第四十一話 エルマのきもち
壁から現れた階段は木目が刻まれ中央には幾何学模様の描かれたカーペットが敷かれたものだった、マットの隙間から見える木目からも木製の階段なのかと思ったが慎重に足を一段目に乗せた際に伝わってきた重厚感からしても今までの塀と同じく金属製なのだろう。
だがそれはいい、それはいいのだ……何故なら階段は上にのぼる為のものでありその目的さえ果たせるのであれば木製だろうと金属製だろうと特に文句は無い、むしろ安定感があるのであれば古くなって足が抜ける心配をしなくて済む分木製よりも良いとすら思えるのだから……だが階段の途中に佇むこの扉はなんだ? 扉というのは装飾品ではなく空間と空間を繋ぐ目的で設置するものだ、故に扉を開いた先が複数の歯車が壁のようにひしめいているだけというこの結果は果たして扉の意味を成しているのかと首を傾げたくなる。
「え……ええと、今回扉はちゃんと開きました……よ?」
「……そうね」
恐る恐るフォローするエルマを軽く撫でながら上を見上げる、天井は遠く壁面の扉はいくつも見えるが……果たしてあの中のいくつがちゃんとした扉なのかを考えるとため息を漏らさずにはいられない。
「うんざりしてても仕方ないか……どうせここまで来たんだから全部開けてやるわよ、二度手間は御免だしね」
「うん! 私も頑張って何か無いか探すからね!」
「ええ、頼りにしてるわ」
その後階段を上りドアノブを握った二つの扉は街にあったものと同じく埋め込まれているだけの偽物だった、もはや慣れたものだとさっさと諦め三つ目の扉のドアノブを握る……がドラノブが回るだけで開かない。
「ん……待ってこれ、鍵がかかってる?」
危うく早々に偽物だと決めつけて次の扉へと行くところだった……もう一度ドアノブを握り引っ張る、が僅かに揺れるだけで開かないこの感覚は確かに施錠によるものだ。
「エルマどう、開けられそう?」
「少し待ってくださいね……んん、んー?」
エルマが鍵穴の前まで移動して針のように尖らせたアームの先端で内部を探っている、しばらくはかかるだろうし私は今の内に他の扉を……そう思った矢先に軽い金属音が辺りに響いた。
視線をエルマの方へと戻すと誇らしげにこちらを見ているではないか、その横には僅かに開いた扉が……もう解錠に成功したようだ。
「わ、凄いよエルマ君!」
「……やるじゃない、随分と手際が良くなったんじゃないの?」
「フフン!……えへへ、褒めてくださいもっと褒めてくださいー」
ふんぞり返るかのように体を傾けたのも束の間、すぐに甘えん坊モードが発動したのか体全体をぐりぐりと私の体に押し付けてきた。
「はいはい、後でねー」
とはいえお手柄である事には違いない、片手で撫でてあやしながら僅かに開いた扉の隙間にナイフの刃を入れてそっと開く……エルマは罠の類は無いと言っていたが、警戒するに越した事は無い筈だ。
だが開いた扉から飛び込んで来たのは罠にしては騒がしすぎるガチャガチャという何か金属の駆動する音と摩擦音の混じったものだった。
「っ……なに、何の音……って」
扉の先の部屋には物の類は一切無く、ただ上へと続く螺旋階段が伸びていた。
金網のような床からは下を見る事が出来るが何層にも重なった大小様々な歯車が完璧な回転構造を作り上げており、落ちればあの歯車の海に飲み込まれひとたまりも無いだろう……歯車の柱のようなものが螺旋階段の中央にも伸びており全ての歯車がしっかりと噛み合っている、騒音の原因は判明したが……どこから動力を得ているのかも何の為に回り続けているのかも不明な点だけで言えば今までの不完全な時計と何ら変わらないとも言えるだろう。
「……まるで大きな時計の中にでも入った気分ね」
床が抜けでもしない限りは遥か下の歯車は脅威にはならないが柱の歯車群は違う、一応螺旋階段の檻のような手摺りが柵の役割をしっかりと果たしているし確かに罠ではないがこれそのものの危険性だけで言えばこれまでの比では無い。
「エルマ、危険だから私の腕に巻き付いてなさい……もし引っ掛かりでもしたら一瞬で持っていかれるわよ」
「はいっ」
横に伸ばした腕にエルマがしっかりと巻き付いたのを確認すると階段を慎重に上り始める、そういえばここの階段は木製に偽装してはいないようで靴が段差に当たる度に辺りに甲高い金属音が辺りに響く。
足を止めずにチラリと歯車の柱へと目を向ける……一体何個の歯車で出来ているのだろう? こんなにも綺麗に噛み合い、時々火花を散らせながらも止まる気配の無いこの部屋の危険性は言うまでもないが私はもっと別の──感動や美しさすら感じていた、部屋に入った直後は耳を塞ぎたくなる騒音のようなこの駆動音も今では心を落ち着ける音楽のように聞こえる。
「ねぇお姉ちゃん……この上に何があると思う?」
「……さぁね、ここまで予想外な事ばかり起きると思いついていたどれもが外れている気しかしないわ、『何が』待っているのか『誰が』待っているのかすらもね……リリアは何があって欲しい?」
「とりあえず……怖くないものがいい」
「ふふっ……同感よ、ついでに綺麗で……気分が晴れるようなものがあって欲しいわね」
リリアを安心させる為に笑みを浮かべて答えながら上を見上げる、まだかなり遠いがこのままのぼっていけば時計塔の頂上まで行けるようだ……あそこまで行ければこの訳の分からない最上層の探索が殆ど終わると思うと少しだけ気が楽になる。
「僕は……ナターシャさんに何かお土産になる物があれば良いなって思います、物資じゃなくて情報とかでもいいですけど」
「……えっ?」
つい足が止まり左腕に視線を向ける、気まずいのかエルマが僅かに視線を逸らした。
「驚いた、あれだけちんちくりんだの私の相棒に相応しくないだの言われてたからてっきり二人は仲が悪いんだとばかり思ってたけど……違ったの?」
「私も……どうしたの急に? どこかぶつけた? 大丈夫?」
「な、なんですか二人して……!……そりゃ悪口を言われたら言い返したりもしますけど、別に嫌いだなんて少なくとも僕は言った事は無いと思いますけど?」
「それはまぁ……そうだったかしら?」
階段上りを再開しながら首をひねるが実際のところどっちだったかなどよく覚えていない、思い出せるのはナターシャがエルマに対して暴走してまで怒りをぶつけたあの場面の事ばかりだ。
「そうですよ!……それに、僕はナターシャさんの気持ちも分かりますし……正直彼女に憧れている部分もあるんです」
「憧れてる? ナターシャに?」
「はい、僕はサポート型のドールですので道に迷ったとか文字が読めないだとか精密作業のお手伝いとか……そういった事は出来ますが、戦闘面では殆ど役に立てません……以前のナターシャさんとの戦闘でその点についてはよく分かりましたし」
「でも回避演算とかは貴方のお陰じゃない、それだって立派な戦闘のサポートよ?」
「そうかもしれませんが……それだってティスさんの高い身体能力があってのものですし、ナターシャさんのような戦闘能力があればそもそも回避演算なんて必要かどうか……」
「エルマ……」
言葉に詰まってしまった、エルマがそんな事を考えていた事にも驚きだが劣等感のようなものを感じる程に思考能力が柔軟になっているとは……いや、それ程までの影響をナターシャが彼に刺激を与えたという事か。
エルマとは機械的なやり取りをしたくなくてわざと少年のような思考プログラムを与えたが、まるで子の成長を見守る母にでもなったような気分だ……
「あ……でも何か不満があるとかそういう事じゃないんですよ? ただ僕もずっとティスさんと一緒にいて、その場所を突然誰か自分よりも劣っている相手に取られたって思ったら嫌だなぁって思っただけで……ん?……あれ? だからその、そうじゃなくて……でも、ナターシャさんにティスさんの隣を譲る気は無くて……んん?」
どうやら結論が出る前に思考が煮詰まってしまったようだ、だがそれでもこの成長は立派なものと言えるだろう……そう思うだけで無意識に口角があがり、浮かんだ笑みを隠す事なくエルマに向ける。
「よしよし……私の相棒はエルマ、貴方だけなんだから好きなだけゆっくり考えなさいな」
「ティスさん……はいっ! あっ……くすぐったいですよぉ」
指先でくすぐるように撫でてやると嬉しそうに体を揺らすエルマについ吹き出すと、今度はリリアが不満そうな声を上げた。
「ぶー……お姉ちゃん、私はー? 相棒じゃないのー?」
「貴方は妹でしょうが、体を作ったら私の技術をこれでもかって詰め込んであげるから覚悟してなさい?」
「はーいっ!」
わざとニヤリと笑って脅したつもりだったが元気に返事を返されてしまった。
全く……予想がつかないのは面白いが、何もかもでなくても良いではないかと言いたくなる。
笑いながら階段を上がる私達をよそに歯車の柱は盛大に音を響かせながら回り続けてた。
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