第16話 検問

 市壁の門から二百マグナほど手前に、騎士団が検問を設けていた。と言っても道路脇に小さな天幕が張られ、槍を手にした騎士が一人、ただ立っているだけだ。通る者など誰もいないのだから、それで十分だった。少し離れた場所に、もう少し大きな天幕が二張り張られている。

 検問の騎士は、ダリオ達を目にして驚いていた。胸に聖騎士団の紋章、太陽とスカラベオが彫られている。鎧は、ダリオがかつて目にした白銀の鎧ではなく、鈍色のものだ。騎士団にも序列があるのだろう。

「見ての通り、チルベスは封鎖されている。白死病が発生しているからだ。入ることは可能だが、封鎖が解除されるまで出ることは許されない。名前、属する組織、行き先と目的を述べよ」

「こちらは、オルトロ領主テマーク・オジュール様のご息女マナテア様だ。現在はアカデミーで学ばれている。治療団に加わるためこちらの教会に行かれる。私はオジュール家に仕える騎士ゴラル・トレスニカ、お嬢様の護衛だ。後の馬上はアカデミーのアナバス教授、同じく治療団として教会に行く」

 ゴラルが答えると、騎士はダリオの方を見た。

「その少年は?」

「僕は薬の行商をしているダリオといいます。ヌール派の教会に行きます」

「ヌール派の教会に?」

 その騎士も、ヌール派の教会で薬を使って治療を行っていることを知らなかったようだ。怪訝な顔をした騎士に、ダリオは三人に話したことと同じ説明をした。

「ヌール派の教会が治療を行っているという話は、以前にも聞いたことがあるぞ」

 アナバスが助け船を出してくれたおかげで、騎士は「そうですか」と言った。信じてくれたようだ。

「では、そちらの三名はメダルを拝見させて下さい」

 騎士がそう言うと、マナテアたちはネックレスのようにして、首元からかけていたメダルを取りだした。金貨のように見えた。彼らの身分を証明するものらしい。

「結構です。では、お三方はお通り下さい。通りを真っ直ぐに行けば教会があります。小僧はここではなく北門から入れ。ここを入ると旧市街だ。ヌール派の教会は新市街にある。ここは東門だ。右に行くと北門がある。北門の検問で、同じように確認を受けるように」

 古い都市では、旧市街と新市街が別れていることがある。チルベスもそうらしい。大抵は、旧市外には裕福な者が住み、新市街は貧しい者が住んでいる。近隣から移り住んで来た者が市壁の外に家を作り、そこを新たな街の区域として、更に外側に市壁を作った結果らしい。

「分かりました。門まで、この方をお連れしても良いですか?」

 アナバスを指し示しながら問いかけると、騎士に渋い顔をされた。

「馬は小僧のものか」

 少し悩んだ様子だったが、結局騎士は首を振った。

「だめだ。ご老人も、ここで馬を下りて徒歩でお入り下さい」

 もめるかもしれないと思ったが、アナバスは「やれやれ」と言ってミシュラから降りた。市壁の門に近寄っただけの者であっても、外をうろつくことをさせないつもりなのだろう。かなり厳密に封鎖を行っている。

「教会まで送ってもらおうと思ったが仕方がない」

 ぼやくアナバスの傍らに、ゴラルがやってきて銅貨を渡された。十デルカ銅貨が四枚だ。

「四十デルカありますが?」

 約束は三十デルカだった。

「お嬢様を助けてくれた礼だ。大した額ではないが、取っておけ」

 後ろで、マナテアが微笑んでいた。彼女が多めに渡すように言ったのだろう。

「ありがとうございます」

 ダリオは、礼を言って三人に別れを告げた。

「道中、話を聞かせて頂きありがとうございました。マナテア様、アナバス教授、ゴラル様の道行きに神の祝福が有らんことを」

 すると、マナテアがすっと近寄ってきた。

「助けてくれてありがとう。ダリオに神の祝福が有らんことを」

 そう言って、両の掌を開き、親指と親指、人差し指と人差し指を付けて教会の印を作った。ダリオの言葉は、ただの挨拶だったが、マナテアのものは祝福の祈りだ。

「あ、ありがとうございます」

 ダリオも慌てて祝福の印を結ぶ。あまり似ているとは思わないが、教会の象徴、スカラベオを模したものらしい。

 三人の後ろ姿を見送りながら、ダリオは騎士に尋ねた。

「北門まで、どのくらいの距離がありますか?」

「五ドローナくらいだな。それがどうした」

 千マグナで1ドローナになる。五ドローナなら急げば一時少々で着くだろう。まだ昼にもなっていない。

「ここに来る途中、道の脇にも薬草がありました。市内に入ったら出られないのですよね。なるべく薬草を採っておこうと思います」

「そういうことか。日没になったら、ここも北門も閉鎖されるからな」

「分かりました」

 ダリオは踵を返すと森の縁を目指し、早足で歩き始めた。

 ダリオの背後、閉まりかけた市壁の門の向こうから、振り返ったマナテアが見つめていた。

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