第117話 遺跡と馬車

 その夜、開放祭に沸くチルベスから地下通路を抜け、ダリオは再び遺跡ルーインズに来ていた。

「何じゃと?!」

 アカデミーに推薦されてしまうことを告げると、予想した通り、サナザーラは怒り狂った。

「でも、どうしようもないよ」

「ラシュトに逃げるという手はある」

「マナテアを逃がそうとしていた、仲間がいるという街?」

 東部にある街だったような記憶があったが、定かではなかった。

「そうじゃ。我らの仲間が領主になっておる。そこまで逃げれば匿ってもらえる」

「領主に? じゃあ、街全体が仲間ってこと?」

「いや、領主だけじゃ」

「領主だけ?」

 現ラシュト領主は、領主の六男として生まれた。魔法の才があったためアカデミーにも呼ばれたものの、覚醒するまで、本人も自分の前世が不死王の配下だったとは思わず、疑われることなく監視をくぐり抜けたそうだ。

 不死王の生きていた時代には万能のファーサと呼ばれていた男で、正しくはフォスと言う名前だったそうだ。現世での名前はアバル・サルトナー。

 六男なので、領主になることはないと思っていたものの、白死病や事故で兄が死亡し、領主の座に付いたらしい。

「それなら、僕だってうまくやれば監視をくぐり抜けられるかも」

 そう言うと、サナザーラが目を細めた。

「うまくやれるとは思えぬ」

 確かに、ここに来たことを含め、ダリオは危ない橋を何度も渡って来た。現ラシュト領主、アバル・(フォス)・サルトナーは、忍ぶべき時は忍ぶことができる男だそうだ。彼ならば、ダリオのように言いつけを破って覚醒前にここに来ることはなかっただろうとまで言われてしまう。

「だけど、僕はまだ十三。しばらくは大丈夫なはず」

 それは確かなことだった。マナテアは十六才目前だった。教皇庁も、覚醒寸前になるまで見定めるはず。魔法の才があるだけで殺してしまえば、過去、教皇に従ってきた優れた魔術師まで殺してしまうことになる。

「何故、アカデミーに行きたがる? スサインに約したことを忘れたか?」

 忘れてはいない。自重し、教皇庁や聖転生レアンカルナシオン教会の謎を追うことはしないと誓った。そのことは覚えていたし、約束は守るつもりだ。

「でも、僕が知らないことは多いよ。ウルリス……ポルターシュはいろいろと教えてくれたけど、各地にどんな街があるのか、周辺の蛮族や各地の魔獣とか、まだまだ知らないことばかりだ。覚醒まで、そうしたことを勉強するには、アカデミーは都合がいい。剣の修行もできるはず」

「アカデミーで勉強しようというのか?」

 サナザーラの問いに肯く。

「ここに来る前に、アナバス教授にアカデミーのことを聞いたんだ。マナテアといっしょにチルベスに来ていたアカデミーの先生だよ。まあ、その人のせいでアカデミーに呼ばれることになってしまったから、ちょっと憎らしくもあるんだけど、その人も悪気があった訳じゃない。相談に行ったら謝られた」

 アナバスは「すまんのう」と言っていた。そのくせ「儂の所に来ないか?」と誘っても来た。どうやら、アナバスが専門とする魔法系統学は人気がなく、生徒はマナテアしかいなかったらしい。

「それに、アカデミーにいても、結構あちこちに動けるらしい。クルスという人の所から宝玉オーブを持ってくることもできるかもしれない」

 マナテアも、アカデミーに席を置きながら、治療団に加わっている時の方が多いと言っていた。教授に付いて、現地調査に行くこともあるそうだ。

 そう言うと、サナザーラは深くため息を吐いた。

「クルスは、オルトロの大聖堂カテドラルにおる。妾と同じように、アンデットとなり大聖堂カテドラルを守っておる。機会があれば行け」

「オルトロって!」

 マナテアの故郷だ。彼女もオルトロには遺跡ルーインズがあると言っていた。強力な魔術を使うリッチなどのアンデッドが多いらしい。オルトロに行けば、ゴラルにも会えるかもしれない。

「あっ」

 不意に気がついた。オルトロに意識を持って行かれてしまったが、サナザーラの言い方は、もうアカデミーに行くことを咎めてはいなかった。

「ごめん。サナザーラに心配をかけないようにするよ」

「ならば、連絡は絶やすな。クラウドと、エイトだったか、あれらが妾にも伝えるように言っておけ」

「分かった。ありがとう」

 アカデミーで、この世界全体のことを学びながら、機会を見つけてオルトロに行く。そして、スサインとも話し、宝玉オーブを預かる。

 何よりも、スフィアと神聖魔法を同時に扱う訓練をして、一日でも早くマナテアを復活リザレクションさせる。

 それが、ダリオの新たな目標となった。


     **********


 チルベスから出る馬車は満員だった。たまたま封鎖に巻き込まれてしまったという乗り合い馬車の御者は、晴れ晴れとした顔をしていた。ただ、彼も、そして馬車を引く馬も、ずいぶんと痩せていた。馬は、コール芋さえ食べられなかったのだろう。

 馬車の後端に座るダリオは、向かいに座るアナバスと共に、遠ざかって行く市壁を見つめていた。

「またいっしょになるとは思いませんでした」

「儂はそうでもないな。チルベスに向かっている時も、普通の少年とは思えなかったからの」

 巧く隠しているつもりでも、何か違うという印象を与えてしまっていたようだ。これからは、もっと注意しなければならない。

「それにしても、今度は二人だけとは寂しくなったな」

 ゴラルは、一人でオルトロに向かうという。ダリオが「そうですね」と答えると、アナバスの視線は、ダリオの肩の上に向けられた。

「その鳩は、どうしたんじゃ?」

「泊まっていた宿でもらったんです。宿で飼っていたんですけど、数が増えすぎて、つぶすって言うので、買いました」

「開放されたとは言え、チルベスの食糧難は続くじゃろうしなぁ」

 春の畑仕事が忙しい時期に街が封鎖された。今から畑に手を入れても、収穫は壊滅に近いだろう。彼らが苦労しないためにも、ダリオやアナバスのような、外から来た人間は、なるべく早く街を出た方が良かった。

「ところで、連れていた馬はどうした?」

「つぶされちゃいました。封鎖の間に、厩舎代も払えなかったので、チルベスに着いてすぐ売ったんです。開放されるって聞いて、買い戻すことも考えたんですけど、もう肉にされちゃったらしくて……」

 そう告げると、肩の上に止まっている鳩が急に暴れた。慌てて声をかける。

「ミシュラ、大人しくしててよ。焼き鳥にはしないから」

 もうチルベスは遠くなり、森の中にそびえ立つ遺跡ルーインズも小さくなった。それでも、遺跡ルーインズの上と下に、明るく輝く紫色のスフィアが見えた。

『すぐに来ます! それまで、さよなら』


終わり

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碧(あお)のスカラベオ 霞ヶ浦巡 @meguru-kasumigaura

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