第104話 挟撃と機会(ダリオ、アデノール視点)

 ダリオは、ワイン蔵の地下、並べられた棚の奥で息をひそめていた。ゴラルとウェルタもいっしょだ。

 ミシュラやマナテアが、うまく逃げられず、捉えられそうになれば飛び出すつもりだった。幸い、そんなことにはならずに済んだ。ミシュラは地下通路で待つマナテアの元までたどり着き、その様子を追いかけてきたソバリオとショールに目撃もされた。

 ダリオは、三人の顔を見たことがない。せめてショールの顔だけでも見たかったが、ゴラルとウェルタが前にいたため、ちらりとしか見えなかった。それでも、騎士並の上背に、骨張った容貌から威圧感を感じた。手にしていたものはねじくれた木の杖だったが、あの体格で殴られたらただでは済まないだろう。

 ソバリオが先行して逃げる二人を追い、ショールはトノを待って続くと行っていた。三人が、まとまって追ってくれることが望ましかったが、ほぼ予定通りと言えた。

「うまくいきそうだな」

 囁いたウェルタに肯く。

「ショール司祭ともう一人の護衛が来ます」

 ダリオは、ワイン蔵に近づいて来る二人のスフィアを見ていた。ウェルタもゴラルも、剣の柄に手をかけ不測の事態に備えている。

 ショールとトノは、足音を忍ばせ、ワイン蔵のドアも音を立てないよう静かに開けていた。教会内にいる他の人達には悟られないように行動している。これで、この三人を倒せば、三人が突如行方不明になったことになる。教会内を調べることで、例えこの地下通路の存在が明らかになっても、マナテアを異端審問にかける者は存在しなくなるだろう。

『成功するはずだ!』

 ダリオは、拳を握りしめた。ショールとトノが地下通路に入り、走る足音が遠ざかっていった。

「追いかけましょう」

 ダリオは立ち上がった。

「サナザーラは、十分に距離を取って追いかけるようにと言っていたはずじゃないのか。焦るな」

 ウェルタの言葉通り、サナザーラはそう言っていた。挟撃するとしても、なるべく遺跡ルーインズに近い場所で挟撃するためだ。

「でも、二人は走って行きました。先に入った騎士も先に行っているはずです。もう十分じゃないでしょうか。暗くてもスフィアを見れば、おおよその距離も分かります」

「この地下通路は長い。もし途中で引き返されたらまずいことになる。もう少し我慢しろ」

「だが、お嬢様が心配だ。奴らは必死で追っている。もう良いだろう」

 ゴラルも立ち上がった。それを見て、ウェルタも、舌打ちして立ち上がる。

「仕方ない。行くか」


     **********


 ショールとトノが東の庭に出て行った時、聖騎士見習いアデノールは、回廊の角からその様子をこっそりと窺っていた。武装した上、慌ただしく出て行くにもかかわらず、その事を封鎖団の聖騎士にさえ悟られないように行動していることは妙だった。東の庭に面した窓に近寄り、木戸の隙間から彼らの動きを確認すると、蔵に入っていった。

 彼らが秘密の活動をしていることは明らかで、その謎に近寄ることは危険に思えた。しかし同時に、名を上げる機会かもしれなかった。聞き間違いでなければ、マナテアを神敵に認定すると言っていた。

 アデノールは、その実力から聖騎士見習いになれたとは言え、下級貴族の出身で妾腹の子だ。実力だけでのし上がることが厳しいことも分かっている。

『追ってみるか?』

 しかし、今日の彼女は封鎖団事務所に不寝番として詰めていた。しかも、もう一人のロストルが正規の不寝番で、彼女は何かあったときの伝令役に過ぎない。如何に功績を挙げたとしても、勝手に持ち場を離れたとなれば、むしろ叱責されかねなかった。それに、彼女が得意とする槍は、封鎖団の事務所に置いてある。トノは盾まで持っていた。ナイフ一本で彼らを追うことは危険だった。

 仕方なく封鎖団の事務所に戻り、ロストルに目にした状況を告げる。

「神敵を追っているのだとすれば、彼らが全滅する可能性もあります。近衛聖騎士がいるとは言えわずか二人。最悪、彼らがどうなったのかを報告する必要があります」

 アデノールは、その程度で済ますつもりはない。一旗上げるなら、もっと大きな功績をなした方がいい。ただ、この場はロストルが動くための理由を示すことが大切だった。

 幸いだったことは、彼も名を上げる機会を見逃すような男ではなかったことだ。ただ、彼の場合、アデノールと異なり足りないのは実力の方だ。

「良し、追ってみるとするか。日誌、いや適当な紙に書き残しを書いておけ」

 何か不都合なことが起これば、二人で追うことを含めて握りつぶした方がいい。そのために、日誌ではなく適当な紙に書くのだ。ロストルは、なかなかに抜け目なかった。経緯を書き殴り、愛用の赤く塗られた短槍を手に、ロストルに続いて事務所を出た。

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