第91話 誘い
ダリオは、三階にある大部屋のドアを目の前にして深呼吸した。サナザーラが残ってくれたので、酷いことにはなっていないはず。それでもマナテアから話を聞かされたはずのウェルタが気になった。マナテアと違い、教皇庁に疑いを持ってはいなかっただろう。
「よし」
覚悟を決めてドアを押し開く。やはり、ウェルタは深刻な顔で長机に着いていた。マナテアの向かいに座っている。目だけをダリオに向けてきた。マナテアと彼女の後に立つゴラルの顔は見えない。サナザーラは、我関せずの呈でグラスを傾けていた。
話は終わっているようだ。三人は、サナザーラから少し離れて座っている。どこに座るか悩ましかった。ただ、自分の立場を表すためにも、マナテアとゴラルの背後を通り、サナザーラの近くに行く。椅子を引き、長机に向かうのではなく、マナテアの方に椅子を向けて座った。
誰も話しかけてこない。それであれば、まず、三人に知らせるべき情報からだ。
「スサインに話を聞いてきました。スカラベオは、間違いなく魔導具だろうということでした」
以前に聞いていた魔導具としての機能についても話した。七日間に渡って生命力を吸収し、体外に出てくるという推測だ。
「生命力を集めてどうしているのでしょう?」
マナテアの問いには首を振る。
「予想はできるものの、今は裏付けとなるものが何も無いと言ってました」
「本当なのか?!」
ウェルタはさらに動揺してしまったようだ。マナテアから話してもらって良かった。最初からダリオが話したのでは、信用されなかったかもしれない。
ただ、今は動揺しているウェルタに信じてもらうよりも、マナテアと話した方が良さそうだ。
「マナテア」
彼女の横顔に話しかける。ダリオに向けられた水底を宿したかのような碧い瞳は、静かな不安を宿していた。
「僕らの仲間になりませんか?」
単刀直入に告げた。彼女の向こう側で、ゴラルが身じろぎしたことが分かる。それでも、畳みかける。
「僕は、この世界を白死病から救いたいと思っています」
「そのために、アンデッドで世界を埋め尽くすのか?!」
激しい調子で口を挟んできたのはウェルタだ。
「そんなつもりはありません。それに……人を襲っているアンデッドは、不死魔法に関係がないんじゃないかと思ってます。少なくとも、僕が知っているアンデッドを作り出す不死魔法は、この部屋に並んでいるスケルトンのように、命令を聞くアンデッドでした」
ウェルタは、視線をダリオからサナザーラに向けた。
「
サナザーラがグラスを置く。
「我が知るのは剣だけじゃ。その方は、妾が語る魔法の話を信じるのか?」
魔法のことは分からないということだろう。知識としては知っているのかもしれない。それでも、彼女はうわべだけの知識を語ろうとはしない。ウェルタは、サナザーラの言葉で口を噤んだ。マナテアに向けて、もう一度語りかける。
「僕は、この世界を白死病から救いたいと思っています。その原因には、間違いなく教皇庁、
「この
ゴラルの問いに首を振る。彼も、マナテアが助かる道があるなら仲間になることを認めてくれるかもしれない。
「ここで生活することは難しいみたいです」
マナテアは、何も置かれていない長机の上を見ていた。ダリオは、その彼女の横顔を見つめる。彼女の唇がわずかに動く。
「死ぬことは怖くありません。だけど、ただ殺されることには納得できません。でも……そのために誰かの仲間になる、それが不死王であろうとなかろうと、何か違うように思うのです」
彼女の気持ちは、何となく分かるような気がした。それは、単に死ぬことから逃げているだけだからだ。
「ダリオは、この世界から白死病を無くすと誓えますか?」
マナテアが、こちらを向き、真っ直ぐに見つめて来た。
「死んでも、そして生まれ変わっても、この世から白死病を無くすまで戦います。マナテアが一緒に来てくれなくても戦う。それは誓えます。でも、一緒に来てくれたら嬉しい」
ダリオの素直な気持ちだった。そのまま言葉を続ける。
「一昨日、ヌール派教会に来てくれましたよね」
「ええ」
「あの時、本当に抗いたいものは自分の運命だって言ってました。抗って下さい。教皇庁が、何か大きな嘘を吐いていることは間違いありません。マナテアが抗うなら、手助けができます!」
ダリオがそう言っても、マナテアは悩んでいる様子だった。彼女は、
「何を悩んでいるのですか?」
ダリオが問いかけると、彼女は消え入りそうな声で答えた。
「オルトロの両親や兄たちのことです。私が不死王に与したとなれば、彼らも教皇庁から糾弾されるでしょう」
ダリオの生まれたキトカ村は、もう存在していない。両親も死んだ。その後育ててくれたウルリスも亡くなっている。だから、彼女の身の上に思い至らなかった。しかし、考えてみれば当然のことだろう。
「ダリオ」
かける言葉に悩んでいると、サナザーラから呼びかけられた。
「その者を仲間に誘い、逃がしてやるという話を、スサインが認めたのだな?」
「はい。ただ、信用できるか否かはザーラの判断に従えと言われました。僕が……その、不注意だからだと思います」
サナザーラにも話す必要があったが、マナテアが心を決めてからでいいと後回しにしていたことだ。
うつむくマナテアを、サナザーラが厳しい目で見ていた。ここで悩んでいたら、サナザーラが、マナテアを疑いの目で見てしまうかもしれない。ダリオは焦った。
そんなダリオを尻目に、サナザーラがゆっくりと立ち上がる。
「ならば話は早い。切り捨てる他なかろう」
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