第四十六話 天候管理システム・ベロニカ
再度訪れた部屋の内部に変化は無く、
「……申し訳ない、あの部屋で済ませられる程度の内容なら良かったのだが……」
「構わないわ、でも妹とあまり長く離れていたくないの……手短に済ませましょう」
私の言葉を噛み締めるように数度頷くとテーブルを離れ、奥へと伸びた部屋の奥へと無言で歩き出した……私もその少し後ろをついて行く。
「……まずこの部屋の説明をしよう、この部屋には恒久的な時間ではなく能動的な時を持った者しかその存在を維持できない」
「能動的な時間……?」
「そう、例えば一日という時間は誰もが意識せずとも流れる大きな時の流れだ、川のようなものと言えば分かりやすいかな?……この時間の流れに個々の意思は関係しない、故にその流れが止まったとしてもその中を泳ぐ小さなボク達には関係の無い事だ」
「……大きな流れが止まったなら私達も止まっちゃうんじゃないの? その中にいるんでしょう?」
首を傾げる私と理論をぶつけるのが余程楽しいのか思想家が嬉しそうに何度も頷く、しかし時間そのものが議題として出てくるとは……スケールが大きすぎて眩暈を起こしそうだ。
「イメージとしてはそう思ってしまう気持ちも分かるよ? でも実際にボク達が止まるのは時間が『消失』した場合のみなんだ、流れが止まってもボク達は泳げるが水や空間そのものが消えてしまってはさすがにどうしようもないからね」
「じゃあなに……能動的な時間っていうのはつまり、私達の意思とか……そういう事?」
「良い答えだね、正解と言ってもいい! 厳密には君の言う通り何か行動しよう、生きようという意思と……それが可能だと思い込む無意識が両立して初めて成り立つものだよ」
「思い込む……無意識?」
どこかで聞いた言葉だ……そう、それはずっと耳に届いていた身近な言葉……。
「『時計の針を進めるのはいつも人間の思い込み』……」
ポツリとこぼれたその言葉に思想家がようやく足を止めて振り向くと、大きく頷いた。
「その通り、ヴィオレッタ氏も仰っていたその言葉こそ世界の真理……人間が持つ各々の時を動かすのに不可欠な要素で……地上にいた時代の人間達に最も不足していた要素だったのだよ」
「ま、待ってよ……じゃあリリアは? リリアはどうしてこの部屋で存在出来ないの?」
私の言葉に思想家は片手を自らの顎に当てて少し考え込むように黙り込む、そして言葉を選ぶようにポツリポツリと言葉を繋げた。
「うん……ボクはさっきの部屋での会話しか聞いていないけど確かに君の妹……リリア君はしっかりと意志を持っていたし会話も成り立っていた。けれど肉体は無く君無しでは動く事も出来ない状態だ、故に恐らく無意識下で自分は一人では生きる事は出来ないといった無力感を感じているんじゃないかな? だから今言った世界の側面が特に濃いこの部屋では存在する事が出来ない……それでも外で活動出来ている程にハッキリとした意志があるだけでも充分に凄い事だけれどね」
否定しようにも言葉が出ない、今までリリアが何も出来ない事について何かを言った事は無かった……だが逆の立場になった事を思うと、自分なら確かにそう思ってしまうかもしれない……無意識であれば猶更だ。
「……と、まぁ勝手に心を予想して代弁してしまったが……理由はこれで納得して貰えたかな?」
「え……貴方、急に何を……」
『……理由は分かりました、それに確かに私はお姉ちゃんに頼りきりで何も出来ずにいる自分がどうしようもなく嫌です』
唐突に空に向けて話しかけた思想家を怪訝な目で見ていると、頭上から聞き慣れた声が降り注いだ。
「……リリア?」
「事情があるとはいえ仲の良い姉妹を離ればなれにするのは心苦しくてね……せめて理由だけでも伝えられたらと思って魔力通信を繋ぎっぱなしにしていたんだ」
「思想家……貴方って人は……」
『ありがとうございます思想家さん、お姉……が……す』
「リリア?……リリア!」
空に向けて叫ぶが返事は無い、焦って思想家の方を向くがゆっくりと肩で息をしながら両膝に両手を乗せて辛そうにしている。
「はぁ……すまない、さっきも言ったようにボクは内蔵した魔力量が少なくてね……通信が途切れてしまったようだ、心配しなくともリリア君達は無事だよ」
「ちょ、ちょっと……大丈夫? 少ないけど私の魔導石を……それに通信なら私の魔力を使えば……」
「いやいや、気持ちは嬉しいが大丈夫だよ……それに、この部屋ではボクしか魔力通信が使えないから君の魔導石では駄目なんだよ」
思想家は首を振って乱れた息を無理やり整え、体を起こして乱れた服装を直すとそのまま背を向けて再び歩き出した。
「さぁ頑張れボク、もうひと踏ん張りだ!」
最初に比べて少しふらついたように見える思想家に気を配りながら少し後ろを付いて行く、辺りを眺めるが時折道の途中に小さな段差が現れるだけで変化の無い景色だ。
「……ねぇ何でこの部屋だけこんなに特別な作りなの? それと……一体どこに向かっているのよ?」
「奇跡的にその問いに対する答えはどちらも同じだよ、この部屋はあるものを封印してあってね? 今はそこに向かっているのさ」
「……封印?……一体何を封印しているの?」
思想家はこの問いには答えなかった、しばらく無音が私達を包み込み……少し進んだところでようやく口を開いた思想家がその静寂を破った。
「
「……ええ、ハーティルドール家を裏切った人間とのドールを使った戦闘行為の事でしょう?……後半は殆ど嫌がらせのようなものだったようだけど」
「ははっ……その通り、いやはや人間の歴史に争いは絶えないね……まぁそんな皮肉はさておき、実はボクは当時ハーティルドール家傘下の科学者の一人でね……建造中の最上層の一角で『ある装置』を開発していたんだよ」
「……ちょっと待って、じゃあ貴方はあの雨が降った時最上層にいたの?……よく生き延びられたわね」
私の言葉に思想家は肩をすくめて……不意に立ち止まるとくるりと振り返り、両手を広げてどうだとばかりに胸を張った。
「さぁ着いたよ、ここが終着点……そして全てが始まった場所さ」
「ここ、って言ったって……」
……ぐるりと辺りを見渡すが今までと変わらず周囲には何も無い空間が広がるだけで……いや待て、そうじゃない。
「……何も無い空間なんて無い、ね」
宙に線を描くように横に指でなぞると次々と文字が現れた、量が多すぎて翻訳が追い付かないが当時の情報を纏めたもののようだ。
「そう、その通り! 何も無い空間なんて存在しないんだ、そこには必ず何かがある……それを理解しようと、認識しようとする意思があれば必ず何かがあるのさ」
両手を挙げて喜ぶ思想家を無視して次々と宙に文字を浮かべていく……やがて『解放』という文字が目に留まり一瞬指が止まる……そして慎重にその文字を押し込む。
「……ティス君、君達はこの時間の止まった世界で見てきただろう? 君が食べたお菓子のようにいつまでも腐らない食品を、風化しない建物を……あれらに個々の時は存在しない、故に時が止まった空間では止まる直前の姿のまま存在し続けているんだ……だがそんな空間でも君は止まっている筈の恒久的な時間を感じていた筈だよ、それはどうしてかな?」
「……それは……きゃっ、何……?」
唐突に強い揺れが辺りに響き思わず地面に這いつくばるようにして体を支えるが、当の思想家は何事も無いかのように立ち尽くしている。
「それは朝や夜を感じたからだ、そうだろう?」
「……そうよ、だからそれが一体何だって……」
やがて揺れが収まり慎重に立ち上がると、不意に思想家のすぐ隣に緑色の液体に満たされた大きなポッドが姿を現した、ポッドの中にはヘッドギアに顔の上半分を覆われた上半身だけの女性がその長く白い髪をゆっくりと揺らしている。
呼吸しているのだろうか? 時々口元から溢れる泡を眺めウットリとした様子でポッドを優しく撫でると思想家が私の方へと向き直った。
「……さっきも言ったようにボクは当時ハーティルドール家の運営する研究所で働いていてね、最上層で彼女……ベロニカを作っていたんだ」
「……ベロニカ?」
「そう……君達が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます