強弱や量も考えないといけません。白死病の患者に体温が上がる薬を飲ませれば、体温は上がります。でも、体温を上げるのは患者自身の力です。体温を上げることで疲れてしまうんです。だから、生きる力の弱い人に強い薬を使うと、体は温かくなっても、生きる力を使い果たして死んでしまいます」

「だとすると……」

 マナテアは、何やら考えているようだ。

「同時に魔法をかけてあげるといいかもしれません」

 それは、ウルリスが行っていたことだ。ダリオも真似をしている。ただし、ウルリスはもう一歩先に行っていた。ウルリスは薬に魔法をかけていた、魔法を込めているのだと言っていた。ダリオも真似をしてみたのだが、うまくできない。

 だが、こんなことをマナテアに話すことはできない。

「そうすると、どうなるのでしょうか?」

「ダリオの言葉を借りるなら、魔法、神聖魔法は生きる力を与えるものと言えばいいでしょう。白死病は、魔術的に見ると患者の生きる力が失われてしまうものです。本質は、たぶんこちらです。だから、最も効果的な治療は魔法だと言われているし、生きる力が足りなくなってしまうから体温も下がってしまう。魔法で生きる力を与え、薬を使って体を温めてあげれば、助かる人も増えるかもしれません。患者は毛布で体を温めるようにしていますが、それだけでなく薬も使った方が良いでしょう」

聖転生レアンカルナシオン教会でも、やってみますか?」

 マナテアの言葉はなかなか返ってこない。ややあって返って来たものは、ダリオが期待していたものとは違っていた。

「難しいかもしれません……アナバス教授が言っていたように、聖転生レアンカルナシオン教会では、薬は寄付をするお金を持っていない者が使うものだと思われています。薬を使うと言えば、反対する者がいるでしょう。やってみたいとは思いますが……」

「もし、やってみるなら声をかけて下さい」

 ダリオは、あまり期待はせずに言っておいた。彼女もアナバス教授も、チルベスの聖転生レアンカルナシオン教会にとっては外から来た人間だ。勝手なことはできないだろう。

「あの、代わりに魔法についても教えてもらえますか? 神聖魔法は生きる力を与えるって言ってましたが、怪我の治療とか、いろいろできると聞いたことがあります」

 ウルリスの他に、魔法を使う人物から話を聞く機会はなかった。他の人からも聞いてみたいと思っていたのだ。

「魔法の分類、魔法系統学というのが教授の専門なので、本当は、教授に教えてもらうのが一番ですが……」

 彼女は、そう言いながらも教えてくれた。

「生きる力を与えるというのは、白死病を治療する場合の話です。神聖魔法全体としては、神の神聖なる力を借り、生ある者に恵を与えるもの……とされています。病や傷を治癒するだけでなく、騎士が良く用いる力を強くしたり、動きを早めたりするものがあります」

「魔獣が使う魔法は、違う魔法ですよね?」

「そうですね。神聖魔法以外の魔法は、属性魔法と呼ばれています。火、風、水、土の四属性の魔法です。神聖でもなく、邪悪でもない。だから魔獣にも操ることができるのです」

 ウルリスは炎の魔法を使っていたが、ダリオには教えてくれなかった。教えてくれたのは、簡単な剣術と神聖魔法、それに魂≪スフィア≫の操り方だけだ。

「この神聖魔法と属性魔法の関係は、四角錐だと言う研究者もいます」

「四角錐?」

「ええ。平面上に存在する四角の頂点が、それぞれ四つの属性魔法。そして、その平面よりも上、四角の真ん中の上に存在するのが神聖魔法です。全ての頂点を結ぶと四角錐の形となるため、”魔法の四角錐”と呼ばれるのです。ただ……」

 魔法の系統についての話は、始めて聞いた。ダリオには、良く分からなかったが疑問もあった。マナテアがその先を言い淀んだことも気になる。

 それを尋ねようかと思った時、それが見えた。森の中にスフィアがうごめいていた。

『魔獣だ!』

 アンデッドはスフィアを持たない。スフィアが見えるということは魔獣がいる証拠だった。しかも、そこそこ強いスフィアが複数いた。

 ダリオ一人ならば、ミシュラを起こして逃げるところだ。しかし、今はそんなことはできない。幸い、森の中のスフィアは、まだダリオたちを標的と定めてはいないようだ。うろうろしているだけで、近寄って来る様子はなかった。

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