第三十四話 邂逅

 上層は下の階層と比べると大きく崩れた建物も少なく、入り組んだ道も少ない……のだが建物自体の背も高く、似たような構造が多いため気を抜けば自分がどこにいるのか見失ってしまいそうになる。


「ティスさん、そこを左です!」


「はーい……それにしても、地図情報をナターシャから貰っておいて本当に良かったわね」


「お姉ちゃん最初要らないって言ってたもんね、強引にでも情報を共有してくれたナターシャさんには帰ったらお礼言わないと」


「ホントね……エルマ、この階層はずっとこんな感じなの?」


「ええと……マップによるとこの先を更に曲がってゲートを抜けると資源の貯蔵施設が立ち並ぶエリアに出る筈です、そこまで行けば周囲には他の施設も無さそうですし視界も開けるかと」


 願ってもない朗報だ、こんな迷路みたいな街中を延々と進むとなるとさすがに気が滅入ってしまう。

 ナターシャによると最上層へは大型の昇降機のようなもので昇るらしくこのヘイズに乗ったままでも上がる事は可能のようなのだが、肝心の昇降機は上層のかなり端の方にあるらしくそこまで結構な距離を走る事になりそうだ。


「あ、そこを右に曲がってください! そこを曲がった先がゲートになってる筈です」


「りょーかいー」


 エルマの言葉に従い右折するとやや視界が開け、左右を大きな柱に挟まれまっすぐに伸びた道の先に十メートルあるかないかという高さの区画を覆う壁が姿を現した。

 壁にはまるで足のように一定の間隔で柱が斜めに伸び、話にあったゲートのような場所はその足と足の間にあった……しかしどう見ても既に原形をとどめていない程に崩れて大穴が開いている、故障したゲートを住民達が壊したのか雨が破壊したのか……どちらにしても街を守る役目はもう果たせそうに無い。


「ボロボロね……まぁゲートを超える手間が省けたのはいいとして、私はアレが気になるんだけど……エルマ、分かる?」


 私が指差す先、町全体を囲う高い壁の上部に一台の細長い金属製の箱のようなものが停止していた。

 ここからでは正確な大きさは分からないが近くまで寄れば相当大きそうだ、貨物の運搬用にも人が乗れそうな物にも見える。


「情報はありませんが、微弱な魔力を感じます……恐らくはこの上層に住む住人の移動手段になっていた魔導車両の一種かと」


「なるほど……確かに随分と広いものね、ここ」


 エルマが表示したマップを見てみると壁に重なるように点々と何かの名前が書かれている、恐らくはこの地点で乗り降りしていたのだろう。

 よくよく見てみれば上層の全ての各区画を囲む壁の一部が繋がっている、あの魔導車両が現役だった頃は日がな一日上層の壁という壁を走り回っていたに違いない。


「あれってもう動かないのかな? お姉ちゃん」


「どうかしら……見た感じ外部の損傷は少なそうだけど私じゃ構造は分からないし、どの道魔力の供給が無くちゃ動かないでしょうね」


「仮に動いても決まったルート以外は動けない筈です、上層から外へは出ないようですし最上層への近道にはならないかと」


「そっかー……残念だなぁ」


「まっ、帰って来てから動くか試してみましょう?」


「うん!」


 元気の良いリリアの返事に笑みを浮かべ、破壊されたゲートを抜ける際に何となく横目で崩れた壁や散らばる残骸などを眺めていると何となく違和感を感じた。


「ティスさん? どうかしましたか?」


「ん?……いいえ、何でもないわよ」


「実はお姉ちゃんもあの魔導車両に乗ってみたかったんじゃない?」


「確かに乗り心地は気になるところね、アレに乗りながら優雅にご飯を食べるのも悪くないわ」


 壊れたゲートを見ているとある疑念が胸に浮かんだが……それこそまさかだ、その考えは言葉にするにはあまりにも希望的観測すぎると自分に言い聞かせると二人に向けて誤魔化すように笑い、胸の奥へと無理矢理押し込んだ。




 ゲートの先は先程までの迷路のような住宅街が嘘のように広大に緑広がる丘や草原だった、舗装された道とそれ以外とでまるで別の世界の境界線のような気すらしてくる。

 爽やかな風を感じながら走っているとそんな自然豊かな草原にもやがて点々と大きな箱型の建物が姿を見せるようになった、恐らくあれがエルマの言っていた資源の貯蔵施設だろう。


「ねぇ、資源って言ってたけど何を貯めてる施設なの?……魔導石だったりして?」


「残念ですが魔力は感じません、マップの情報には水や気体燃料……あとは金属質の鉱石ですね、恐らくは建材に使われていたものだと思われます」


「なんだ、本当に残念ね……もっと面白いものだったら良かったのに」


 老朽化した施設とただまっすぐに伸びる道、それ以外には多少の勾配のついた地面と背の低い草しかない……平穏を体現したかのようなこの道は嫌いではないがただただ走り続けるとなると段々と気が抜けてくるというものだ、ついにはあくびすら出てしまった。


「くぁ……退屈な道ねぇ、あとどのくらいかかるの?」


「今の速度で行くと……恐らくまだ一時間以上はかかるかと」


「はっ、なーんだってこんなにだだっ広いのよここは……これならさっきの上層の方が見る物が多い分退屈しなかったっての」


 せめて道が曲がっていたりすればまだマシなのだが……そんな事を考えながら三度目のあくびを口から漏らした頃だった。


「……ん? 今、揺れた?」


「はい? 僕は何も感じませんでしたが……リリアさんはどうです?」


「私も何も……揺れって、あの地下での菌震きんしんみたいな?」


「んー……何て言うか、もっと局所的で……突き上げるようなドーンって感じの……」


 ハンドルから片手を離し空いた手を突き上げながら説明したのとそのほぼ同時、私達の右前方の施設が爆発を思わせる轟音と共に崩壊し凄まじい揺れが私達を襲った。


「っとと……くっ……!」


 急いでハンドルをひねりヘイズを急停車させる、危うく転倒するところだったが少し仰け反った程度で済んだ……地面を走らず浮遊させる機構にしておいて本当に良かった……!


「わわわわわ! 何ですか今の音は!」


「お、お姉ちゃんアレ! この前のアイツじゃない!?」


「っ……屑齧くずかじり……! まだいたの!?」


 腕が無い代わりに巨大な体と足に何でも飲み込む口……忘れもしない、魔導チューブを抜けた私達に問答無用で襲いかかってきた大型の廃棄処理用ドール……屑齧りだ!


「以前のと違ってあの個体は足を損傷していないようですね……それにしても何故急に起動を……? どうやら僕達を狙っているようではないみたいですし……」


 確かにエルマの言う通り以前のものとは比較にならないレベルで機敏に動いている、だが私達を狙っている訳でもないなら何故急に動きだしたのか……。


「……! エルマ、あの屑齧りの周りを望遠状態で表示して!」


「は、はい!」


 ヘイズ起動させ屑齧りに向かって急加速しながらエルマに叫ぶ、ハンドルの中央に表示された画面には土埃が満たされ屑齧りが暴れている影しか映らない……逸る気持ちを抑えながら画面を見つめると、やがて屑齧りの回りを小さな影が飛び回っているのが見てとれた。


「ふっ……あははははっ!」


 つい笑い声が溢れ出てしまった、リリアとエルマが何事かと私の方を見ているが説明は後だ……それに説明せずとも理由はすぐに分かる。

 違和感は感じていた……ゲートの事だ、雨での腐食による物質の破壊は嫌というほど見てきたがゲートの破壊のされ方は明らかに雨によるものでは無かった。

 もっと物理的な……そう、例えば私の雷鋼線ディミット・ワイヤーで破壊した際のような破壊のされ方だったのだ、やがてある程度の距離まで近づくとヘイズを停車させて映像を再確認し確信を得る、魔力通信?……いいや、今はその手間すら惜しい。

 空気を肺一杯に吸い込み、今まで出した事の無いぐらい声を張り上げて叫んだ。


「っ……ヤコぉぉぉ!」

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