第95話 密談

 とにかく三人は仲間になった。

「夜明けも近くなってきましたが、戻る前に、もう一つ話しておかなければならないことがあります」

「お嬢様のことだな?」

 ゴラルの言葉に肯いてみせる。

「僕やマナテアは、不死王関係者の転生者だと教皇庁に明らかになれば、徹底的に追跡を受けます。僕のことを守ってくれたウルリスは、薬の行商をしながら聖転生レアンカルナシオン教会の少ない東部と北部を回っていました。それが、一番目立たずに済むと考えていたようです。ただ、同じことをマナテアがするのは無理だと思います」

「今も粗食には耐えていますよ」

 封鎖されたチルベス全体で食料は枯渇している。ダリオよりはマシなものを食べているかもしれないが、それでも粗食には違いない。マナテアの言葉は真実だったが、ダリオだけでなくウェルタからも否定された。

「いえ、直ぐに不審の目を向けられるでしょう。私でさえ危ない。身についた育ちの良さがあだになります」

「庶民の振りをすることは難しいですか……」

 マナテアに肯いて続ける。

「だから、逃げる先は仲間が匿える場所がいいということでした。ですが、そこに行くまでに追跡を撒く必要があります」

「本当に匿える場所なんてあるのか? それなりの町じゃなきゃ無理だろう」

 ダリオはスサインの言うことだから疑っていなかった。しかし、聖騎士団のウェルタとしては驚きなのかもしれない。不死王に与する者が、今もどこかに潜みながら、それなりの拠を構えていることになる。

「大丈夫じゃ。ちと遠いが」

 サナザーラが言うと、ウェルタも「それなら」と納得したようだ。

「話を戻します。追跡を撒くために問題なのは、そもそも今軟禁されていることです。今のうちに、この遺跡ルーインズから抜け出すこともできますが……チルベスから居なくなれば、スサインは騎士団が封鎖を解いてでも追ってくるだろうと言っていました。もしそうなれば、さほど逃げないうちに追い着かれます」

「封鎖の解除も近づいてきたように思いますが、解除された後なら尚更でしょうね」

 マナテアの言葉に肯いてみせる。

「だから、できれば異端審問にかけるための軟禁が解かれるているのが良いのですが、どうしたら異端審問をなくせますか? ショール司祭を倒せばいいですか?」

 ダリオは、いきなり強行策を示した。他に思いつかなかったからでもある。

「いいのか? いきなり教皇庁に喧嘩を売ることになるぞ」

「ウルリスは聖騎士団に殺されました。このままなら、マナテアも処刑されます。それに、ショール司祭は、スカラベオを使って街の人の生命力を集めていました。許していいことじゃありません」

「倒して異端審問が解かれるなら倒すのは構わぬが、当然、我らが動いたことは露見せぬようにせねばならぬぞ」

 サナザーラの言葉に肯いた。人殺し、しかも教会の聖職者を殺したとあっては、それだけでお尋ね者だ。それを聞いて要点をまとめてくれたのはウェルタだった。

「問題は、倒すべき対象がショール司祭だけなのかだろう。封鎖団は団長のエネクター様を始め、マナテア様を異端視するショール司祭の言葉には疑問を持っている。ショール司祭が殺されたのではなく、行方不明になるのなら、封鎖団の聖騎士が動くことは多分ない。チルベス教会のナグマン大司教がどう考えているのかが問題だな」

「ナグマン大司教も問題はない。異端審問にかけるという話を聞きつけ、すぐにお嬢様の下に来られた。何とかしてやりたいが何もできないと謝罪されていたくらいだ」

「それなら」

 ダリオが、声を上げるとゴラルが語気強く遮った。

「だが一つ懸念がある。ショール司祭に付いている護衛の聖騎士だ」

 その言葉にウェルタも肯く。

「あの二人、騎士ソバリオと騎士トノは封鎖団ではないから、エネクター様の命令も聞かない。それに……」

 彼は、一度言葉を切ってから続けた。

「それに、彼らは教皇聖下直属の近衛聖騎士だ。単なる護衛ではないだろう。ショール司祭とスカラベオについても知っているに違いない。彼らに怪しまれたら、元の木阿弥になる」

「倒すなら、ショール司祭だけでなく、その二人もいっしょに倒さなければならないということですね。その二人は強いのですか?」

「その二人の戦いを直接見たことはない。だが、近衛聖騎士は強い。一度、他の近衛聖騎士の試合を見たことがあるが強かった。私が防御に徹しても、どれだけ耐えられるか分からない」

 そうなると、かなり難題だと言えそうだ。

「正直に言って賛成はできぬのだが……やるならば、誘い出せ」

 鈴の声が響いた。グラスを置き、真剣な顔をしたサナザーラだ。

「ここまで誘い込む方法を考えよ。妾が加勢すれば、近衛だろうが蹴散らしてくれる。それができぬのなら、戦うことは諦め、何とか逃げる方法を考えた方がよい」

「この遺跡ルーインズまで誘い込むことは事だ。外には出られないのか?」

 ウェルタの問いに、サナザーラが口惜しそうに答える。

「妾の身には、特殊な魔法がかけられておる。この大聖堂カテドラルを出ると、十全の力を振るうことはできぬ。多少離れたくらいなら聖騎士程度容易いが、チルベスまで出向けば厳しいじゃろう」

 やらなければならないことははっきりしたが、やる方法が問題だった。目処が立たず、全員が口をつぐむ中、マナテアが声を上げた。

「ダリオ」

この相談を始めてから、彼女は一度も口を開いていない。ショール司祭を倒すことに抵抗があるのかもしれなかった。

「そろそろ戻らねば、明るくなり始めます」

 遺跡ルーインズに来てから、かなり経っていた。地下道を戻るにも時間を要することを考えれば、そろそろ戻らなければならない。

「戻りながら考えましょう」

 腰を浮かせたゴラルの言葉に、全員が立ち上がる。

「また来ます」

 サナザーラに告げて帰ろうとすると、彼女に止められた。エイトの時と同じように、マナテア達も遺跡ルーインズに入れるように執事スケルトンに告げるためだった。

「妙な気分だ……」

 執事スケルトンを見つめるウェルタの言葉を聞きながら、サナザーラのいる部屋を辞した。

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