第三十六話 姉としての矜持
少し空に影が落ちもうすぐ
「ハリ、肉ばかり食べ過ぎですよ? 少しでいいからこっちの野菜も食べなさいな」
「だってタオ姉さん、これホント美味しくて……!」
「あー! それあたしが焼いてた肉だって、返せバカ!」
いくつか作った簡易的な鉄板焼き台の一つではヤコの姉弟が仲良く喧嘩しながら食事をとっていた、そんな賑やかな光景につい口元を緩ませながら自分の台で焼き上がった肉などを皿代わりの金属製のプレートの上に並べると、少し離れた位置にある残骸の上に座っているヤコに差し出した。
「貴方も食べなさいな、下手に遠慮されるよりあの子達みたいにがっついてくれた方が見ていて気持ちがいいわ」
「……いいのか、お前の食料だろう?」
「構わないわよ、アレだって元々は地上に来てからたまたま見つけて回収した物だし……こっちは貴方達と違って食料が必要なのは私だけだもの、だから……冷めない内に食べなさい」
「……恩に着る」
プレートを受け取り、ナイフを差し出そうとするが必要無いと言って懐から細長い金属の棒のような物を二つ取り出すとそれを器用に使って食べ始めた。
「……むっ!」
「どう、美味しい?」
一口肉を頬張った瞬間目を見開いたヤコに問い掛けると先程よりも明らかにキラキラとした目で頷いた、つい反射的にヤコの頭を撫でてしまったが食べるのに夢中で気が付いていないようだ。
そんな彼女の隣に腰をおろし、私も自分の分を食べ始める。
「小っちゃいの、もう肉は無いのか? あとこのシュワシュワした飲み物ももっと欲しいぞ!」
「エルマです! 今持ってきますから……ああもう、普段の何倍も忙しいです!」
「ふふっ、じゃあ私がお肉見てるね?……あ、そこのはもう食べて大丈夫だよ! こっちのはもう少し待ってね」
ヤコの姉弟達の分の給仕をエルマ一人に任せてしまったが……やはり随分と忙しそうだ、手伝おうかと腰を上げるがよく見るとリリアもエルマ賑やかなのが嬉しいのか楽しそうだ、ヤコの姉弟達とも仲良く話しているようだし……向こうは任せるとしよう。
「赤髪の男の子がハリ君で長い黒髪の背の高い子がタオね、仮面の小さい子が……えっと?」
「カンラだ」
「カンラちゃんね、後の二人は何て言う名前なの?」
残る二人、賑やかな三人に混じって一言も発する事無く黙々と食事をとる二人に視線を向けながら問い掛ける。
ヤコを始めとした四人は外見から性別などが判断出来るが残る二人はフード付きのロングコートを深く着込んでいる上に見えている腕や足にも金属製の鎧を纏っており外見だけでは性別すら分からない、装備以外は殆ど地下で見た姿そのままだ。
「あの二人はまだ目覚めていないから名は無い、父はあの状態を
「凍蛹……さっきも言ってたけど、目覚めたとかってどういう事なの? 貴方の姿がズーラで見た時と比べて可愛らしくなったのもその目覚めとやらが関係してるの?」
「……」
睨まれてしまった、どうやら今の姿はヤコにとってあまり好ましいものではないようだ、失言だったと何度か謝罪の言葉を繰り返すと深いため息をついたヤコがゆっくりと重い口を開いてくれた。
「……我らを作った父はお前たちの母である
確かに……地下で出会った時のヤコ達は数も多く体も大きかったが動きが鈍く、正直脅威となり得るとはとても思えなかった。
「そんな父の意地で作りあげたホムンクルスが凍蛹だ、不完全な体に未熟な知能……多少の耐性はあっても汚染窟の探索すら長時間は出来ない我らに父はその怒りをぶつける事もあった……我は例え怒りの当てつけであったとしてもその振り下ろされた拳から痛みの欠片すら感じられないのが嫌だった……だがそんな日々を繰り返していたある時、我の中で大きな変化が起こったのだ」
「……言語能力の取得ね」
私の言葉にヤコが頷いた、地下で言葉を発したのはヤコのみだった……つまり彼女の言葉を借りるなら彼女が最初に目覚めた、という事だろう。
「やがて姉弟で大差無かった魔力の質も固有のものになり、それに伴って体型なども変化して……ようやく胸を張って自分はホムンクルスだと言える存在になった、が……進化があまりにも遅すぎた、父が地中に飲み込まれようとしているにもかかわらず我は何も出来ず……我は結局、お前達にホムンクルスとしても大きく劣る失敗作だったという事だ」
自傷気味に笑うヤコの気持ちは痛い程分かる、自分にもっと力があれば時計屋達を救えたかもしれないという事は私も何度も考えたからだ……だが。
「それは違うわ……貴方のせいじゃない、あの時は……っ!」
両手を震わせて嘆くヤコの背に手を乗せようと近付くと、次の瞬間胸に強い衝撃が走り……そのまま地面に乱暴に押し倒された、目を開くと私に馬乗りになったヤコが怒りと困惑の表情で私を見下ろしている。
「お前にっ……お前に何が分かる! 父を失った悲しみが、未だ安否の分からない姉弟を想いのしかかる不安が……お前に分かるか!」
「っ……ティスさん!」
力いっぱいに叫ぶヤコの声を聞いて異変に気付いたエルマが急いで駆け寄ってくるが私は軽く片手を上げてそれを制すると近付くのは止めたが、不安そうにオロオロと私とヤコを順番に見つめている。
「……私もあの場で時計屋を、母を亡くしたわ」
「っ……ふ、ぐ……!」
溢れ出る感情が言葉にならないのか息を詰まらせながらヤコの目に涙が浮かぶ、姉故に吐き出す事も出来ず……ずっと我慢していたに違いない。
「なんなんだお前は! 力を得て、父の仇とお前を探してこんな場所まで彷徨ってきた……なのに、やっと見つけたと思えば我らに食料を与えてもてなして……! これでは……我は!」
私の服を乱暴に掴み力任せに振り回す……だが抵抗はしない、何度地面に頭を打ち付けられようともただただヤコの事をまっすぐに見つめる。
「……あれから今まで、よく頑張って姉弟達を守ってきたわね」
「──っ!」
あの時……地下で邪魔をした私を仇と思い、その恨みを原動力にこれまで頑張ってきたのだろう……ならば私はその言葉を受け止めなければならない、今のヤコを受け止められるのは私しかいない。
「我は……お前のそういうところが大っ嫌いなんだよ! ズーラに居た頃から時計屋と仲良く家族ごっこをして、汚染窟の奥まで潜っては品質の良い魔導石を採掘し……そんなお前の行動の一つ一つがどれだけ父を惨めにしたか分かっているのか! 振り下ろされる拳や暴言を受け止める事でしか父の力になれなかった私の気持ちが分かるか!」
「……」
「答えろ、ティス・ハーティルドール!」
ヤコの渾身の叫びに反射的に口が僅かに開いた……そうか、彼女はその頃から蛇と時計屋の関係を知っていたのか……いや、何も知らずに呑気に過ごしていたのは私だけだったのかもしれない。
「……地下にいた頃の私は何も分からなかったわ、ただ時計屋とリリアの為に私が出来る事をして……何かある度に対立してきた
私の言葉にヤコの瞳に僅かに怒りの色が混じる、家族を想うのが私だけな筈は無い……様々な感情の混ざり合った炎、理不尽と一蹴するにはあまりにも強すぎる。
「でも……今はもう知ってしまったもの、時計屋と括り蛇が姉弟な事を。なら私達は家族同然、だから食料だって分けるし……私なりに貴方達の事も深く考えるようになったわ」
倒れたまま彼女の頬を伝う涙を拭おうと左手をゆっくりと伸ばす……だがその手をヤコは力任せに弾き飛ばすと、右手を横に突き出した。
「
次に瞬きした時には私の首筋に例の大鎌の切っ先が向いていた……遠目では分からなかったが大鎌の刃の中で魔力が渦を巻いているのを感じる、恐らくヤコの魔力を一時的に物質化して武器としているのだろう。
「……何故お前はそんなにも悟ったような事を言うのだ、家族を失って壊れたのか?……それともお前にとって家族とはその程度のものなのか?」
……ああ、本当にこの子は本当に家族想いの良い子なんだろう……だからこそ大きすぎるその想いに固執しすぎてしまっているのだ、だから変化を受け入れられず自分の思いが歪んでいると分かっていながらも引っ込みがつかなくなってしまったのだろう。
「……どっちも違うわ、私にとっても家族は何よりも大切よ……確かに時計屋が死んでしまった事は悲しいけれど立ち止まる訳にはいかないの、リリアの体も作り上げて時計屋の思い出と共にこれから先も生きていかないといけないのよ」
「ぐっ……では……では、我は何を糧に生きればいいんだ! 仇であるお前を殺せず、姉弟達もろくに食わせてやれない無力な我は一体……!」
「それは……」
それは自分で見つけるしかない、私の言葉がそんな言葉を紡ぎかけるがヤコの後ろから近付いて来た人影を見てその言葉を飲み込む。
「……それは、その子達と相談してみたら良いんじゃないかしら?」
「何……?……あ」
「姉さん……もういいんじゃないかな、そんな物しまいなよ……余計にお腹が空くだけだからさ」
「ハリ……さ、触ったらダメだ! 危ないから!」
ヤコを後ろから抱きしめ大鎌の刃へと手を伸ばしたハリを見て慌てて大鎌を消滅させると、その両脇にタオやカンラもそっと腰をおろす。
「ヤコ姉ぇ……ヤコ姉のお陰で私達も目覚める事が出来た、これからはあたし達もヤコ姉の力になれるから……少しは手伝わせてよ」
「そうですね……私達も地上についての知識は少ないですし、美しい景色を見たり美味しい物を食べたり……今日頂いた物よりももっと凄い物を見つけて時計屋のホムンクルス達を驚かす、なんて目標も面白いんじゃないですか?」
「カンラ……タオ」
「それに、まだ目覚めてない姉弟が最低あと二人……見つけなきゃいけない姉弟もあと二人だよ姉さん、俺達がやらないといけない事なんてまだまだ沢山あるじゃないか」
「ハリ……ハリぃ……うん、そうか……そうだな」
火が消えかけ、闇が飲み込みかけた周囲にヤコの堰を切ったような泣き声が響き渡った。
ヤコも本当に良い姉弟を持ったようだ……髪は乱れ放題だし口の中に入った砂粒が不快だが、なんとも清々しい気分だ。
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