第4話 チルベスに向けて

 カルナスの町を囲む壁を抜けると畑が広がっていた。まだ、ほとんど緑のない畑の中で、多くの農民が立ち働いている。その中を、ほとんど直線の道が貫いていた。日が昇っても肌寒かったが、天気は良かった。

 前方を警戒するゴラルが先頭に立ち、その後をフードを被った人物が続いている。カルナスを出ると、離れず着いてくるようにと言っていた。ミシュラの引き縄を引くダリオはその後だ。ダリオは、どうにもこの人物が気になっていた。フードを被り、顔や姿を見ることができなくとも、この人物が強いスフィアを持っている事が分かるからだった。胸のあたりに、まばゆい輝きが見えていた。

『ウルリスと同じくらいだ』

 彼女も強いスフィアを持っていた。


 薬の行商をしていたウルリスが、ダリオのいた村を訪れた時、ダリオ以外は全員が落命していたという。ダリオも白死病に冒されていた。助かったのは、ウルリスが薬と魔法で治療してくれたおかげだ。

「お母さんと、お父さんは?」

 話をできる程度に回復し、ウルリスに尋ねた。ダリオのいた小さな家の中には、二人の姿が見えなかった。

「亡くなっていたわ。他の人も、あなた以外は、村の人全員。村の外れのお墓が並んでいたところに埋葬してある。元気になったらお祈りしなさい。花を添えられればいいんだけど、今は無理ね」

 家の外には雪が積もっている。

「僕だけ?」

「ええ、あなただけ。名前は?」

「ダリオ……です」

 村人の顔や髪の毛が白くなり、大人達が”白死病だ”と騒いでいたことを覚えていた。恐ろしい病気だと聞かされていた。”呪いだ。呪われたんだ!”と叫ぶ者もいた。

 両親だけでなく、仲の良かった友達も、気の良い村長も、みな死んでしまったと聞かされ、自然と涙がこぼれた。

「あなたは、とても強い魂をもっているわ。だから助かった」

 彼女は、ダリオの涙を拭いながら言っていた。

「魂?」

「そう魂。誰もが持っているもの。死んだ後も輪廻転生によって、また人の生を歩むために必要なもの。生きとし生けるもの全てが持っているものよ」

 そう言って、彼女はダリオの胸に手を当てていた。


 その後、ダリオが歩ける程に回復するまで、一週間ほどかかったと記憶している。外は雪で、日中でさえ、家の中は薄暗かった。

 目覚めてから数日後だったと思う、ダリオがうとうととしていると、ウルリスが自らの胸の前に両手をかざし、何かを包み込んでいるような仕草をしていた。

 何をしているのだろうと思いながら見ていると、彼女の両の掌の間に、紫色の光が見えた。いや、見えたような気がした。目に映っているのではないことは、ダリオにも分かった。しかし、見えているとしか言いようがなかった。不思議な、それでいて美しい光景だった……


 そのまま眠りに落ちてしまったのだと思う。目がさめると、ダリオの隣でウルリスが寝ていた。家の中央にある炉の炎が弱まり、小さな家の中は冷え冷えとしていた。

 ウルリスのおかげで、かなり回復してきた。じっと寝ているのはつまらない。とは言え、まだ寝床から起き出すほどの元気はなかった。目をつむると、ウルリスの両の掌にあった不思議な光がまぶたに浮かぶ。あれは、なんだったのだろう。

 彼女と同じように手を胸の前に両手をかざし、あの光を思い出す……すると、自分の胸の中にも、あの紫色の光があるような気がした。そう思って首をもたげ、胸元を見下ろすと、それが見えた。驚いて瞬きをしてみる。それでも見えた。瞬いている間にも見えていた。同時に、その光が当たっているためなのか、両手が温かく感じられた。指先は白く、冷たく冷えているはずだったが、暖かく感じられた。

 驚いて手を降ろすと、光は消えた。恐る恐る手を上げると、再び輝き出す。それを何度か繰り返していると、光が手を温めているのではなく、手が水面のように光をはじき返しているように感じられた。

 自分の手の動きに光が応えている。そう思うと、ウルリスがやっていたように、胸の前に光を持ってくることができるかもしれないと思えた。

『こっちに来い』

 少しづつ手を動かし、光を操ろうと試みていると、ゆっくりと光が動いた。ダリオの心は歓喜に包まれた。この光が何なのか分からなかったが、無性に嬉しかった。そして、歓喜に呼応するがごとく、光が輝きを増す。いつの間にか、弱々しかった光が、閃光を放つ光球と化していた。

『スゴイ!』

 そう思った瞬間、左の手首を掴まれた。左を見やると、体を起こしたウルリスが目を見開いてダリオの腕を掴んでいた。光が弱まり、胸の中に消えて行く。

「何をしたの?」

 今まで、ウルリスは優しく看病してくれていた。その彼女からは、想像のできない声だった。

「ご、ごめんなさい」

 ダリオが答えると、彼女は激しく首を振った。

「違う。何をしたの?」

 彼女に掴まれている手首が痛かった。何と答えるべきなのか、ダリオは混乱した。慌てて体を起こす。

「真似をしてみた。お姉さんがやっていたのが見えた。真似してみただけなんです。ごめんなさい」

 彼女の顔は、驚愕で固まっていた。ダリオは、自分が何かとんでもないことをしでかしてしまったのかと怖かった。目を伏せ、彼女の言葉を待つ。しかし、いつまで経ってもウルリスは何も言ってくれない。

 ダリオが、おずおずと目を上げると、彼女はダリオの腕を掴んだまま泣いていた。両の目からぽろぽろと涙をこぼしながら泣いていた。ダリオは、更に混乱させられた。

「神よ、感謝致します」

 ウルリスは、そう言って、掴んでいたダリオの腕を引き寄せた。そして、両腕でダリオを抱きしめてきた。

 もう、混乱どころではなかった。ダリオは訳が分からず、ただ泣き続けるウルリスに抱きしめられていた。豊かな胸に抱き留められ、息が苦しい。

 ひとしきり泣いていた彼女が、今度はやおらダリオの体を離し、両肩を掴んできた。

「体を起こして大丈夫なの? 具合は?」

 言われて驚いた。

「大丈夫……みたい」

 つい先ほどまで寝床から起き出すほどの元気はなく、横たわっていたはずだ。それが、まだ体のダルさは感じるものの、上半身を起こしていても辛くはなかった。

「そう、それならいいわ。でも、まだ休んでいなさい」

 そう言われ、ダリオは寝床に体を横たえた。

「あの……ごめんなさい」

 ダリオは、ウルリスの様子を窺いつつ、もう一度謝った。

「いいのよ。私の方こそ、驚かせてしまってごめんなさい」

 彼女は、毛布を引き上げてダリオの肩にかけてくれた。そしてポンポンとかるく叩くと真剣な顔で言葉を継いだ。

「でも約束して。あれは、他の誰にも見せてはダメよ。私がいる時、私の目の前でならやっていいから。一人で勝手にやってはダメよ」

「わかった……」


 その後、ウルリスは、あれはスフィアなのだと教えてくれた。そして、スフィアを制御する鍛錬を毎日続けるように言われた。その言いつけは、今も守り続けている。今では、自分のスフィアは自在に扱えたし、他人のスフィアは意識を集中しなくとも見ることができる。

 スフィアは、色や形、輝きの強さが人によって少しづつ違う。ウルリスのスフィアは、強く輝いていた。今まで見た中で、一番の輝きだった。

 その彼女のスフィアに匹敵するほどの輝きが、今、ダリオの目の前にあった。周囲の畑は姿を消し、丈の短い草が生い茂る草原になっている。遠くに羊飼いの姿と羊の群が見えた。

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