第三十七話 約束の抱擁

「……うっ、眩し……」


 瞼越しでも目に突き刺さるような強い光に耐えかねて腕で目元を庇いながらうっすらと目を開くと、高く昇った陽動器ようどうきの光が何に遮られる事も無く私に降り注いでいた。

 段々と思い出してきた……昨晩は屑齧くずかじりとヤコ達の戦闘で半壊した建物の中に奇跡的に無傷で残っていたソファの上で寝たのだったか、壁があるだけマシだと思ったが安眠を得るには天井は必須だと改めて思い知らされた……建物は偉大だ。

 正直少々寝足りないが、この光の中では諦めるしかなさそうだとお腹に掛けていたボロボロの毛布をどかして腕や背をグッと伸ばしてあくびをし、片手で目を擦りながら陽動器の光から無意識に顔を逸らすと……そこにはいつから立っていたのだろう? 覗き込むようにこちらを見つめているヤコと目が合い、思わず全身がピクリと跳ねる。


「起きたか?」


「びっ……くりした……随分早起きね、他の子達は?」


「まだ寝ている、それよりもその……少し話が、あってだな」


「話?……何か問題でも起きた?」


「いや、そういう事ではなく……だな」


 昨日声を荒げていた時とは随分雰囲気が違う、体を完全に起こしてヤコの方へと向き直るが俯いたまま両手の指をせわしなく組んでは離しを繰り返すだけで一向に具体的な内容を喋ろうとしない、そんな様子に見かねてヤコの腕にそっと手を乗せると彼女の体がピクリと跳ね、ようやく視線が合った。


「大丈夫よ、私に出来る事なら力になるから……何でも話してみて?」


「う……だから、そうじゃなくて……」


 相変わらず動揺した心を反映しているかのようにせわしなく視線を四方八方へ向けたと思ったら意を決したように唇が固く結ばれ、ヤコの顔がぐっと私の耳元へと寄せられた。


「だから、その……昨日は、ごめんなさい」


「……えっ?」


 消え入りそうな声で囁かれた謝罪の言葉に目を丸くするのは今度は私の番だった、何が起こったのか理解が追い付かず掴んでいた彼女の腕から手を離してしまう。


「そ、それが言いたかっただけだ! 聞こえたな? よし、それでは我はもう戻……うっ?」


 パッとヤコの顔が離れ、他の姉弟の所へ戻ろうと背を向けた彼女の腕を今度はしっかりと掴む、振り向いたヤコのその顔には驚いたような不思議そうな表情が浮かんでいる。


「ど、どうした? 我の用事はもう済んで……うわぁ!」


 そっちの用事が済んでもこっちには新たな用事が出来たのだ、素早くヤコの両脇を抱え上げて強引に私の膝の上へと乗せる、ジタバタと暴れるせいで何度か膝や足を蹴られたが構うものか。


「どーしたのよ貴方! 随分と可愛くなったと思えば性格まで可愛くなっちゃって、そんなの全然気にしてないわよぉ!」


「や、やめ……やめないかティス! お前はどうしてこう距離感の詰め方が急なんだ! 本当に我らを蹴り飛ばしたあの時のお前と同じ人物なのか!?」


「あの時はあの時、今は今よ! ほーら、私には意地張らずに素直に甘えて良いのよー?」


「やっ……やめろくすぐったい! ば、バカ! どこを触ってるんだ!」


 バカとは心外な……お腹を撫で、頭を撫で顔を撫でまわし彼女の頬に自らの頬を擦り合わせたりしているだけではないか……思わず夢中で撫でまわしている内に気が付くと起きてきたエルマやハリ達が何事かと私の周りに集まっていた。


「ヤコ姉……やっぱりなんだかんだティスさんの事気に入ってたんだね、いつも目の敵みたいに言ってたけど……なるほど」


「いや、違うぞカンラ! これはティスが強引に……! ええい、いい加減に離れないか!」


 姉弟達に生暖かい目で見られて恥ずかしいのか更に暴れる強さが増したが、私が離す気が無い事が伝わったのか疲れたのか……やがてぐったりと大人しくなった。


「……はぁ、もういい。それに、ちょうどいいかもしれん」


「ん? ちょうどいいって? 頭撫でられるのがいいって事?」


「違うわバカが!……そうではなくて、まだ聞いていなかっただろう? 食料を分ける代わりにお前の頼みを聞くと言っていたじゃないか」


「ああ、そういえばまだ言ってなかったかしら?……あっ」


 そういえば昨日は結局あの出来事の後すぐに解散してしまったから話せてなかったか……そんな事を考えている隙を突かれてヤコに逃げられてしまった……やられた。

 してやったりとばかりにニヤリと笑うヤコに口元が緩みながらも少し寒くなってしまった膝を軽く叩きながら少し言葉を選び、口を開く。


「まぁ単純な話よ、貴方達は気付かなかったみたいだけど貴方達が破壊したゲートがあった街にもし戻るような事があっても、とある施設にだけは行かないで欲しかったの」


「施設? なんだそれは?」


 首を傾げるヤコは心底不思議そうだ、私達は本で見つけた元々の目的地だったがあれほど高い塀で入り組んだ街だ……気付かないのも無理はない。


「簡単に言えば医療施設が集合している施設がこの上層にはあるの、そこにも私の家族がいるから争って欲しくなくて止めようと思ってたんだけど……今の貴方達なら問題無さそうだしすっかり忘れていたわ」


「よく分からないが……壊して欲しくない施設があって、そこに誰かいるという事か?……生存者の事も聞きたいが、その前に上層とは何だ?」


「……えっ?」


 見ればヤコの後ろにいる姉弟達も首を傾げている……ああそうか、私達はエルマがいたから言語を解析して情報を得られたがこの子達はそうじゃない……ひたすらに何も分からないままここまで突き進んで来たのか、そう考えると彼女達の腕や足に取り付けられた歪んだ金属の鎧から生きる為の必死さが伝わってくるようで胸が締め付けられる。


「ごめんなさい……私の考えが足りなかったわ、先に私達が地上に出てから得た情報を共有しましょう?……長くなるから食事にしながらにしましょうか」


 ナターシャのように手早く……とはいかないが簡単な食事を用意し、それを食べながら私達が得た地上の構造などについての情報の全てを説明した。

 やはり全員知らなかったようで次々飛び交う質問に私の出来る限り答えた、目的地決定のきっかけとも言える私が見た幽霊についても説明するかは迷ったがややこしくなるので確実な情報だけを伝える事にした。


「……で、私達は地上の全部を見ておきたくてこの先にある昇降機から最上層を目指していたのよ」


「そうだったのか……地上の人間は既に滅んでいたか、まぁ考えてみれば別段不思議でもないか」


「ティスさんは俺達の他にズーラの住人を見たりとかしませんでしたか? 街にいた人とか、その……俺達の姉弟とか」


「いいえハリ君、残念だけど……私がここに来てから出会ったのは今話した施設にいるナターシャと貴方達だけよ」


「そう……ですか」


 ガックリと肩を落としたハリの背をタオが軽くさする……私もそうだったがやはり人間がもういないというのはショックとまではいかないがやはり寂しいものだ、だがそれでもヤコは他の姉弟達と比べて少しも動揺していないように見える……恐らくだが、何となくここまでの地上の惨状を見て分かっていたのかもしれない、どちらかというと次が最上層で更に上は無いという事実に対する衝撃の方が大きいようだ。


「絶望する気はさらさら無いけど、恐らくもうこの世界は終わってるのよ……だから、これからどうするかも貴方達の自由よ」


「ティス……お前はどうする? 最上層に行って……何も見つからなかったら?」


「何があっても無くても関係無いわ、解決策があればよし……無くてもリリアの体を作るっていう大仕事が残ってるもの、それが完成してからの事は……まっ、それから考えるわ」


「……そうか」


 ヤコは俯き黙ってしまった……無理もない、私という仇も無くなり更には先が無いとなった今手詰まりを感じている事だろう。


「もし良ければ貴方達も一緒に来る?……世界の果てがあるなら、それを見てみるのも悪くないんじゃない?」


 私の言葉に少し考える様子を見せたヤコだったが、やがてゆっくりと首を横に振った。


「……いや、誘ってくれるのは嬉しいがそっちはティスに任せよう。上は無くともこの地上は広い、我らは再び下に降りて残りの姉弟を探す事にするよ……皆もそれでいいか?」


 ヤコが振り向き姉弟達に問い掛けると全員が笑みを浮かべて頷いた……これだけ想われているのだ、きっとまだ見つかっていない姉弟も無事に違いない。

 もしかすると姉弟全員が揃った時、彼女らと再び刃を交える日が来るかもしれないがそれならそれで構わない……何も無い終わりと退屈が永遠に続くより、ずっといい。


「……それなら私が見つけた食料品店の場所を教えておくわ、エルマ」


「はい!……よいせっと!」


 エルマが伸ばしたアームの先端とヤコの手のひらを合わせると接触した部分が緑色に光った、これで私達がこれまで通った道の情報は同期された筈だ。


「……助かる」


「いいのよ、お礼はもう一度撫でまわさせてくれたら……なんてね」


 冗談交じりで両手をヤコに向けて広げると、それを見たヤコが小さくため息をついて立ち上がった……まさかの反応にこっちが驚いてしまう。


「……きっと無事でまた会おう、その時は合流した我の姉弟と……お前やお前の妹と共にまた騒がしく食事をしようじゃないか」


「……ええ、必ず」


 私の頭を覆うように抱き締められ、そっと囁かれたその言葉に胸が熱くなるのを感じた……目を閉じ、ヤコの背中に手を回し再会を誓いながらその手に力を込めた。




「食料ありがとうございましたー! 必ず無事にまた会いましょうー!」


「ええ! そっちも気を付けてね!」


 元気よく手を振るハリ君達に答えながらヘイズを起動させ、振り向く事無く走り始める……次に会う時は何でお祝いしようか、そんな事を考えながら昇降機へ向けて速度を上げた。

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