第33話 鳩小屋の密会(エイト視点)

 エイトは客室の並ぶ2階の廊下を突き当たりまで歩き、壁に立てかけてある梯子に手をかけた。梯子の上の天井には、屋根裏に出るドアがある。

 両脇の部屋は、このドアから漏れてくる音で少し騒がしい。だから、少しばかり安くしてある。今、片方の部屋には、居候に近いダリオとミシュラが泊まっている。反対側は、詐欺師のような吟遊詩人タイトナだ。

 エイトは、隙間から埃が落ちてこないよう、静かにドアを押し上げた。胸まで天井裏部屋に押し込み、つっかえ金具でドアを固定する。ここは物置部屋で、めったに使わない道具が暗がりの中に置いてある。

 梯子を完全に登り切ると、今度は物置部屋の横のドアを開ける。暗がりの中、柵の向こうで小さな赤や金色の目が輝いていた。

「元気にしてたか~」

 もう眠いのか、エイトが声をかけても鳴きもせず、鳩たちは静かに佇んでいる。

「一、二、三、四……」

 エイトは鳩の数を確認して、餌と水を補充する。もう暗いためか、餌を食べに出てきた鳩はいない。

 一通りの鳩の世話を終え、エイトは屋外に開け放たれている木戸に向かう。一応閉めることもできるのだが、この木戸を閉めるのは暴風の時くらいだ。

 エイトは、木戸から隣の家の屋根を見下ろした。標準的な二階屋だ。白犬亭は、一階部分の天井高が高い。屋根裏部屋からだと、普通の二階屋は見下ろすことができた。

 木戸の脇に立てかけてあった細長い棒で、その天井をコツコツと叩く。木戸が閉められた窓から漏れ出す光で、中の人物が動いている様子が分かった。しばらくして、その木戸がゆっくりと開き、年若い女性が姿を現した。エイトよりも一つ下、ちょっとふっくらとしていたが、輝くような笑顔の女性だった。

「ミーナ、変りはない?」

 エイトは声を潜めて語りかける。

「うちは大丈夫よ。誰もうつってない。エイトのところは? 祖父さんの足はどう?」

「足の具合は相変わらずみたいだね。それはいいんだけど、ちょっと面倒な客が来ちゃったかな?」

「面倒な客って? また吟遊詩人の人が来たの?」

「タイトナさんは、変な人だけど面倒じゃないよ。面倒って言ったのは聖騎士団の人。見習いみたいで、正式な騎士じゃないって言ってた。爺さんが話しているのが聞こえただけだから、正確なところは良く分からないけど」

「お祖父さん、追い返さなかったんだ……」

「値段を聞かれた時に、ふっかけてたけどね。客なら聖転生レアンカルナシオン教会派でも仕方ないってことになるみたい」

「そうなんだ。それなら、私たちのことも許してくれたらいいのにね」

 ミーナの家は、新市街では珍しい聖転生レアンカルナシオン教会派だった。エイトは、彼女と結婚したいと思っていたが、クラウドから反対されている。

「うちは聖転生レアンカルナシオン教会にだってワインを卸している。聖転生レアンカルナシオン教会派は、絶対にだめって訳じゃないはずさ。何か事情がありそうなんだけど、爺さんはなかなか教えてくれない。粘り強く言ってみるよ」

「うん。待ってる」

 エイトは、今の白死病感染が落ち着いたら、何としても彼女との結婚をクラウドに認めてもらうつもりでいた。ミーナに手を振り、鳩たちを驚かせないよう、静かに階下に降りた。

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