第9話 魔法抵抗

「良い香り。お茶屋になった方が良いかもしれませんね」

「ありがとうございます。薬草を集めていると、お茶にすると美味しい香草も手に入るんです。これは、ミナオの新芽で淹れたミナオ茶なんです」

「うむ。これなら商売になりそうじゃの」

 それぞれに食事を取り、ダリオは香草茶を振る舞った。これも、ウルリスに教わったものだ。

「不寝番を決めましょう」

 喉を潤していると、ゴラルが真剣な目で言った。ダリオが同行している三人は、最終決定をアナバスが下すものの、戦闘に関係することに関しては、ゴラルの言葉に従っているようだ。間違った道から引き返す時、野営を決めた時もそうだった。

「チルベスの周辺は、アンデッドが少なく、反面魔獣が多いそうです。魔法への警戒も考えて不寝番の組み合わせを決めたいと思います」

 ダリオは、野営をした経験はあっても、不寝番の組み合わせで悩んだことはなかった。今までは、ダリオ一人だけか、ウルリスかミシュラとの旅だった。考える必要がなかったのだ。組み合わせを考えるのはよいが、分からないことがあった。

「あの……どうして魔法への警戒が必要なんですか?」

 ダリオの問いかけに、ゴラルは残る二人を見た。二人とも静かにお茶を飲んでいた。たぶん、ダリオの問いは三人には常識的なことなのだ。当たり前のことを聞いてしまったようだったが、ゴラルは教えてくれた。

「アンデッドや魔獣が出た時に、正しい対処ができなければ危険度が増す。だから、教えるし、分からなければ尋ねるといい」

 そう前置くと、咳払いする。

「アンデッドも魔獣も、どこにでもいるが分布は偏っている。アンデッドの分布が偏っている理由は分からないが、魔獣の分布はアンデッドの影響によるものらしい」

「アンデッドが、魔獣を襲うからですか?」

「そうだ。奴らは、相手の数や強さに関係なく、命あるものには関係なく襲い掛かる。だから、アンデッドの多い地域では、魔獣が少なくなる」

「チルベスの周辺は、アンデッドが少ないから、魔獣が多くなっている、ということなんですね?」

「そういうことだ」

 話を聞くと、簡単に納得できることだったが、ダリオは知らなかった。

 今考えてみると、ウルリスは何よりも騎士団を警戒していた。野山にいるアンデッドや魔獣は、ウルリスから見たら弱すぎたのだろう。だからなのか、ウルリスに教わったことは少し偏っているようだ。

「そして、アンデッドよりも魔獣の危険性が高いということは、魔法による攻撃を受ける可能性も、また高いということになる」

 これはダリオにも分かった。魔法を使うアンデッドが存在することは知っている。しかし、話に聞いたことがあるだけで見たことはなかったし、野山ではない特別な場所にしかいないという。

 その一方、魔力を持つ獣だからこそ魔獣と呼ばれる。人の用いる魔法のように呪文を唱えたりはしないものの、同じような魔法を放ってくるのだ。

 ダリオが肯いて見せると、ゴラルは、火を囲む四人を見回した。

「不寝番で怖いのは、不意を衝かれ、不寝番が最初にやられてしまうことだ。だから、今回の場合は、物理攻撃に対してだけでなく、魔法攻撃に対して弱い組み合わせを作らないことが重要になる」

 理屈は理解できた。ただ、魔法攻撃に弱い組み合わせというのが分からない。

「魔法攻撃に対して弱い組み合わせというのは、どういうことですか? 魔法を使うアナバス教授とマナテア様が強くて、ゴラルと僕が弱いということになるのですか?」

「様は止めて下さい。マナテアでいいのよ」

 そう言って、今度はマナテアが説明してくれた。

「魔法を操るからと言って、魔法攻撃に強いということではありません。人によって魔法による影響に違いが出るのです。魔法学では、魔法抵抗力と呼んでいます。同じ魔法攻撃を受けても、魔法抵抗力が強ければ影響は小さく、魔法抵抗力が弱ければ影響は大きくなります」

「そうなのですか」

 知らなかった。素直に驚いた。ウルリスも知っていたのではないかと思うのだが、何故か教えてくれなかった。

「外見では分からないだろうが、この中で最も魔法抵抗力が強いのはお嬢様だ。この辺りにいる魔獣の魔法攻撃は、ほぼ無効化できるほどだろう」

「え?」

 これには驚いた。ダリオよりは年上とは言え、か弱い少女にしか見えないマナテアが、こと魔法に対する抵抗力では最も強いという。

「私も騎士だから、ある程度は耐性がある。問題は教授、とダリオだろう。だから、教授とダリオが組むのは望ましくない」

 ダリオは、魔法抵抗力というもの自体をしらなかった。自分の魔法抵抗力が高いのかどうかも分からない。

 ゴラルの言う通りだとすると、ダリオは、マナテアかゴラルと組むことになる。ダリオの希望としてはマナテアだったが、そんな希望を口に出来る雰囲気ではなかった。

「では、私がダリオと組みましょう。教授とはいつでも話せます」

「お嬢様がそれでよろしければ、構わないでしょう。魔獣にもアンデッドにも、遠距離の物理攻撃をしてくるものは少ないですが、多少なりとも物理攻撃に対応できる者が起きていた方がいいでしょう」

 そう言って、ゴラルは自分の荷物から小さな盾を外し、ダリオに差し出してきた。

「盾は使えるか?」

「いえ、使ったことがありません」

 行商人でも、護身用の武器は携帯するものの、盾まで持つ者は稀だ。ほとんど使わない上に、かなりの重さがある。馬車を持っている行商人の一部が、山賊に襲われた時のために持っていることがあるくらいだった。

「左手で、こうやって持つ」

 盾の持ち方を教えてくれたが、体の小さなダリオには重すぎた。ゴラルは、頭を掻いて言った。

「一応、ここに置いておく。使えそうなら使え」

 ダリオは、お茶を飲んでいたカップを片付けてミシュラの所に向かった。背負い袋から木の実を出そうとすると、ミシュラが声を潜めて言った。

「水だけでいいよ。水をちょうだい」

「分かった。ゴメンよ。今日は立ったまま眠れそう?」

 小さな桶を出して水筒から水を注いだ。

「頑張ってみる」

「無理だったら横になってもいいけど、出来れば立っていてくれた方がいいかな」

「うん、頑張る」

 ダリオが三人のところに戻ると、アナバスは既に横になっていた。

「先にお嬢様に休んで貰おうと思ったが、教授がもう眠いと言っている。お嬢様が先に不寝番で構わないと言っているから、私も先に休む。お嬢様が眠そうになったら起こしてくれ」

 そう言ってゴラルも横になった。マナテアは、石組みの炉を背に座っていた。

「薪は足してあります。反対側に掛けて下さい」

 彼女に言われるとおり、炉を挟んで反対側に炉を背にして座る。炉を視界に入れると夜目が利かなくなるからだ。こうして座れば、全周に目を配ることができる。

「領主のお嬢様なのに、野営にも慣れているんですね」

「アカデミーに居るよりも、治療団に加わっている時の方が多いですからね」

 そう言うと、彼女は薬の話を聞かせて下さい言ってきた。

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