第三十五話 魔装顕現《イグネイション》

 ヤコ……くくり蛇に作られた私と同じ第二世代のホムンクルス、地下で他の姉弟と脱出すると言い残して別れてからどうしているかと思っていたが……まさか生きていたとは! 私の叫びに屑齧くずかじりの周りを飛び回っていた小さな影の一つが動きを止め……その隙を突かれたようで屑齧りのその大きな口がヤコと思わしき影を一口で飲み込んでしまった。


「……あっ」


 思わず声が漏れた、いや……いや今のは私は悪くない……筈だ。


「……ねぇエルマ、今のは私悪くないわよね?」


「えっ?……ええと、ですね」


 屑齧りの方を指差しながら問い掛ける私になんと言ったものかと悩んでいるエルマを見ていると段々と不安が大きくなってくる、確かに括り蛇は敵だったしヤコ達とは敵対関係ではあったが彼女自身に恨みや嫌悪感は無い。それに数少ないホムンクルスの同志をこんなしょうもない形で失ってしまうなど……寝覚めが悪いにも程がある!


『……煮溶けた時計屋メルト・クロッカーのホムンクルス、生きていたのか』


 それは馴染みの無い魔力で送られた魔導通信だった、普段であれば不躾な通信は拒否したいところだが、今の私にはその不躾さすら嬉しく思えてしまう。


「私達が死ぬわけないでしょう?……それより言い辛いんだけどそっちこそ平気?……死んだ?」


『こんなもので死ぬか、バカめ……というか死んでいたら通信なぞ送れんだろが』


「いやそれが最近幽霊ってものを初めて見たのよ、それもよく喋るわキスするわでね?」


『……何を訳の分からない事を言ってるんだ、お前は』


 次の瞬間屑齧りが大きな悲鳴を上げ、上に向けてその大口を開けると中から小さな人影が飛び出した。

 相変わらず癖の目立つ黒髪だが随分と伸びたようで後ろで一つに縛っている、足や腕を覆う歪だが頑丈そうな金属の鎧は地下から脱出した後で作ったのだろう。


『……だがちょうどいい、生きていたのであれば我らがお前を超えたと証明出来るいい機会だ……ようやく我らにもツキがまわってきた』


「え……何を言って……」


 飛び上がったヤコは右手を横に掲げるとその手の先で緑色に光る何かが蠢いていた……液体のようにも固体のようにも見えるそれは刻々とその姿を変化させている。


『……魔装顕現イグネイション


 ヤコが呟くと同時に緑色に光る何かがその姿を即座に大鎌へと変化させた……刃が緑に光る大鎌だ、それを掴み大きく振り上げると屑齧りに向けて勢いよく振り下ろす。

 最後まで降りぬくも鋭利な刃の先端すら屑齧りには届いていなかった、だが大鎌が振り下ろされた瞬間から屑齧りの動きはピタリと止まり……やがて柔らかな果物のようにあっさりとその身は真っ二つに割れ、残骸となった巨躯を轟音と共に地面に横たえた。


「……おぉー」


 素直に驚き思わず両手を打ち鳴らしていると屑齧りが倒れた衝撃で再び舞い上がった土埃の中からヤコを先頭に六人の人影が姿を現した、以前見た時は全員体格の大きな男といった印象だったがヤコの他にも二人ほど見た目で女性だと分かる者が増えている……それに改めて見てみればヤコの見た目も依然と比べて随分と女性的なものに変わっているではないか。


「……慣れ合うつもりは無いが、とりあえず無事だったようでおめでとうと言って……ぬわぁ!」


 何か言っていたようだが私はそれどころではない、以前よりも背が縮み華奢になったヤコの体を両手で抱き上げるとそのまま大きく回転しながら笑い声を張り上げた。


「あっはははは! 随分可愛くなったわねヤコ、それより本当に無事で良かったわ! それより何で縮んだの? それにさっきの武器って……あ痛ぁ!」


 最後まで言い終わらない内にヤコの拳が頭に振り下ろされた、痛みと衝撃で頭がクラクラする……ヤコを落とさずに済んだのは良かったが、なにもいきなり脳天を殴らなくてもいいではないか。


「何するのよ、痛いじゃない!」


「いきなり我を担ぎ上げるバカがいるか、バカめ! 我らが敵同士である事を忘れたか!」


「そんなのもうどうだって良いじゃないのよ……痛いわねぇ」


 そそくさと離れたヤコにこれ見よがしに頭を手で押さえてみせるが当の本人は鼻を鳴らしてそっぽを向くだけだった、ため息をついて少し気持ちを落ち着けるとヤコ以外のホムンクルス達に目を向ける……やはり何度数えてもヤコを含めて六人だ。


「ところで……後の二人はどうしたの?」


「……まだ合流出来ていない」


 私の言葉にそれまで不機嫌な表情だったヤコの顔が一瞬で曇った、括り蛇のホムンクルスは……つまりヤコの姉弟は彼女を含めて八人だ、あの状態で六人が生還できたのであれば充分凄い事だが……彼女にとってそんな風に思えないであろう事は明白だった。


「そう……でもあの状態で生還出来るぐらい優秀な貴方の姉弟だもの、いずれ合流出来るわよ」


「当然だ、全員我と同じく優秀な弟や妹なのだからな!」


「……えっ、やっぱり貴方が長姉なの? こんなにちんちくりんなのに? 後ろのあの子とかの方が余程お姉さんに見えるわよ?……あ痛ぁ!」


「誰がちんちくりんだ!」


 ヤコの後ろに並んだ一人……背が高く黒髪の女性を指差すとその指にヤコが噛みついた、全く……喋り方といい随分と性格が変わったようだ。


「お姉さま、どーする? 全員揃ってないけど、あたしら六人いれば時計屋クロッカーのホムンクルスぐらいどうにでもなると思うけど?」


 黒髪のホムンクルスの隣にいた別のホムンクルスが一歩ヤコに近付き話しかける、フードを深く被り地下にいた時の姿を彷彿とさせる一つ目の金属製の仮面を被っている為顔は分からないが……声からするに女性のようだ。


「……あらまぁ、随分と元気で可愛い妹が増えたみたいね?」


 くすりと笑ってみせると無機質な仮面に浮かぶ赤く光る一つ目が私を捉える、その姿に不気味さも感じるが……ヤコと同じく背が低いからか地下での事を忘れない為に仮面を外していないのだと思うと何となく愛らしさも感じてしまう。


「止めろ、そんな方法で勝ってもお父様はきっと喜んだりしない。戦うのであれば一人で正々堂々と……だ」


 そんな事を言って地下では不意打ち気味に襲いかかってきたではないか……そう反論しようと口を開きかけるが、その前に気の抜けた音が辺りに響いた。


「……悪い、姉さん」


 音のする方に顔を向けると、短い赤髪の男性型ホムンクルスがお腹に手を当て申し訳無さそうに頭を下げていた。


「気にするな……無理もない事だ、ハリ」


「……そういえば、どうして貴方達は貯蔵施設なんかに? 中は水や建材くらいしか無いでしょう?」


 私の問いにヤコ達は顔を背けて答えない……何か変な事を聞いただろうか? 少ししてヤコが渋々といった様子で口を開いた。


「……あの後地上に出たはいいが食料が見つからず今日に至るまで殆ど何も口にしていないのだ、私一人なら何とでもなるが目覚めたばかりの姉弟は特に栄養を欲するからな、あれだけ大きな施設なら何かあるかとも思ったのだが……まぁ、結果は見ての通りだ」


「……なるほど、ね」


 引っ掛かる疑問もいくつかあるが……今はまぁいいだろう、ヤコ達に背を向けてヘイズの収納箱を開き中を確認し……その中のいくつかを取り出し彼女達に見えるように掲げて見せる。


「お前、それは……!」


 ヤコの目が大きく見開かれる、特にハリと呼ばれた男の子に至っては無意識だろうが大きく一歩こちらに踏み出してしまっている。


「この中には三週間分程度の食料が入っているわ、私の頼みを聞いてくれるなら少し分けてあげてもいいんだけどねぇ?……お腹空いてるんでしょ、ハリ君……だっけ?」


「うっ……」


 名前を呼ばれたハリの顔が引きつりお腹が再び呻き声を上げた、ここぞとばかりに意地の悪い笑みを浮かべてヤコを見つめる……彼女がため息をつき、頭を抱えながら頷くまでそう時間はかからなかった。

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