第116話 開放祭

 あれから十日が経っていた。ヌール派教会の礼拝堂はとうに空だ。新たな患者の発生はなく、残っていた患者の一部は助けることができた。

 聖転生レアンカルナシオン教会の方も同じような状況らしい。それでも、アナバス教授は病が広まることを警戒して、なかなか解放することに同意しなかったそうだ。原因がスカラベオだと知らないのだから仕方なかった。

 それでも、やっと明日の日の出をもって街が開放されると決定された。おかげで、今日はどこでも大騒ぎをしていた。開放祭だ。

 聖転生レアンカルナシオン教会が、保管していたワインを、市内の宿に配ってくれたおかげで、各所でどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。旧市街だけでなく、新市街にも配ってくれたそうだ。おかげで白犬亭も賑やかだった。ただ、食べるものははコール芋くらいしかない。それでも構わないようだ。タイトナも、自分の好き勝手に歌っている。

 ダリオは、そんな浮かれた気分にはなれなかった。だから、エイトを手伝って、厨房で皿を洗っていた。

「ダリオ、客が来てるぞ。聖転生レアンカルナシオン教会からだ」

 クラウドの声が響き、身を固くした。今さら、ショールたちを倒したことに関係する話だとは思えない。それでも、聖転生レアンカルナシオン教会がダリオに用がある理由が分からなかった。いっしょに皿を洗っていたミシュラも不安な顔をしていた。

「行ってくるよ。大丈夫」

 クラウドが言う客は、玄関先に立っていた。法服を着ている。簡素なもので、位は高く無さそうだが、下働きの者ではなく、ちゃんとした聖職者のようだった。

「薬売りのダリオ君ですね。私はチルベス教会のワデムです。助祭として働いております」

 ワデムと名乗った聖職者は助祭らしい。トムラより下位の聖職者だが、よほど立派な法服を纏っていた。

「これを」

 そう言って、彼は一枚の紙をダリオに差し出した。

「チルベス教会を預かるナグマン大司教からの招待状です」

 飾り文字で書いてあり、読み取ることは難しかった。

「明日の日の出、街の開放と同時に、開放を祝う礼拝が行われます。その際に、ナグマン大司教より、ダリオ君に授けるものがございます。日の出よりも少し早めに聖転生レアンカルナシオン教会教会までお越し下さい」

「授けるもの……何ですか?」

「それは秘密……と言いたいところですが、突然では混乱するでしょう。お知らせするために私が来たのです」

 そう言ってワデム助祭は、ダリオが礼拝に招待されている理由を教えてくれた。

「ダリオ君には魔法の才があります。故に、ナグマン大司教より推薦状が授与されることになりました」

『なぜバレた?』

 心臓が激しく鼓動を打つ。ただ、不死王の転生者だと露見した様子にはみえない。ワデムは和やかに笑みを浮かべ、あくまでめでたいこととして話していた。

「授与されるものは、聖都ストーナにあるアカデミーへの推薦状です。これによって特別生としてアカデミーに迎えられます」

「特別生?」

「ええ、通常の学生と違い、一切の学費が免除されるだけでなく、生活に必要な費用も支給されます。覚醒前に魔法の才を発現した祝福されし者ギフテッドにだけ与えられる特典なのです。どうやら不死王配下の転生者だった疑いが強くなっていますが、先日まで聖転生レアンカルナシオン教会で白死病の治療にあたっていたマナテア・オジュール嬢も、この特別生でした」

 タイトナに聞いた話が脳裏に浮かぶ。

『不死王を始め、彼の配下には多くの強力な魔法使いがいました。彼らが輪廻転生し、再びこの世に生を受けた場合、祝福されし者ギフテッドとなる可能性が高い。アカデミーは、祝福されし者ギフテッドを集め、監視し、復活した不死王とその配下を探し出すために作られた……と言われています』

 特別生というものは、祝福されし者ギフテッドを監視するためにあるのだろう。恐らく逃げられないのだと想像できたが、できるだけ抵抗したかった。

 特に、魔法を使えることが露見した理由は確認しておきたかった。できれば、間違いだということにしたいくらいだ。

「でも、僕は魔法なんて使えません!」

 ワデムは首を振った。

「魔法として自覚していないだけです。無自覚のうちに魔法を使える。これは大変な才なのです」

 ヌール派教会で、こっそりと治療していたことがバレたのだろうかとも考えたが、そんなことはなかった。

「あなたは、ヌール派教会で薬を使った治療をしていましたね」

「はい」

「ヌール派教会には、トムラ司祭もおりましたが、彼一人の力とは考えられないほど白死病から回復した者が多かった。それを知った治療団のアナバス教授が視察に来たはずです」

「ええ、一度見に来られて、薬での治療について説明しました」

「その折、アナバス教授が少量の薬を頂いてきたそうですね。アナバス教授は、お気づきにならなかったようなのですが、その薬を見たナグマン大司教が、気付いたのです! 薬には治癒の魔力が込められていた。ナグマン大司教は、アカデミーにおいて物体に魔力を付与する付与魔術を学んでおられた。だから気付いたのです」

『何てことだ!』

 驚いた。あの時、アナバス教授が持っていった薬が、露見した原因だったらしい。魔力の付与は苦手だったが、ウルリスがやっていたから練習はしていた。ほとんど魔力は籠もっていなかったはずだが、ナグマンはそれに気付いてしまったらしい。

「あなたは、薬が高い効果を発揮するよう祈ることで、自然と薬に治癒ヒールの神聖魔法を込めていたのです。これは、アカデミーで学び、その能力を世界のために役立てるべき才能なのです」

 ダリオが口を開けずにいると、ワデムは更に言った。

「自覚がなかったのですから驚くでしょう。ですが、ナグマン大司教は絶賛しておりました。誇るべきことなのですよ」

 ナグマンの顔を見たのは一度だけだ。遺跡ルーインズに行くため、封鎖団で街の外に出る許可をもらおうとした時だ。考えてみれば、あの時ナグマンは許可えるために後押ししてくれた。薬草に込められた魔力に気付いていたからかもしれなかった。

 ナグマンのおかげで遺跡ルーインズに行けたし、白死病の謎に迫ることもできた。それは幸いだったが、アカデミーに呼ばれてしまったことは不幸としか言いようがない。抵抗したかったが、行きたくないとも言い難い。

 アカデミーが、不死王の関係者を集めているのなら、抵抗すれば疑われる。

「そ、そうなのですか。ですが、学費や生活費が貰えると言っても、旅費がありません」

「それも問題ありません」

 そう言って、ワデムは腰に付けていたポーチからメダルを取り出した。見覚えのあるものだった。チルベスに入る際、マナテア達が持っていたものだ。

「このメダルを持つ者の宿泊や食事代は、その街の教会が負担することになっています。このメダルがあなたに与えられます。豪遊されては困りますが、過去そのような方はいらっしゃいませんでした。また、このメダルは市壁の門を通過する際の身分を証明するものともなります」

 確かに、検問に立っていたウェルタも、このメダルを確認して彼らを通過させていた。これは、いよいよ断る理由がなくなってしまった。

 しかし、特別生としてアカデミーに行けば、マナテアと同じように監視されることになる。断って逃げれば、それこそ追われることになる。ウルリスでさえ逃げ切れなかった。とても、今のダリオに逃げることができるとは思えない。

「いきなりの話で不安だと思いますが、祝福されし者ギフテッドとして生を授かったことは、世界を救うための神の意志です。祝福されし者ギフテッドとしての義務なのです。アカデミーとそれを運営する教皇庁は、可能な限りの手助けを致します。明日の日の出に、必ず来て下さい」

 ダリオに反論を許さず、ワデムはそう言って帰っていった。

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